例えばそれが、髪形を変えてみただとか
例えばそれが、ほんのり化粧をしていただとか
例えばそれが、人目を忍んで手を繋いでいただとか
そんな可愛らしいものだったのならば
見て見ぬフリも出来たかも知れない
のだが……
「ありゃ、明らさま過ぎでしょう?」
とある教室の一室から溜息と共に聞こえてきたのはそんな科白だった
清十字団専用の部室――もとい、清継が先生から無理矢理許可を得て使わせて貰っている教室――では、今日も今日とて部長こと清継の妖怪談義が熱く語られていた
そんな熱血部長の熱弁をさらりと無視して、机の上に行儀悪く座っていた巻がある場所をジト目で見ながら先程の言葉を吐いていた
そう吐いていたのだ
まるで砂糖でも吐き出すかのように「うぇっ」と……
眉間に眉を寄せ、嫌そうに見つめる巻の視線の先には――
リクオとつらら
いつもの二人組みが仲良く座っていた
二人が仲良く肩を並べて座る姿は珍しくは無い
特に清十字団にとってはいつもの事
常にリクオにべったりと寄り添うように居るつららの存在や
それを当たり前のように受け入れているリクオの事など
もう今更だ
というか見慣れている
しかし今、巻達の目の前に見える二人の様子は尋常では無かった
どう尋常で無いかと言うと――
まず、お互いに頬が赤い
そして、見つめ合っている
そんでもって、手なんか繋いじゃってたりする
これはもう、どこからどう見ても
「付き合ってるでしょ完璧に!!」
巻は堪らないとばかりに、ビシーっと人差し指で二人を指差しながら隣の鳥居に怒りも露わにそう叫んだ
そんな巻を鳥居は「まあ、まあ、いいじゃない♪」と宥める
「何のんきに「まあ、まあいいじゃない♪」よ!あんたにも居るからって何その余裕?つ〜か、風紀が乱れるでしょうが風紀が!!私にも、まだいないのに!あ〜なんかムカつく!!」
ガオ〜と、火を噴く巻の攻撃を鳥居は何とか交わす
「へへへ、それを言われると辛いなぁ〜」
巻の攻撃もなんのその
鳥居は巻のつっ込みに舌を出しながら照れる始末
そんな親友に巻は苦虫を噛み潰したような顔をすると、今度はカナの方へと振り向いた
「カナ、あんたもそう思うでしょ?」
お互い彼氏がいない者同士、私の気持ちが解るわよね?という熱い視線を送ってくる巻にカナは内心「うっ」と呻いた
只今、某百鬼の主様に片想い中のカナにとって、幼馴染の恋の行方は多少気にはなるものの、大した問題ではなかった
しかし、予想通りというか期待通りというかのこの展開に、実は「ああやっぱり」と何だか安堵していたりする
長年の疑問が解かれた晴れやかな気分に近い
そんな風に思っているなど、この目の前で一人憤慨するクラスメートを前に言えるはずも無く
カナは「そ、そうだね」と曖昧に頷くしかなかった
「も〜あんた張り合い無さ過ぎ……」
そんなカナに巻は盛大な溜息を零すとがっくりと項垂れた
「張り合いも何も、元々恋愛感情で好きだとか思っていたわけじゃないし……それを言うなら島君の方が話が解るんじゃない?」
カナは尤もだと思いながら目の前で大袈裟に項垂れる巻に問い返してみた
しかしそんなカナの発言に、巻は心底嫌そうに視線を上げると
「あの状態のアイツに何て声かけんのよ?」
そう言って視線で示した場所を辿ると――
真っ白になった島がいた
あの二人の姿が衝撃過ぎたのであろう
島は精も根も力尽きた某人気漫画の主人公のように真っ白になって椅子に座っていたのだった
よくよく見ると、開いた口から何やら半透明の煙の様なものも見えるような気がする
滝のように涙を流して「及川さんが……奴良が……」と呟く様は見ていて痛々しい
そんな島からゆっくりと視線を外しながら清十字団の乙女達は深く深く溜息を吐くのであった
さて、それから数日後
またしても絶叫が響いていた
とは言っても本当に辺りに響いたのではなく
それは、とある少女の胸中でだけ響いていた
凄いもの見ちゃった!!
カナは真っ赤になった顔を両手で隠しながらそこから背を向けた
とんでもないものを見てしまったと胸中で絶叫する
今日は久しぶりに清十字団の集まりは無かった
しかも、読モの撮影も無かった
久しぶりに空いた放課後
最近疎遠になりがちな幼馴染とたまには一緒に帰ろうかと玄関で待っていた
しかし、待てども待てども幼馴染の姿は一向に現れない
既に帰ってしまったのかと、下駄箱を確認するとまだ靴があった
それではいつものように雑用を頼まれているのかと教室に戻ってみたが誰も居なかった
何だか心配になって探していたら見つけた
しかも屋上で
しかも幼馴染は一人ではなかった
リクオの側には及川さんが居た
それはいつもの事
当たり前の景色
最近二人が恋人同士とわかってからは特に気にすることもヤキモチを焼くことも無かった
しかし――
まずいもの見ちゃった
どくりと胸が鳴った
見てはいけないものを見てしまった
というか、何でこんな所で?
カナは尤もな意見を胸中で呟いた
背後の二人の気配が気になってしょうがない
聞こえてくる声に胸がドキドキした
聴こえてくる音に全身が熱くなった
「あ……あ、リクオ……さま」
「く……つらら」
ドクリ
こ、こここここれって!?!!
見えたのは一瞬
見た瞬間体が勝手に後ろを向いていた
見てはいけないと頭の中で警笛が鳴った
見てはいけない
見てはイケナイ
ミテハイケナイ
見たら……
マズイ
こ、恋人同士だから当たり前よね?
カナはパニックになった頭で、とんでもない事にうんうんと頷いていた
恋人同士だから仕方がない
恋人同士だから大丈夫
恋人同士だから……
てか、私達ってまだ中学生でしょ〜〜〜〜!!
夕闇迫る校舎の屋上で幼馴染の情事を目撃してしまった少女の胸中での絶叫が音も無く響き渡るのであった
おまけ
「お?リクオ、おめえ新しい鬼纏の印があるじゃねえか?これ誰のだ?」
湯けむりの立ち込める大浴場で、久しぶりに遊びに来た義兄弟の疑問の声が背中越しにかけられた
その言葉に、頭を洗っていたリクオは顔を上げ背中に付いたその跡を見るや
にやり
「ああ、これか?これは可愛いじゃじゃ馬を鬼纏った時に付いたやつさ」
そう言って答えるリクオの顔は何処か愉しそうであったとか
了
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