てってってってっ
ガラッ
いない

パタパタパタパタ
バタン
いない

ばたばたばたばた
ガタン
ここにもいない

「も〜〜どこ行っちゃったんだよ〜〜!」

とある日の昼下がり
奴良家の屋敷で甲高い子供の声が響いてきた
その幼子は、ばたんと大の字になって廊下へ寝転ぶや
まるで玩具を欲しがる子供のように手足をばたつかせて大声で叫んでいた
そこへ、騒ぎを聞きつけた側近が慌てて駆けつけてきた
「どうされましたか、リクオ様?」
首から上をふよふよと宙に浮かせた側近が、廊下で仰向けになって頬を膨らませている主へと問いかけてきた
己を覗き込むその側近に、その幼子は膨らんだ頬を更にぷうっと大きくしながら
ぽつり

「雪女がいない」

と、ふてくされた表情で一言告げてきたのであった
その何とも可愛らしい態度に内心くすりと苦笑を零しながら、首無は困ったような表情を作る
「申し訳ありませんリクオ様、只今雪女は所用で出かけておりまして」
このへその曲がった幼子をなんとか宥めねばと、とりあえずよくある言い訳を選んで伝えてみた
だがしかし
今日に限って目の前の主は引き下がらなかった
いつもなら「そっか」と少々残念そうに呟いて他の遊び相手を見つけに行くのだが

「なんで!?」

今回は珍しく噛み付かんばかりの勢いで問い返してきた
がばりと起き上がり、眉をこれでもかと吊り上げて
そしてその瞳を潤ませながら

う……

これにはさすがの首無も参った
可愛いを絵に描いたようなこの大切な幼子が
しかも自分の主であったあの方の大切な忘れ形見が
零れそうなほどの涙を瞳に堪えながら聞いてきたのである

つい本当の事を言いそうになってしまった

しかしここは主の為、とぐっと堪える
膝に置いた拳を固く握り締め
「もう暫くのご辛抱です。あと半時もすれば雪女は帰って来るはずですから」
直ぐ隣の部屋の壁掛け時計をちらりと見遣りながら首無は引き攣る笑顔でそう告げたのであった
その言葉にリクオはしょんぼりと項垂れる
そして
「もういい!」
そう一言言うと、ばたばたと音を立てながら首無の元を去って行ってしまった
その場に取り残された首無はというと……

「申し訳ありませんリクオ様ぁ〜」
と、情けない声を上げながらその場に崩れるのであった



どたどたどたどた
どすどすどすどす
怒りを足音で表しながらリクオは自室へ向かっていた
「なんだい、なんだい、雪女なんか!」
足音だけでは治まり切らない怒りが喉をついて口から零れた

今日は僕の誕生日

朝から下僕の妖怪達がひっきりなしに僕の部屋を訪れては誕生日プレゼントを渡してくれた
でも、その下僕達の中に雪女の姿はなかった
いつもならイの一番で僕の元に駆けつけてくる雪女がだ

しかも朝の起床はいつも雪女の役目だったのに何故か今日は毛倡妓だった……

なんで?
どうして?

リクオは居ても経ってもいられなくなって雪女を求めて屋敷中を探した

雪女の部屋はもちろん
台所や居間
風呂場や厠まで
もしかしたら昨日仕掛けた罠に掛かってるんじゃないかと庭も探した

でもいなかった

散々探し回って疲れ果て廊下で叫んでいた所へ首無が来てくれたのだが
その首無から聞いたのはリクオにとっては酷くショックな内容だった

なんでよりによって今日出かけてるんだよ!

リクオは胸中でここには居ない側近へ悪態を吐くと、部屋の襖をがらりと開けて畳の上へごろりと寝転んだ
そしてまたぷうっと頬を膨らませる
「なんで居ないんだよ……」
そしてぽつりと呟いた
その声は寂しそうに震えている
そして、ぼんやりと天上を眺めながらリクオは胸中で考え始めた

雪女、僕の誕生日忘れちゃってるのかな?
それとも昨日、落とし穴に落っことした事まだ怒ってるのかな?
用事って一体何なんだよ?それは僕より大切な事なの?
今日は、今日は僕の誕生日だったのに
この間「盛大にお祝いしましょうね」なんて言ってたくせに
うそつき

うそつき

うそつき〜〜

胸中で絶叫するリクオの瞳からぽろりと涙が零れた
リクオは声も上げず暫くの間流れる涙もそのままに天上を見上げていた
途中、小妖怪達が遊ぼうと誘いに来たがそれでもリクオは返事もせずにただ黙って天井を見上げていた
そんなリクオを小妖怪達は訝しみながら、すごすごと退散していく
そしてそうしている内にリクオの元から小さな寝息が聴こえてきた



「ん……」
ぼんやりと目を開けると見慣れた天上が見えた
眠いまなこをごしごしと擦りながらリクオはむくりと起き上がる
どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい
辺りをきょろきょろと窺うとリクオは立ち上がった
そして部屋の襖を開けると廊下へ出た
廊下に出ると庭の池に河童がいるのが見えた
河童は気持ち良さそうにすい〜と池を泳いでいる
リクオは下駄を履いて庭へ降りると河童の元へ向かった
「ねえ、雪女帰ってきた?」
「雪女ですか?」
「うん」
「……まだ帰ってないみたいですよ」
河童はちらりと空の太陽を見上げると、少し戸惑うようなそんな素振りを見せながら首を横へと振ってみせた
その言葉にリクオはまたしょんぼりと項垂れる
「あ、そうだ!リクオ様これ」
河童はそんなリクオを見ながら思い出したように言うと、緑の包装紙に包まれたプレゼントの箱を差し出してきた
「ありがとう」
リクオはそれをじっと見つめながら力なく礼を言う
そしてその箱を持ちながらとぼとぼと歩いていってしまった
「ふぅ……リクオ様なんか可哀想だなぁ。早くすればいいのに」
哀愁を漂わせたリクオの背中を見送りながら河童はぽつりと呟くのだった



枝垂桜によじ登りぼんやりとリクオが空を眺めていると
「ん?」
何やら甘い香りが漂ってきた
くんくんと鼻をひくつかせ匂いの元を捜す
その香りはどうやら大広間から流れてくるらしかった
リクオは枝垂桜の木に登ったまま不思議そうに首を傾げる
するとそこへ、探していた張本人がやってきた
ぱたぱたと嬉しそうに廊下を走る雪女
リクオは一瞬その姿を見つけて喜んだが、しかし直ぐに桜の木に身を隠してしまった

なんだい雪女なんか、今頃来たって遅いんだぞ!

リクオは膝を抱えて小さく丸くなりながら胸中であかんベーをした
雪女も少しは僕の事心配すればいいんだと口をへの字に曲げる
完全にへその曲がった幼子は必死で自分を探す雪女の姿を見て、いい気味だと胸中で呟いていた
「リクオ様〜若様〜、どこに行ってしまったのかしら?リクオ様〜」
おろおろしながら雪女は必死で自分を探していた

僕の部屋
居間や台所
風呂場や厠まで
そしてあらゆる所を探しているうちにとうとう庭までやってきた

僕は息を潜めて雪女がこちらへやって来るのを見ていた
枝垂桜の根元まで雪女はやって来ると
「はぁ、リクオ様きっと怒ってるのね……私がいけなんだわちゃんとお話していれば……」
雪女は枝垂桜の幹に手を付きながら深い溜息を吐いていた
「ごめんなさいリクオ様」
そして悲しそうな泣きそうな声でそう呟いた時

ダンッ

「きゃっ」
僕は枝垂桜から飛び降りた
雪女の目の前に急に出てきた僕に彼女は驚いて悲鳴を上げた
その驚いた顔を見て僕はしてやった!とちょっとだけ機嫌が直ってきた
「なんだよ僕を探してたんじゃないのか?」
僕はちょっぴり意地悪な声でそう言ってやった
その途端
「リクオ様!」
雪女は何故か嬉しそうに笑顔になると僕の名を呼んできた
「もぅ、探しましたよ」
「はぁ?それはこっちの台詞」
「え?」
「う……な、なんでもない!!」
僕は慌てて口を両手で塞ぐとぷるぷると顔を横に振った
雪女はそんな僕を訝しそうに首を傾げて見ていたけど
次の瞬間手をぽんと合わせると「そうでした!」と嬉しそうに僕の顔を見下ろしてきた
「そうでした、リクオ様こっち来てください!」
「え?なんだよ急に」
こっちこっちと僕の手を取ると嬉しそうに何処かへ連れて行こうとする
僕はまだまだ怒っているんだぞ、と「何だよ、もう」とブツブツ言いながらほっぺを膨らませたまま雪女に引かれるまま歩いて行った
そして――

「うわぁ!!」

目の前に置かれたそれを見て僕は不覚にも声を上げてしまった
雪女に連れて行かれたのはあの大広間だった
大きなテーブルが部屋の前に置かれていて
しかもその上には

巨大なケーキ

でん、と置かれたその特大ケーキはななと3段重ねになっている
しかも白やピンクの生クリームで綺麗にデコレーションされていて
真っ赤な苺が僕に向かって「食べて」と囁いていた
僕は思わずその美味しそうなケーキにごくりと喉が鳴ってしまった
「リクオ様凄いでしょ〜♪」
背後から嬉しそうな声が聞こえてきて振り向けば雪女が笑顔で僕を見下ろしていた
「こ、これって?」
「もちろんリクオ様のバースデーケーキです!」
「え?本当!?」
「がんばりました!」
僕の質問に、雪女は力強く頷くと誇らしげにえっへんと胸を張って見せた
良く見ると雪女の顔や頭には所々生クリームが点いている
「もしかしてこれ、雪女が一人で作ったの?」
「はい〜〜♪」
もちろんですとも、となんとも嬉しそうに頷く雪女
それを聞いた僕も何だかくすぐったいような嬉しい気持ちに自然と頬が緩む
「へ、へへ」
「うふふ」
お互い顔を見合わせて笑い合っていると、下僕の妖怪達がぞろぞろと部屋へと入ってきた
「お、すごいなコレ」
「いや〜本当に作っちゃったのね〜あんた」
「ほぉ、これはその、何と言うか」
「でかいね」
「ああ、でかいな」
「リクオ様、一人で食べ切れるのかな?」
等など、下僕達は口々に感想を漏らしていく
そして
「いや〜一時はどうなるかと思ったぞ雪女」
やれやれと盛大な溜息と共にそう言ってきたのは首無だった
「まったくリクオ様には内緒にしておきたいと言うから皆、はぐらかすのに手を焼いたぞ」
「ああ、そうだなリクオ様は賢いから、すぐ嘘を見抜かれてしまうからな」
首無の言葉に近くにいた妖怪達もうんうんと頷いていた
「え、どういう事?」
下僕達の言葉にリクオは目をまん丸にして隣の雪女を見上げた



「みんな、明日はリクオ様の誕生日だから大きなケーキを作ってあげたいの」
午前零時過ぎ、雪女は仲間の妖怪たちを呼んで手を合わせて頼んできた
「おお、そうかわかった」
「任せてくれ」
「了解♪」
その言葉に仲間達は快く頷く
「ふふ、よろしくね」
そして雪女は嬉しそうに頷くといそいそと台所へと向かったのだった

仲間に頼んで雪女が台所に篭ったのが昨夜
そして格闘の末、出来上がったのがこのケーキだというのだ
リクオは「黙っていて申し訳ありませんでした」と頭を下げる雪女をぼんやりと眺めていた
そしてふと、数日前の遣り取りを思い出す

「ねえ、雪女」
「どうしました若?」
「今度、僕の誕生日でしょ?僕ね僕ね、こ〜んな大きなケーキが食べたい!」
「ケーキですか?わかりましたこの雪女、腕によりをかけておっきなケーキを作りますね!!」
「うん、約束だよ!」
「はい約束です」

そう言って雪女と指きりげんまんをしたのは確か一週間前
その約束を覚えていた彼女は本当に作ってくれたのだ
しかもリクオが想像していた以上に大きなケーキを

リクオは、いつの間にか遠くで「誕生日パーティー始めますよ〜」と仲間達に向かって叫んでいる雪女を見つめた

凍っていた心がいつの間にか溶けてぽかぽか暖かくなっていた
曲がっていたへそはいつの間にか元に戻っている
なんだか照れ臭くて
でもすごく嬉しくて
リクオは居ても経ってもいられなくなり思わず駆け出した



「雪女、だ〜〜い好き!」



今日一番張り切って自分の誕生日の準備をしてくれた雪女の背中に
リクオは本日最高の笑顔で飛びつくのだった



9月23日

あなたと出会えたこの日を祝して

Happy Birthday to Rikuosama



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