僕はただ、つららに想いを伝えたかっただけ



「きゃーーーーー」
たまぎる女の悲鳴
続いて響く盛大な破壊音

ドゴン

「うおっ!」
その音に紛れて焦りの混じった低い声が廊下に響いた
「たく、つららの奴・・・・」
ふわりと煙の様に姿を現したのは、この屋敷の主人であるリクオであった
ここは妖怪任侠一家、奴良組の屋敷の中
正確に言えばその廊下の一角
「あ〜くそっ!いつになったらやれるんだ!!」

空に浮かぶ月の無い朔月
丑三つ時の真っ暗な闇の中、この家の主人は何故か廊下で一人ぼやいていた
「さっきの騒ぎはなんだ?」
暫くすると、なんだなんだと、わらわらと小妖怪達が廊下に集まってきた
「おっといけねぇ」
リクオは慌てて夜の闇に身を滑らせると、畏れを発動させてそっとその場から立ち去った
「あ〜また三代目じゃねえか?」
「なんだ〜、またかよ」
小妖怪達は音のした方を確認しながら、ぼそぼそと声を潜めて話し始める
囁き合う小妖怪の目の前には、氷の塊がちらほらと廊下に散らばっていた
そこは雪女の自室の手前
しかも、部屋の前には襖や廊下にびっしりと氷が張り付いており、まるで戦いがあった様な惨状だ
すでに見慣れた光景に、小妖怪達は小さく嘆息する
どうやらまたリクオが、雪女の部屋にこっそり忍び込んだようだ
だが案の定、また未遂で終わったらしい
「さっさと手篭めにしちゃえばいいのに」
「ばか、いくらなんでもそれは・・・」
「だってそういうつもりで来てんだろ?」
「う〜んでも雪女はそう思ってないみたいだぜ」
「え、マジで?いくらなんでもそれは・・・」
しかし、小妖怪達の話はそこで途切れてしまった

ゆらり

突然廊下に不穏な気配を纏った人影が現れたことに驚いて、さあっと屋根裏に逃げ込んでしまったからだ
「まったくリクオ様ったら・・・」
その影の主は今しがた話題に上っていた雪女だった
憤怒の表情で廊下に出てきたつららは低い声で呟く
その姿は幾分か乱れており、襟元の合わせは少し肌蹴けている
その様子を屋根裏に逃げ込んだ小妖怪達は、固唾を飲んで見守っていた
「まったく、いつまで経っても悪戯が過ぎるんだから!」

ドサッ!

つららの呟きと共に何かが落ちた音が聴こえてきた
「ん?何かしら?」
そう言ってつららは振り返ったが、真っ暗な廊下には人っ子一人、いや妖怪一匹いなかった
「気のせいかしら?」
つららはそう言うと、また自室へと戻って行った
つららが去って行った足元――軒下には一匹の小妖怪が息を潜めて隠れていた
つららの先程の一言に、思わずズッコケてしまい屋根裏から落ちてしまったのだが、間一髪軒下に逃げ込むことに成功していた
「はぁ〜」
軒下に逃げ込んだ小妖怪は、ほっと安堵の息を吐く
「おいおいおいおい、本当に気づいてないぞ!」
「だろ?」
「はあ〜、まったくいい加減にして欲しいよ・・・」
そんな様子を冷や冷やしながら見守っていた他の小妖怪達は、真っ暗な闇夜に向かって盛大な溜息を吐くのであった



そして、先程の騒動から数分後――
三代目奴良リクオの自室

「リクオ様」
「うおっ!お前いつの間に?」
つららの部屋から逃げてきたリクオは、そおっと自室の襖を開けて中に入ろうとした所、突然横から名を呼ばれ、思わず振り向いたその先に予期せぬ人物が居た事に驚き上擦った声を上げた
驚いて目を見開くリクオの視線の先には――

眉間に皺を寄せ腕を組んで仁王立ちをしている首無がいた

「さっきの騒ぎは、やはりリクオ様でしたか」
首無の低い声に「うっ」とリクオは一瞬怯む
その隙を逃さず首無は更に畳み掛けるように言ってきた
「まったく・・・毎度毎度、何をやっていらっしゃるんです?側近の、しかも雪女の部屋に夜這いに行くなど、何を考えてるんですか貴方は!?」
「しーっしーっ!!つららに聞こえたらどうすんだお前!!」
声を荒げて怒鳴る首無に、リクオは口元に人差し指を当てながら慌てて詰め寄った
鼻先が触れそうな程の至近距離で静かにしろと慌てる主に、首無は大きな溜息を一つ吐く
「大体なぜそのような事をなさるんです?」
夜伽させたいなら直接言えばよいでしょう?と首無は憮然とした表情でリクオに言う
その言葉にリクオは一瞬きょとんとした顔を見せた後、こんな事をのたまった
「はあ、そうしたら面白くねえだろうが?『夜這い』するって事に意味があんだよ」
そう言って握り拳を掲げ熱弁する主に、首無はやれやれと無い首を振った
「そうですか、あ〜はいはい私が野暮でした、恋人同士のお遊びに首をつっ込むほど無粋ではありませんからね・・・」
心底脱力した、と言わんばかりに肩を落として言う首無に、それまで黙って聞いていたリクオはまたしてもとんでも発言をぶちかます
「は?恋人?そんなもんまだなっちゃいないぜ」
「はあ?」
リクオの言葉に首無は不躾な声を上げた
「・・・て、恋人ではないのに夜這いしようとしてたんですか貴方は!!」
「おう」
「おうって・・・・」
「つららの奴、俺がどんなに好きだ、愛してるだと言っても信じてくれねぇからな」
「だ、だからって・・・」
「かの光源氏はそうやって意中の女をモノにしてたぞ?」
「それは物語です」
「いやいやいや、平安時代には当たり前だったぞ?」
「いつの時代ですか?今は平成です」
「うっ・・・」
「人間相手なら捕まりますよ普通」
「ぐっ・・・・」
「もうお止めになってくださいね」
「で、でも・・・」
「お・や・め・く・だ・さ・い・ね」
「・・・・・・・・」
「理解して頂けたようで良かったです。それではお休みくださいませ」
その端正な顔立ちに、くらーい影を落として見下ろしてくる首無の表情は、百鬼の主をも震え上がらせる程で・・・・

可愛い可愛い妹分の貞操を守る為ならば、たとえそれが己の主であっても容赦はしない

それが首無であった
ベビーフェイスに柔らかい物腰のこの男だが、キレると恐いという事実を幼少の頃よりよ〜く知り尽くしているリクオとしては、ここで引き下がるのが得策だと、すごすごと布団の中へと入っていった
大人しく布団の中に入っていった主を認めると、首無もようやく落ち着いたのか「それではお休みなさいませ」とその場に正座し深々と頭を下げて退室していく
暫くして、首無の足音が聞こえなくなった頃
布団に潜ったままのリクオはぽつりと呟いた

「だ〜れが止めるかって〜の」

ちろり、と長い舌を出し、悪戯小僧が次の悪巧みを考え付いたような顔をしてほくそ笑む

奴良リクオ

この男もまた、愛しい側近の貞操を奪うためならどんな事でもする困った主君であった



上弦の月
昨夜に引き続き、リクオは何を思ったのか二日連続でつららに夜這いを仕掛けようとしていた
今夜はあの小煩いお目付け役達がそろいも揃って所用で出かけていたのだ
これを好機と取ったリクオは早速つららの元へと赴こうとした
のだが――

そう簡単に行くほど世の中は甘くはなかった

長年リクオの身の回りの世話をしていた首無も抜かりが無かったのだ
悪戯小僧の考えることなど全てお見通しである
あろうことか、リクオのお目付け役でもある鴉に協力を求めていたらしい
故に、つららの部屋に辿り着くまでに何度も妨害にあった



第一トラップ――牛頭丸&馬頭丸

そろりと自室の襖を開けた所に奴らは居た

ドスッ

「うおっ?あっぶねぇ〜」
上空から突然降ってきた牛頭丸を寸での所で交わし、廊下に突き刺さったものを見て冷や汗を流した
暗い闇夜にきらりと光るそれは、紛れも無く牛頭丸の愛刀
廊下に深く突き刺さっている所を見ると奴は本気だ
「てめぇ、邪魔すんな!」
「は?行かせるかよ!」

ギイン

刃と刃がぶつかり合う音が響く
「ちょっとちょっと牛頭丸やり過ぎだよ〜」
そこへ馬頭丸が止めに入ったのだが・・・・
「お前はすっこんでろ!」
「ぎゃあ〜〜〜〜〜」
早々に理性の切れた牛頭丸に空の彼方へと吹き飛ばされてしまった

馬頭丸強制的に戦闘離脱

「おい・・・」
お前それはあんまりだろう、とリクオはジト目で牛頭丸を見据える
「るせえっ!邪魔する奴は敵だ!」
牛頭丸はそう叫ぶと刀を一閃させた
ふわりと目の前のリクオの輪郭が揺らめく
手ごたえが無い
鏡花水月だ
認識をずらすリクオの畏れ

「くそっ!」
牛頭丸は舌打ちしながらそれならば、と闇雲に刀を振るった
「お、おいっ!くそっ・・・こんのっ!」
ひゅん ひゅん とでたらめな剣さばきのように見えるが、実のところギリギリの所でリクオの体を掠めていた
実は見えてんじゃねえのか?と思いたくなるほどの確立でである
さすがは牛鬼組若頭と言ったところか?
腕も去る事ながら、その情念は鬼気迫るものがあった

さすがは恋敵

「てめぇ〜邪魔すんなっ!」
「うるせえ!大人しく寝てろ!!」
「この・・・横恋慕すんじゃねえよ!」
「なっ・・・何が横恋慕だ!こいつは頼まれたから仕方なく・・・」
「はっ、つららに想いを寄せてることなんざとっくにお見通しなんだよ!お前」
こんな事に首をつっ込むのが証拠じゃねえか!と一気に捲くし立ててやると、牛頭丸は「ぐっ」と言葉に詰まった
一瞬怯んだ隙をついて牛頭丸を壁際に追い詰める
首筋に弥々切丸を突きつけると怒気を孕んだ声で言ってやった
「人の恋路を邪魔すんじゃねえよ、そういやお前つららの事を散々苛めてくれてたよなあ?お礼に稽古つけてやろうか?ん?」
にやりと口角を上げながら余裕の表情を見せ付けてやると、牛頭丸は悔しそうに睨みつけてきた
「て、めえ!!」
「ふっ、俺に喧嘩売ろうなんざ百万年早いんだよ!!」

ドカッ ひゅうぅぅぅーーーーーーーん

牛頭丸、空のお星様になる



第二トラップ――三羽鴉

バサッ バサッ バサッ

ズドドドドドドド〜〜、と猛ダッシュで廊下を走るリクオの前に三羽烏が突然舞い降りてきた
「リクオ様、これ以上は行かせませぬ」
「黒羽丸か?お前らなんで?」
「父上の言いつけです」
キキキキー、と三羽烏の手前で止まらざる負えなくなったリクオは黒羽丸の言葉に舌打ちする
「邪魔だどけ!」
「できません!」
「ほお、親父が恐いか黒羽丸?いつまでもお子様だなぁ〜」
「任務ですから」

ズゴゴゴゴゴゴゴ

両者鼻先が触れ合いそうな程顔を近づけて睨み合う
凄まじい畏れがぶつかり合っていた
そんな二人を遠巻きに見ていたささ美とトサカ丸は
「なあ、俺達ってその・・・出歯亀なんじゃねえの?」
「この場合言い回しが違うと思うのだが、言いたい事はわかるぞ」
「だよな、お〜い兄貴」
「なんだ?」
ギン、とリクオに向けていた畏れのままトサカ丸を睨み上げる黒羽丸
その畏れに「ひっ」と声を上げながらトサカ丸は震えながら黒羽丸に言った
「兄貴、ここは辞めた方が良いのでは?」
「何故だ?」
「いや、その・・・」
トサカ丸は何か言い辛そうにぽりぽりと頬を掻くと、音も無く黒羽丸に近づき耳元でこそりと囁く
するとどういう訳か、黒羽丸はトサカ丸の言葉に納得したようで険しい顔が一変、無表情ないつもの顔に戻った
「しかし父上が・・・」
何を話したのか知らないが、これを好機と取ったリクオはすかさず黒羽丸に向かって口を開いた
「お前ら俺と親父どっちの言うことを聞くんだ?」
「「「うっ」」」
その言葉に三羽烏は押し黙る
「く・・・リクオ様、この黒羽丸、主に対してなんという無礼を・・・腹を切ってお詫び申し上げま「待て!まてまて〜〜!」」
我に返った黒羽丸が突然土下座をしたかと思ったら、短刀を取り出し物騒なことを言ってきたのでリクオは慌てて止めに入った
「リクオ様?」
「いやいやいや、腹切るほどでもねえだろう、ここをちょこっと、そう・・・通してくれるだけでいいんだ、それで許してやる」
「はっわかりました、行くぞお前達」
黒羽丸は踵を返すと他のきょうだい達を連れてバサバサと空高く舞い上がる
「それでは」と飛び去る寸前、黒羽丸は生真面目さ故にリクオに振り返り余計な一言を残していった
「あまり、その・・・雪女にご無理をされませんようお願いします」
ぺこりと頭を下げて、今度こそ夜の闇夜に消えていった
「大きなお世話だ」
リクオは眉間に皺を寄せて三羽烏の消えていった空を見上げた



第三トラップ――河童

リクオが向かうその先には
河童が廊下の柱に凭れながら腕を頭の後ろに組んでぼんやりと座っていた
「お前も邪魔すんのか?」
リクオは立ち止まり、珍しい参加者に訝しげに視線をやる
「う〜ん?ここにいろって言われたけど、別に邪魔する気無いし」
「そうか・・・じゃあお前にはこれをやろう」
褒美だ、と言ってリクオが懐から取り出したのは、3本のキュウリ
それを受け取ると河童はありがとうございますと嬉しそうにお辞儀をして、そのまま庭の池へとスタタタタ〜と走り出しドボンとダイブすると、ぷか〜と池に浮かびながら美味しそうにきゅうりを食べ始めた
「ふ、たわいもない」
リクオはにやりと笑うと廊下の先へと進んで行った



第四トラップ――黒田坊&青田坊

雪女の部屋まであと少し、という所で突然横の襖ががらりと開いた
リクオは「またか?」と足を止め身構える
襖を開けて出てきたのは、赤い顔をした青田坊と黒田坊だった
「お〜リクオ様」
「やや、こんな所にリクオ様?」
どうされました〜?と陽気な声で言ってくる黒と青の息はもの凄く酒臭い

酔ってんのか?

ふらふらとした足取りでこちらに近寄ってくる二人を訝しげに見ていると、思い出したように黒田坊が口を開いた
「おおそう言えば、今日は首無に何か頼まれごとをしていたような・・・」
「あ〜、そうだったか?」
「確か雪女をリクオ様から守れとか・・・・」
「ほ〜リクオ様から・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「「で、リクオ様はどちらに?」」
「・・・・・つららの所だ」
二人の視線に絶えながら、こうなりゃヤケだ!と正々堂々と言い切ってやった
すると、黒と青はリクオの言葉にきょとんとした顔をしていたのだが・・・・

次の瞬間盛大に笑い出した

「がっはっはっはっ、それでこそリクオ様」
「お〜!流石はリクオ様」
リクオの肩をバシバシと叩きながら何やら嬉しそうに褒め称えてきた
「なんなんだ?」
何が流石なんだろうと、リクオは酔っ払いの意味不明な行動に冷や汗を流しながらたじろぐ
「うむ、堂々たるその姿勢感服いたしましたぞ」
「うむ、なんとも男らしいお姿、そんな若にはご褒美を差し上げましょう」
うんうんと頷きながら黒田坊が懐から何やら取り出し、リクオの手の中に無理やり握らせる
「じゃ、若頑張ってくださいよ〜」
「期待しておりますぞ」
と言って二人肩を組みながら千鳥足で去って行ってしまった
後に残されたリクオの手の中には――
小さなアルミ包装――真ん中は丸い輪っかに盛り上がり包装の縁は切り易いようにギザギザの付いたアレ――が一つちょこんと乗っかっていた

「一つで足りるかな?」

リクオはまじまじとそれを見つめぼそりと呟いた



第五トラップ――鴆

「お?リクオそんなに急いで何処行くんだ?」
逢引か?と冷やかし半分、通りかかった鴆が声を掛けてきた
雪女の部屋まで、あとはこの角を曲がるだけ
リクオは逸る気持ちを抑えて義兄弟である鴆の前に立ち止まった
「お前もか?」
「は?なんの事だ?」
警戒しながら言うリクオに鴆は何の事だと首を傾げた
「今日はおめえん所の小妖怪が腹痛だって連絡があってよ、そんで診察に来たんだ、まあ大した事無かったから良かったけどな」
「違うのか」
かかかか、と笑う鴆にリクオは安堵の息を吐く
「それより、お前こそどうしたんだこんな夜更けに?血相変えてどこ行くんだ?出入りか?じゃあ俺も・・・」
「いやつららの所だ」
「は?なんでまた・・・ははぁん、お前もとうとう・・・んじゃあこれやるよ」
と鴆はリクオの言葉にピンと来たらしく、したり顔で言いながら袖の中をゴソゴソ探し始めた
あったあった、と言いながらそこから取り出した小瓶をリクオに持たせる
「何だコレ?」
「精力増強剤だ、ま、がんばれよ」
そう言って鴆は片目を瞑りながらリクオの肩をポンと叩いてにやりと笑うと
「リクオもそんな年になったか〜月日の巡るのは早いもんだねぇ〜」
今夜は祝い酒だ♪と鼻歌よろしく「がんばれよ〜」と片手を上げて去って行った
「・・・・・・」
リクオは鴆に渡された小瓶を無言で見つめていたが、キュポンと徐に栓を抜くと

ゴキュ ゴキュ ゴキュ

と一気に飲み干した
「さ〜てエネルギー充填!あと少しだ!」
口元を拭い片腕をブンブン回しながらきりっと顔を引き締めると、もの凄い速さで目の前の角を曲がって行った

つららの部屋到着まであと数メートル



第六トラップ――毛倡妓

「お前が最後か?」
「リクオ様、お待ちしておりました」
つららの部屋の前に立ち塞がる様に立っていた毛倡妓は、妖艶に微笑むとリクオに向き直った

くそっ、首無め最後に厄介なやつ置いていきやがって!

勝ち誇った首無の高笑いが聞こえてきそうだ
目の前の女に舌打ちしつつ、今回の首謀者に胸中で毒づいた
自分の側近、しかも女と来ればリクオも少しばかり気が引けてしまう
そんなリクオの性質を知っていてこんなことをする首無はあっぱれというか
我が側近にしてなかなかどうして見所あるな
と焦る頭の片隅でここには居ない側近を賞賛する
しかし事態は良くなるわけでもなく、リクオは忌々しそうに舌打ちした
「そこを退け、やりたかないが邪魔する場合は・・・」
「はいどうぞ♪」
毛倡妓は蕩ける様な笑顔を向けながら、すっと部屋の前から退いた
「へ?」
「あと邪魔な残りの妖怪達は私が片付けておきましたから♪」
呆気に取られるリクオに、毛倡妓はそう言って「どうぞ」と片手を部屋の入り口へと向けて催促した
「お、おう」
リクオは襟元を正すと、背筋を伸ばし誘われるままつららの部屋の前へ立つ

首無、お前最後の人選間違えたな・・・・

勝った!とリクオは内心ほくそ笑みながらゆっくりと部屋の中へと入って行く
「ごゆっくり〜♪」
毛倡妓はそう言うと、にこにこしながらパタンとリクオの消えていった襖を静かに閉めた



部屋の中へ入ると中は真っ暗だった
「つらら」
もう寝てしまっているのか?と愛しい女の名を呼ぶ
すると――

「リクオ様、お待ちしておりました」

真っ暗な部屋の中から凛とした声が聞こえてきた
その声の主は部屋の真ん中、布団の敷かれたその上に正座をし深々と頭を下げていた
それはリクオが求めて止まない愛しい側近――
つららだった

やっとやっと辿り着いた

リクオはここまでの長い道のりを思い出し、感極まって口元に手を当て目の前の女を見つめた
「つらら、俺・・・・」
リクオがゆっくりと手を伸ばし、つららを抱きしめようとした刹那

ヒュン

リクオの頬を何かが掠め飛んでいった
ぴきーーーーん
そのすぐ後、背後の襖が凍りつく
つららに手を伸ばした姿勢のまま固まるリクオ
「お部屋にお戻りください、これ以上は手加減しません!」
固まるリクオに向かって凛とした冷たい視線でつららが言い放つ
「え?いや、つららさん・・・」
リクオは何が何やら・・・・
リクオは困惑の表情のまま、つららに近づこうとした



ひゅん ひゅん
それを遮るように氷の礫がリクオに向かって飛んでくる
「ちょっ、おま・・・それはないだろう?」
リクオは焦った
ただ愛しい女性に逢いに来ただけなのである
なのにこの仕打ち
何がどうして?と混乱する頭でなんとかつららの元へと近づこうとするリクオ
そうはさせんと、反撃するつらら
「いい加減になさいまし!毎度毎度、悪戯にもほどがあります!!」
つららは完全に勘違いしていた
その事に気づいたリクオはムッとする
「お前勘違いしてんじゃねえよ!」
「何を今更、ひとの安眠を妨害して楽しいですか?」
「いや、違うから!そうじゃなくて!!」
「何が違うのですか?首無から聞きましたよ、リクオ様はわたくしをからかって楽しんでいらっしゃるって、寝不足で護衛が勤まらなくなったらどうするんですか?」

あの野郎・・・・

つららの言葉にリクオの眉がぴくりと震えた
「違うって言ってんだろう!!」
つららが放った礫を避け、鏡花水月でつららの懐に飛び込むと、両腕をがしりと捕まえ拘束した
「いや、もう離してください!いい加減に・・・」
「つらら、そうじゃねえ。俺はお前に逢いに来てたんだ」
「へ?」
リクオの言葉につららはポカンと呆けた顔になると、捕まえられている腕のことも忘れ、まじまじと目の前の主を見上げた
「逢いに来てたって・・・」
「そのままの意味だ」
「へ?え・・・えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
艶っぽい声と切なげな瞳でそう言ってやれば、つららの頬はみるみる内に赤く染まっていき
ついには奇妙な声で悲鳴を上げていた
「逢いにって・・・え?え?」
尚も混乱するつららの腕を離し、優しく肩に手を置いてゆっくりと理解るように己の気持ちを伝えた
「つらら、俺はお前が欲しい。側近としてではなく一人の女としてだ。解るかこの意味?」
その言葉につららの顔は熟れたトマトのように真っ赤になり、頭からはぶしゅーと湯気まで噴き出し口をパクパクさせてリクオを見上げていた
「つらら、返事は?」

トドメとばかりにリクオはありったけの甘い声で囁き熱い視線を向けてやる
すると・・・・



ドカッ



「は・・・・い?」
両手で抱える程の大きな氷の塊がリクオの脳天に直撃していた
やったのはもちろん、つららだ
「お、おおおおおお戯れもいい加減になさいませ!」
つららは真っ赤な顔をしたまま、呂律の回らなくなりそうな舌で叫ぶ
衝撃で畳に突っ伏していたリクオはむくり、と起き上がると
「やってくれるじゃぁ〜ねぇか〜〜」

「つらら!」

かっと目を見開き叫んだ
「口でいってもわかんねぇならこうだ!」
リクオは怒りの形相のままつららの着物をがしりと持つと

ビリーーーーーーー

派手な音を立ててつららの着ていた着物を引き裂き脱がした

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

そのすぐ後、つららの悲鳴が深夜の浮世絵町に木霊した



数刻後――

「うっうっ・・・酷いですリクオ様」

「ぼ、僕にどうしろと・・・・」

朝日が眩しく差し込む部屋に
悲痛な声ですすり泣くつららと
顔を両手で覆い隠して座り込む昼の姿のリクオがいた


僕がやったんじゃなぁ〜い、悪いのは全部夜のせいだぁぁぁぁぁぁ!


はたして悪いのは昼と夜どっちだったのやら?

真相は謎に包まれたまま・・・・・



裏部屋に裏バージョンがあります。
※注意:リクオが酷いです真っ黒くろ助と化しております^^;
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