注意!このお話はまだ途中の作品です。アンケネタを消化しようと思っていたらまた忙しくなってしまって、とりあえずここまで何とか書きました。リクカナ←つららの話は思った以上に難しくまだまだ話が長くなりそうなのと、続きをいつ再開できるかわからないので、とりあえず書けた分だけを載せています。
リクカナが苦手な方、つららが悲しむ姿は見たくないという方はお引き返しください!
大丈夫な方は下へスクロールしてご覧ください。



















僕の居場所は”あちら”と”こちら”
そこは僕がいるべき場所
僕はずっとずっと昔から
僕の居場所はそこだと思っていた

だから僕は彼女を選んだ
”あちら”と”こちら”を繋いでくれる唯一の異性
だから僕は彼女が好きだった
でも本当は……





鵺との戦いが終わってから3年という月日が経っていた
妖怪から見れば瞬く間の3年
でも人から見れば、もう3年も経っていた

「リクオ君、背伸びたね」
少しはにかみながらそう言ってきたのは、幼少の頃からの幼馴染であり、現在同じ高校へ通う家長カナであった
声をかけられた青年は、隣を歩く同級生を見下ろすと、いつもの笑顔でにこりと微笑んだ
「うん、もう妖怪の時の身長と同じくらいまで伸びたからね」
そう言って頷いてきたのは、妖怪任侠奴良組三代目の総大将こと奴良リクオである

彼は数年前に起こった妖怪大戦争を勝ち残り、今や日本全土の妖怪の主として君臨する存在であった
しかし、今少女に向けて微笑みを浮かべるその姿からは、そんな大層な人物とは到底思えないような朗らかな空気が流れていた

「今日は家へ寄って行く?」
にこにこと、いつもの笑顔を浮かべながらリクオは当たり前のようにカナへと聞く
「うん」
カナもまた彼からの誘いを当たり前のように聞きながら躊躇いなく頷くのだった

鵺との戦いから3年
リクオとカナは恋人同士になっていた





僕はカナちゃんが好きだった
それはもう物心ついたときからずっと
でも、好きと言っても子供の頃の僕は「好き」という言葉を「家族や友達が好き」と同レベルに思っていた
その「好き」が異性に対する「好き」に変わったのは、やはりあの大戦の後からだった
それまで僕は「りっぱな良い人間になる」という夢や、「組をまとめる立派な総大将になる」という責任感から恋愛まで頭が回らない人生を送っていた
しかし、あの鵺との決着がついた後、世の中は混乱はすれど少しずつ人間の世界も妖怪の世界も良い方向へと向かうようになっていった

”人と妖が上手く共存できる世界”

僕の理想通りの世界に変わって行ってくれたおかげで
僕はようやく『恋愛』というものに目を向けることができた
そして、僕が一番最初に異性として意識したのが

カナちゃんだった

彼女は元よりスタイルも顔も良く
そして性格もとても良い子だった

昔、僕が百物語組みの戦いで人間から迫害を受けた時も、唯一人僕を最初から信じていてくれたのが彼女だった
あの時何度感謝したかわからない
僕だけでなく組のみんなも彼女に感謝していた
そう、特に僕の側近達なんかは

「リクオ様、とても良いご友人を持たれましたね」
「リクオ様、あの方達に何かあったら俺たちに言って下さい。いつでも助けに行きますから!」
みんな口々にそう言ってくれた
そして

「リクオ様、家長様の事はお任せください。この命に代えてもお守りしますから」
未来永劫を誓ってくれたあいつもそう言ってくれて僕はとても嬉しかった

でも……



「リクオ君、リクオ君」
「え、ああカナちゃん、どうしたの?」
僕はいつの間にか考えに没頭していたらしい、隣で心配そうな顔をする恋人に僕はなんでもないよと微笑んだ
「そう、なら良いんだけど……」
そう言って僕の顔を窺う彼女はまだ心配そうな顔をしていた
恋人にそんな顔をさせてしまったことをすまなく思いながら僕はカナちゃんへと向き直る
「最近、地方の方によく出向いているから少し疲れが出たんだと思う、ありがとうカナちゃん心配してくれて」
「う、ううん、でもあんまり無理しないでね」
彼女を安心させるように当たり障りのない言い訳を言うと、彼女は少しほっとしたような表情になった
言い訳といっても本当にあった出来事だ
日本全土の妖怪を束ねる身となった今、僕は多忙を極めていた
全国各地からの妖怪を管理するとなると、今までの方法では目が行き届かなくなった
主とはいえ、本拠地ででんと構えているわけにもいかないと思った僕は、数ヶ月に一度「視察」と称して全国の元締めを査定する仕事を増やした
そのおかげで学校はもちろん、恋人との甘い時間を過ごす暇もなくなってしまったわけで
彼女と会うのも、こうして家で会うのも本当に久しぶりと言うわけなのだった

下僕が出してくれたお茶を飲みながらこうして机を挟んで恋人と会話するのは本当に楽しい
僕は始終笑顔で彼女の話しに耳を傾けていた
「あ、もうこんな時間」
恋人との楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうらしく
今日も門限を告げる時計の音が鳴り響くと、カナちゃんは慌てて立ち上がり
「それじゃリクオ君、私そろそろ帰るね」
と、そう言って帰り支度を始めた
「うん、家まで送るよ」
立ち上がる彼女に続いて僕も腰を上げながらそう言うと、カナちゃんは待ったとばかりに手を僕の顔の前へと突き出してきた
「だ〜め、リクオ君あんまり休んでないんでしょ?今日は送らなくていいから、それじゃまた明日学校でね!」
カナちゃんはそう言ってにっこり笑うと、逃げるように廊下を走っていってしまった
「あ……」
脱兎の如く走っていってしまったカナちゃんを僕は呆然と見送る
そして
「やれやれ、でも護衛は付けているから安心か」
そう僕が呟きながら暗くなった庭へと視線を向けると
ばさばさと、暗い闇から羽音が聞こえて来た
その音が遠ざかっていくのを確認した僕は、ふぅ、と小さく吐息を吐きながら自室へと帰ろうとした
その時――

「あの、リクオ様」

僕の背後から恐る恐るといった風な声が聞こえてきた
僕は何事かと思い声のした方を振り返る すると先程カナちゃんと自分にお茶を出してくれた下僕がそこに立っていた
坊主頭の額に目玉がある三つ目小僧だ
その下僕は僕の様子を窺いながら小さな声で聞いてきた
「あの・・・いつも客間でいいんですかい?」

その言葉に僕ははきょとんと首を傾げてしまった
「なんで?」
下僕の言ってきた言葉の意味がよく判らなかった僕は、素直にそう聞き返す
すると、その言葉に三つ目小僧は驚いたように目を丸くすると、「いいえなんでもありません」と言ってそのままくるりと踵を返すと、逃げるように去って行ってしまった
一人残された僕は
下僕の奇妙な行動に、ますます意味がわからなくなり首を傾げたままその場に突っ立ったままでいるのだった

そしてそんなリクオをすぐ近くの空き部屋から覗く無数の視線があった
「あの調子じゃまだだぜ」
「ああ、初心なんだか鈍感なんだか……」

朴念仁

清いお付き合いを貫き通す昼の総大将に、昔からの側近達は深い深い溜息を零すのだった





カナは急いで夜道を走っていた
走って走って何かを払い除けるように
そしてようやく辿り着いた家に入ると、「ただいま」も言わずに二階の自室へと駆け込んだ
そしてベットへとダイブする
愛用の枕をぎゅうっと抱きしめると顔を埋めそのままピクリとも動かなくなってしまった
カナがそうするのには訳があった

私のバカ

カナは枕の内側で己を罵っていた

バカバカバカ

私のバカ

なんでリクオ君に送ってもらわなかったのよ!!

あのまま送ってもらってたらもしかしたら……

カナはそこまで呟いて真っ赤になった
「ううう……私どうしたら……」
恋する乙女はお年頃
恋人との理想や夢なんかはもちろん沢山ある
カナももちろんそんなお年頃な乙女の一人なのだが……

なかなか進展しない恋人との仲を一人悶々と思い悩んでいるのだった

「だって、だって、リクオ君最近忙しいし無理させたくないし、それに我が儘言って嫌われたくないんだもん」

ぎゅうっと潰した枕に向かってそう不満を漏らす
自分だって他の友達みたいに恋人といちゃいちゃしたいと思う
毎日聞かされるクラスの女友達からの甘い自慢話をいつも羨ましいと思いながら笑顔で聞いていた

「夜のリクオ君ならって思ってたけど……全然そんな雰囲気にならないし」

リクオと恋人になってから、いつぞやの日
夜の妖怪の姿のリクオに突然散歩に誘われてトキメイタ事があった
あの時は自分はこの人にとって特別なんだと、見下ろす夜景を眺めながら喜んだものだ
しかし――

それだけだった

あの日、妖怪のリクオと夜空を散歩した後、またあの化け猫屋にも連れて行ってもらった
そしてお店の妖怪さん達とさんざん遊んだ挙句、目を覚ましたのは自分の部屋のベットの上だった
もちろん服は着たままだった
あの時は付き合い初めたばかりで、私ったらなんて気が早いんだろうと変な期待をしてしまった自分を恥ずかしいと思ったのだが

「でも、でも……もう半年以上も付き合っているんだよ!」

カナは顔を上げるとボスンと枕を叩いた
そう
もう付き合ってから半年以上も経つのだが、リクオとは何もないまま今に至るのであった
まあ、手を繋いだり人並みにデートはしているのだが
しかし、それ以上は何もないのだ

「友達から色々聞いた話が嘘みたい」
カナはそう呟くと、今度はぷうっと膨れた
「ほんとにほんとに、私って……」

色気が無いのかなぁ

ぽつりと、震える声で呟いたカナの科白は、悲しいかな同じ夜空の下にいる恋人には届かないのであった





「遠い所ようこそおいで下さいました」

この地方独特の蓑を身に着けた数人の訪問客を、屋敷の住人が丁重に出迎える
「ああ、世話になる」
真っ白な雪の積もった笠を外しながらそう言ってきた男の髪は外の景色と同じ白銀色であった

万年雪の大雪山――富士山
温暖化の影響で、頂上の雪は年々減る一方である

それは表向き
見えない結界の向こう側では、吹雪吹き荒れる雪景色が隠されていた
ここは言わずと知れた氷妖怪たちの里
この場所に、リクオは来ていた

総大将の来訪に、女ばかりが多い屋敷の中は突然現れた美青年ににわかに色めき立ち騒然とした
「こらこらあんた達、油売ってないで仕事しなさい仕事!」
「はぁ〜い」
ざわめく屋敷の中から威勢の良い声が聞こえてきたかと思うと、それまで柱の影などからリクオを覗っていた女中達がさあっと顔を青褪めて小走りで去って行ってしまった
鶴の一声
ならぬ女の一声に、リクオはこの者がこの屋敷の主だと瞬時に判断する
そして同時に、意志の強さを思わせる凛と響く声とその眼差しに、一筋縄ではいかない相手であることも見抜いてしまった
そんな己の洞察力に溜息を零しながら、リクオは勤めて失礼になり過ぎないように細心の注意を払いながら口を開いた
「忙しいところすまねぇな、今月はここの番だったんでな、まあ俺の事は気にせずいつも通りやってくれて構わねえから」
「ああ、そうさせてもらうよ。まあここの連中は総大将が来たくらいじゃ驚いたりはしないから安心しな」
ゆっくりしておいき、と堂々たる科白で返してきた女にリクオは目を見開いた

噂には聞いていたが……

総大将を前にしても媚びる事もへつらう事もしない女にリクオは新鮮ささえ覚えた
そして面白いと自然と口元が緩んだ
「そうか、なら安心だ。2、3日世話になるぜ」
「ああ、あの娘の贔屓の三代目様だ。もてなしは期待しといておくれ」
女は艶やかな微笑でそう言うと、「じゃあ私は忙しいから失礼するよ」といって踵を返した
「あ、その……」
「?」
背を向けた女に、先ほどとは打って変わって躊躇うような声が聞こえてきたのはすぐの事だった
その歯切れの悪い物言いに、女主人は怪訝そうな顔で振り返る
「その……氷麗は元気か?」
早くしろと無言の圧力をかけていた女に、リクオのか細い声が聞こえてきた
「・・・・・・まだあの子は療養中だよ、機会があったら会ってやりなよ」
できたらね、と小さく呟くと女主人――雪麗は屋敷の奥へと下がって行った

「まだ療養中、か……」
去って行った女の後姿を見送りながら、リクオはぽつりと呟くのだった





白   白   白

リクオの眼前には見事な雪景色があった
雪女の里に着いてから早一日
結界に守られたこの景色をリクオは素直に見事だと感嘆していた

深い深い雪帽子
なだらかに続く白銀の世界
空は澄み渡り、太陽の光を受けて世界がキラキラと光り輝いている

起きて早々そんな景色を見てしまったら如何なる者でさえも言葉を失っていただろう
リクオは暫くの間その美しい景色に魅入ったまま、ぽかんと口を開けてその場に佇んでいた

「おや、お目覚めかい?」

その時、背後から声がかけられた
凛と透き通るその声にはっとして振り返ると、そこにはこの里の長がいた
この屋敷の女主人でもあるその女は、ぽかんとしている総大将を面白そうに眺めながら手桶を差し出してきた
「なんて間の抜けた顔してんだい?温泉にでも入って目を覚ましてきな」
そう言ってほんの一瞬
一瞬だけ見せたその笑顔にリクオは目を瞠る
その笑顔は紛れも無く

今は見る事のできなくなったあの側近頭の笑顔にそっくりだった

「すまねえな」

リクオは素っ気無くその一言だけを言うと、差し出された手桶を奪い取るようにして踵を返した
そして足早にこの場を去って行った

そんなリクオを無表情な顔で見ていた雪麗は次の瞬間ふぅ、と小さく溜息を吐いて緩く首を振った
「全く……まだまだ青二才だね〜」

全然覚悟が足りないったらありゃしない

雪麗は腰に手を当て呆れたような口調でそう呟くと、リクオとは反対方向へくるりと踵を返し去って行ったのだった





カポーーーーーーーン

氷妖怪の里にも温泉はあるのだなと、リクオは芯まで温まる湯船に浸かりながらそんな事を思っていた
朝から温泉に入れるとは贅沢だなぁと、先ほどの憂鬱な気分も消えすっかりご機嫌なリクオは誰もいないのを良い事に鼻歌なんぞを唄い始める
その調子外れな鼻歌に混じって、どこからか澄んだ旋律が聞こえてきた
その音色はどこかで聞いたような懐かしい錯覚を覚える
初めて聞く歌のはずなのに、何故だかリクオは懐かしくなって涙が出そうになってしまった
かすかに聞こえてくるその歌をリクオは探して首をぐるりと巡らせる
しかし広いこの露天風呂は立ち込める湯煙で先が全く見えない
しかも温泉は一つではなくこの広大な雪の原にいくつも点在していた
歌声を辿ってリクオは湯の中をゆっくりと進んでいく
途中幾つかの温泉を越えた所で歌声が一段と大きくなった
ここか?と見当をつけてゆっくりと音を立てないように湯船の中へと入る
そこは――

極寒の氷浮かぶ水風呂だった

!!!!!!こ、ここの氷妖怪専用の風呂だったかぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜

リクオは思わず絶叫しそうになった口を無理矢理手で押さえると、見通しの良いこの水風呂を見渡した
すると、その一番奥に人影が見えた
リクオは身も凍る寒さを堪えながら相手に気づかれないようにゆっくりと近づいて行く
念のため畏も使って近づいていくという用意周到さだ

歌の相手は後を向いていた
しかも女だ

ストレートの長い黒髪
華奢な肩
折れてしまいそうなほど細い腰
透き通るような肌

リクオは近づいていくうちに段々と、これはやばいんじゃないか?と不安になってきた
もしここで振り返られでもしたらどう言い訳できる?
良くて、慣れない場所で迷って入ってきちゃった可哀想な総大将様と思われるか
悪くて、ここの女妖怪にちょっかいを出そうとした色魔総大将様と思われるか
どこをどう言い訳しても後者にしか取られないんじゃないのか?
リクオが事の重大さにようやく気がついて引き返そうとした時
運悪くその相手がこちらに気づいてしまった

「誰?」

振り返ったその女は
リクオの良く知っている声をしていた

振り返ったその少女は
リクオの良く知っている顔をしていた

驚きか、嬉しさか……
懐かしさか、後悔か……

リクオはその一瞬、身も心も停止してしまった
目の前に現れたその人物に大きく目を瞠る

会いたいと思っていた

謝りたいと思っていた

でもなかなか会えなかった相手

会わせて貰えなかった相手



「つらら……」



リクオは呆然としながら、目の前の相手の名を呼んだ





「リクオ……さま」
「つ、つららなのか!」
目の前で驚きに目を瞠る少女に、リクオが近づこうとした途端
氷麗はなぜかはっとした表情を見せると、くるりと踵を返して逃げ出した
「なっ!ま、待てつらら!!」
リクオの静止の声も虚しく、氷麗は振り返る事も立ち止まる事すらせず脱兎の如くその場からいなくなってしまった

「なんで……なんで逃げるんだよ」
リクオは氷麗の居なくなった方向を見ながらぽつりと呟くと、冷え切った拳を強く握り締めるのだった





「はぁ、はぁ、はぁ……」

びっくりした
まさかあんな場所で再会するなんて思ってもみなかった

氷麗は額に浮かぶ汗を拭いながら後ろを振り返り、相手が追ってこない事を確認すると、ほぉと安堵の息をつく
と同時に、きゅうっと心の奥底が締め付けられる感覚に見舞われた

思わず、封印していたはずの想いが溢れ出しそうになった

でも会えない

つららは唇をきつく噛むと顔を俯かせた

会いたい
でも会えない

「私は障害だから……」

少しだけ嘘を混ぜた言葉を紡ぐ

だから会えない

己に言い聞かせるように氷麗は声に出して呟くと、ゆっくりと自室の畳の上にずり落ちていった





くそっ くそっ くそっ

リクオは不機嫌だった
先ほどから同じ言葉を脳裏で繰り返しながら長い廊下を歩いていた
それは先ほど逃げた氷麗に対してではなく
あんな行動を氷麗にさせてしまった己の不甲斐なさに向けてだった

なんでああなっちまった?

なんで氷麗は俺を避ける?

なんで、なんで……

おかしいと思ったのは2年程前からだった
ある時、ふと氷麗の気配が希薄なのに気づいた
いつも側にいたはずの氷麗が、気がつくといない時が多くなっていた
最初は「あれ?何か用事でもできたのかな」と思う程度だった
しかし、ほとんど氷麗を見かけなくなった頃、ようやくリクオは気づいた

もしかして避けられてる?

あ〜だこ〜だとうじうじ考えるのは性分ではないリクオは素直に氷麗に聞いてみたのだが

「そんな事はないですよ、最近私のシマでいざこざがあって忙しかっただけですから」

と言われてしまいリクオはそれ以上何も言えなかった

氷麗にシマを持たせたのは自分だったからだ
自信をもっとつけてくれたらという想いで彼女にシマを持たせたのだが……

もしかして、無理させてるんじゃないか?

と不安になってしまった
しかし一生懸命組のため、シマのために奔走する氷麗を見ていると何も言えなかった

己の我が儘や自己満足に氷麗を付き合わせるわけにはいかない
そう思ったリクオは彼女を影ながら応援していこうと心に誓った

そしてその頃、自分はカナと付き合い始めたのだった



「おや、温泉はお気に召さなかったのかい?」
リクオが胸中でそんな事を思い出していると、雪麗が現れ声をかけてきた
考えに没頭していたリクオは突然声をかけてきた雪麗に驚く
目を見開いて目の前の雪麗をまじまじと見てしまっていた
「なんだい、鳩が豆鉄砲食らったような顔して……」
総大将とは思えないその子供じみた反応に、雪麗は呆れたような声を出すとくすりと笑って見せた
その顔にリクオの心がまた揺れた
そっくりなその笑顔が直視できず視線を逸らす
そして先ほど思ったことを雪麗にぶつけた

「さっきあいつに会った」
一言告げたその言葉に雪麗の顔から笑顔が消えた
じっとリクオを見つめる
リクオは視線をゆっくりと相手に合わせながら疑問を吐き出す
「怪我なんかしていなかったぞ」
リクオの言葉に雪麗は無表情だ
「つららは怪我の養生してるんじゃなかったのか?」
なんでだ?と目で訴えてくるリクオに何も答えなかった

ちょうど一年ほど前、氷麗は組の用事で故郷へ行った事があった
故郷へ向かう途中、運悪く氷麗は妖怪に襲われてしまった
大怪我を追った氷麗はそのまま実家に運び込まれた
思った以上に傷が深く、このまま組へ戻っては危険だという事で、そのまま実家で傷の治療を受けていたはずなのだが

先ほど見た氷麗の体には傷一つ無かった

よくよく考えてみれば一年経っても妖怪の傷が癒えないと言うのはおかしい
リクオはその矛盾に今更ながらに気がついて舌打ちした

「なあ、どういう事だ?」
リクオは眉間に皺を寄せて目の前の女を睨んだ
しかし雪麗はリクオの視線に怯む様子も無くじっと見返してくる
両者、暫しの間睨み合いが続いた
先に視線を外したのは意外にも雪麗だった
雪麗はふぅ、と吐息を吐くとゆっくりとリクオを見上げた
「怪我してるさ、あの子は」
「だから……」
雪麗の言葉に、リクオは苛立ち抗議しようとした瞬間、遮られた

「傷ついてるさ、心が」

「え?」
雪麗の言葉にリクオは止まった

傷ついてる?

心が?

雪麗の言葉を声に出さず反復する

何故?という考えと
誰のせいで?という想いがリクオの中で繰り返される

怒鳴ろうとした顔のまま固まるリクオを雪麗は冷ややかな視線で見上げる

「今のあんたには、あの子が何に傷ついたのか解らないだろうけどね」

雪麗は冷たくそう言い放つと、リクオの横を通り過ぎて行ってしまった
しかしリクオは動かなかった

動けなかった
雪麗の言葉と己の中で生まれた疑問が胸中で渦巻く

なんで?
どうして?

暫くの間、リクオはその場から動くことができなかった





「会っちゃったねぇ」
氷で閉じられたはずの入り口を難なく開けて中へと入ってきたのは母だった
「お母様」
振り返った娘の顔を見て母の眉間に皺が寄った

会わせるんじゃ無かったよ……

滅多に後悔しない女の珍しい自責の念
軽く舌打ちして娘の横へと座った

憔悴しきっている

母の目から見ても娘が疲れ果てていることがすぐにわかった
「ごめんね氷麗、もうちょっと配慮してりゃ良かったよ」
「いいえお母様、私が悪いんです。あの方が来ているのに外に出たりしたから」
謝罪する母に氷麗は慌てて首を振った
リクオに温泉を進めたのは自分の失策だった
まさか氷麗が部屋から出るなんて思っていなかったからだ
しかし、よくよく考えてみれば、屋敷にリクオがいたのだ
氷麗は落ち着かなかったのだろう

気分転換に外へ出たところに会っちまったんだねぇ

雪麗が理解ある母親よろしく胸中で呟いていると、隣の娘が思いがけない言葉を言ってきた
「まさか私達の入る冷泉に入ってくるなんて……」

「は?」

娘のぽつりと漏らした言葉に雪麗は素っ頓狂な声を上げた
「ちょっと氷麗、冷泉って……あの冷泉?」
「はい」
思わず娘の肩を掴んで聞いてきた母を氷麗はきょとんと見上げる
「あんのバカ大将……」
娘の返事に拳をふるふるとさせて唸った母に、氷麗はますます訳がわからないと首をかしげた

あんのバカ孫!今度やったら一生解けない氷付けにしてやる!!

リクオの事で一杯一杯の娘は、自分の裸を見られたという重大事件に気づいていないらしい
ぶつぶつと物騒な事を呟く母を心配そうに見ていた

ちらりと自分を見上げてくる娘を見る
相変わらず気づいていない娘を雪麗は少々不憫に思った

この鈍感さが可愛いんだけどね〜、でも気づいたときは大変だわ

この事はバレない限り黙っておこうと雪麗は心に決めると、すっと背筋を正して娘へと向き直った

「で、どうするの?」
「え?」
いきなり質問してきた母に氷麗はまたきょとんとする
その疑う事を知らない可愛らしい仕草に、少しだけ溜息しながら雪麗は核心を突いた
「会わないの?」
「・・・・・・会っても困らせてしまうだけですから。」
じっと見つめてくる母の視線から氷麗は避けるように視線を落とした
会えるわけがない

まだ気持ちに整理がついていないのだから



限界だった

あの時母に助けてもらえなかったら、どうなっていたかわからなかった
あの時期、毎夜、毎夜、自分は泣いていた

一年前
予測していた事態が起きた

「リクオ様とカナ様が付き合い始めたんですって」

屋敷の誰かが教えてくれたその事実に氷麗の全てが凍りついた
その頃氷麗はほとんどリクオの側にはいなかった
だからその話を聞いたのは、確か夕餉の支度をしている台所でだったと思う
何と無しに振られた世間話
その内容に氷麗の時が止まった

リクオ様が……リクオ様が……家長さんと……

いつかこうなると心のどこかで覚悟していたはずだった
その時は全身全霊をかけて守ろうと心に誓っていた

はずなのに……

震えた
全身が
心が
その事実を



拒絶していた



二人が一緒にいる時間が増えていく度

二人の距離が近づいていく度

氷麗の震えが大きくなっていった
震えが大きくなるのとは反比例して
心がどんどん止まっていった

あの時自分は限界だったのかもしれない

二人の姿を見るのに疲れていた
疲れて
疲れて
もう……

そんな時、偶然故郷へ行く用事ができた
氷麗は懐かしさと、あの二人を見なくて済むという安堵から喜んで里へと帰った
そして母に再会した時、母から言われた言葉に素直に従ってしまったのだった

「あんた、しばらく組には戻っちゃだめだよ」

その言葉に躊躇う事無く頷いていた
今思えば母の目には娘の酷い姿が映っていたのだろう
久しぶりに里へと帰ってきた自分は精も根も疲れ果てていた
笑顔一つ作るのもやっとだった
そんな自分の身を案じてくれた母が出してくれた救いに、自分は縋った
里に帰ったその夜、久しぶりにぐっすり眠れたのを良く覚えている
そしてあっという間に一年が過ぎたが自分はまだ心の整理ができていなかった



俯き黙り込んでしまった娘を雪麗は居た堪れない気持ちで見ていた

まるで昔の自分の様じゃないか……

母娘してこうも似てしまうものかと娘が不憫で仕方がなかった
「どうしてあの一族はこうも雪女を悲しませるのかねぇ」
思わず漏れた呟きに氷麗が「え?」と顔を上げた
「ん?ああ、あたしも昔身を引いた事があるからねぇ」
雪麗は、しまったとバツが悪そうに苦笑しながら娘へと説明した
「お母様もですか?」
意外、と顔に出しながら聞いてくる娘に母は照れくさそうに話し出す
「ふふ、まあね。あのひとは氷でできた冷たいあたしじゃなくて、あったかいあの女を選んじまったからね」
「辛くは・・・・・・無かったのですか?」
まさか母も自分と同じ経験があるとは思ってもいなかった氷麗は本当に驚いた顔で母へと聞き返した
「あのひとはあたしにとっちゃ命をかけられるほどの男だったからねぇ。主と決めた男が選んだ女だったし私も認めちゃったからね」
「それって初代・・・ですか?」
衝撃的な事実に更に瞳を見開きながら氷麗が聞くと
雪麗はぺろっと舌を出しながら肩を竦めて見せた

何でもない事のようにおどけて見せた母を私は強いと思った

私にはできないと思った

母のようにはきっと強くなれない

今もこうやってひと目見てしまっただけで心が掻き乱されるのだから

会いたい 会いたいと願ってしまうのだから

「お母様」
「なんだい?」
氷麗は膝に置いた手をぎゅっと固く握り締めながら母へと声をかける
優しい母の返事に唇をきゅっと引き結びながら氷麗は娘としてお願いした

「もう少しだけここに居てもいいですか?」

と――

もちろん愛娘のお願いに母は快く頷いたのだった





どうでもいい時間はゆっくりと進むのに
どうしてこう、貴重な時間はあっという間に過ぎてしまうのか

リクオは苛立つ気持ちを隠そうともせず、むすっとした顔をしていた
「なんの構いもできなくて悪かったねぇ、また来ておくれ」
そんなリクオに、更に追い討ちとばかりに女主人の心のこもらない科白がかけられる
リクオは不機嫌を通り越してジト目で雪麗を見上げた
何か言いたそうな若き総大将と目が合う
しかし一枚も二枚も上手を行く女はそんな事には気づかないフリ

訪問の期日は三日
結局あの後氷麗には会えず、三日間の視察もあっという間に過ぎ
本家にリクオが帰るというこの時にも氷麗は現れなかった

「少しくらい顔を見せてくれたっていいじゃねぇか」

リクオは多少、いや十分過ぎる程の不平を呟きながら、しぶしぶ雪女の里を後にした

「行っちまったよ」
リクオの姿が見えなくなった頃、雪麗は背後に向かって言った
「すみません」
すぐ近くの部屋の襖をそっと開けて出てきた人物は、そう言って母へと頭を下げた
「ふん、お前が謝る事じゃないよ。あの朴念仁にはもうちょっと考える時間が必要だからねぇ」
まるで全てを見透かしたような母の言葉に氷麗は首を傾げた
「考える……時間ですか?」
ふと心に不安が過ぎる
このまま自分が帰らなければどうなるのかと

このままいけば、解雇……されてしまうかも

氷麗の表情が陰る
娘の心情を読み取った母が励ますように強気で言ってきた
「ふん、そうなったらそうなったまでさ。氷麗、あんたもいつまでもあんな鈍感男に振り回されてないでいい男見つければいいんだよ」
ふん、と鼻息も荒くそう言ってのけた母を見て氷麗は少しだけ笑顔になった
「そうですね、私もお母様みたいに強くならなっくっちゃ」
氷麗はそう言ってすっくと立ち上がり、ガッツポーズをして見せる
そして台所へ続く廊下へ向くと「さ〜てお昼の準備でもしてきますか!」と言って去って行ってしまった
その姿を雪麗は目を細めて見つめていた
母の目から見ても娘の態度は空元気だとすぐにわかった
しかし何もしてやれない
雪麗はそれまで勢いよく胸を張っていた肩の力を抜くと、深い深い溜息を吐くのだった





「リクオ君、最近元気ないね」
帰宅途中、心配そうな声が横から聞こえてきた
はっとして振り向くと、心配そうな恋人の顔
リクオはしまったと内心で舌打ちしながら隣を歩くカナへと笑顔を向けた
「そお?」
「うん、なんか一昨日からリクオ君変だよ」
カナの言葉にリクオはどきりとした
一昨日といえば、雪女の里から帰ってきた次の日だ
自分はそんなにもあの事を気にしていたのかと、思わず眉間に皺が寄ってしまった
「リクオ……くん?」
いつもは見せないその険しい表情に、カナはおどおどしながら聞いてきた
「あ、ああ、ごめんごめん、ちょっと組の事でごたごたがあってね。でももう片付いたからカナちゃんは気にしないで」
リクオはそう言って笑顔を向けた
その言葉にカナは心配そうな顔をしながら素直に頷く
「リクオ君がそう言うなら大丈夫なんだろうけど、でもあんまり無理しないでね。その……役に立てないと思うけど愚痴ぐらいだったら聞けるよ私」
そう言って覗き込んできたカナの顔は本当に本当に心配そうだった
「ありがとうカナちゃん。今度はそうさせてもらおうかな」
そう言って恋人を安心させる科白を吐いたリクオは内心で彼女に謝罪する
彼女には心配はかけさせたくなかった
しかも悩みの相手が氷麗ならば尚更
さすがのリクオも恋人に、他の女の事を心配していたなどという相談などできない
悪戯に不安にさせてしまうのが関の山だ
しかも相手が彼女だと知ったらきっとカナは傷つく
だから何も言えなかった
「今日は気晴らしに、どこか寄り道していこうか?」
「え、いいの?」
リクオが言った瞬間、カナの顔がぱあっと輝いた
ようやく笑顔が戻った恋人に、リクオは内心安堵しながら夕焼け色に染まる道のりを、街の中心へと続く方角へと変更するのだった





とりあえずここまで
続きは暇ができたら再開しますぺこ <(_ _)>

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