「雪女ぁ〜どこぉ〜?」
リクオは痺れを切らしていた
待てども待てども目的の人物が現れなかったからだ
かれこれリクオは1時間もそこに居た
奴良家の中庭、枝垂桜の枝の上――
リクオのお気に入りの場所だ

何で見つけられないんだろう?

一番目立って、一番分かりやすい場所を選んだはずなのに・・・・
リクオは小さな肩を上下させて盛大な溜息を吐いた

時を遡る事1時間前――
「じゃあ、雪女が鬼だね〜みんな隠れろ〜〜!!」
わあ〜、と幼いリクオを筆頭に小妖怪たちがわらわらと庭へと散っていく
「い〜ち、に〜い」
一人残されたつららは、一本松に合い向かいになり目を隠して数を数え始めた
奴良家の日曜日
幼稚園が休みであるリクオは、いつものように側近達とかくれんぼをしていた
今回もじゃんけんで負けたのはつららだった
そしていつものように見つからないように罠を仕掛け、上手く隠れるのがリクオ
しかし、今回リクオは罠は仕掛けていたが、隠れる場所はいつもと違いリクオのお気に入りの場所だった
中庭に優雅に枝葉を伸ばす枝垂桜――リクオが一番大好きな場所
側近達なら誰もが知っていること
もちろんつららも知っている
リクオはある思惑を胸にそこに隠れていた


というのが一時間前の出来事である
いつもよりも見つかり易い場所に隠れたのに、一向に見つけに来てはくれないつららに、リクオは我慢の限界を超えていた
ひらりと枝垂桜から飛び降り大声でつららを呼ぶ
パタパタと細い足を一生懸命動かして反対方向の中庭まで辿り着くと
そこに目的の人物を見つけた
つららは近づいてくるリクオの気配に気づかず一生懸命に垣根を掻き分け、見当違いな場所を探していた
その姿に幼いリクオはまた大きく溜息を吐くと
キッとつららを睨みつけ

「雪女のバカ!」

と大声で叫んだ
「え?若?」
突然の声に驚いたつららは慌てて振り向いたのだが・・・・
既にリクオは背を向けており、バタバタと足音を立てながら走って行ってしまっていた
「わ、若待ってください〜!」



雪女のバカ、雪女のバカ!僕が僕が待ってたのに来てくれなかった!!

リクオは目を固く瞑り、がむしゃらに走った
走って走って、ドンと何かにぶつかりようやく立ち止まる
そろりと、ぶつかって来たモノを見上げると「あっ」と声を上げて驚いた
そこには――
母、若菜が驚いた顔でリクオを見下ろしていた
「あらリクオ、どうしたの?雪女ちゃんと遊んでいたんじゃなかったの?」
買い物の帰りなのであろう、両手にはスーパーの買い物袋を提げていた若菜は、リクオの顔を見ながら不思議そうに首を傾げていた
「雪女なんかしらないやい!」
リクオはそう言うと、ぷいっと横を向き手に持っていたモノをくしゃりと握りつぶした
それを静かに見守っていた若菜は、スーパーの袋を置いてリクオの目の前にしゃがんだ
「どうしたのリクオ、雪女ちゃんと喧嘩でもしちゃったのかしら?」
優しく問いかける母に、リクオは眉根を下げ瞳を潤ませながらぽつりと呟いた
「だってあいつ、見つけてくれなかったんだ・・・・」
その言葉に若菜は目を瞠る
「でもそれって、いつもの事なんじゃないの?」
くすくすと笑いながら若菜が言うと、リクオはばっと母に向き直って声を上げた
「そうだよ、いつもの事だよ!でも、でも今日は見つけてほしかったんだもん!!」
その言葉に若菜はまたしても目を瞠った
「今日は?あらどうして?」
そしてまた優しく問いかける

優しく優しく
固く結ばれた紐を解くように

その優しい声にリクオの心も段々とほぐされていく
興奮して真っ赤になっていた頬は段々と熱を引き、それと共に苦しかった胸も和らいでいく
落ち着きを取り戻しつつあるリクオは、ぽつりぽつりと若菜に事情を説明した

暫くリクオの話を静かに微笑みながら聞いていた若菜は、ふと向こうから来る人物に気づき顔を上げる
リクオもつられて振り向くと「あっ」と驚きの声を上げた
そして気まずそうにぷいっと下を向いてしまう
そんな幼い息子の姿に若菜は苦笑を零すと、向こうから血相を変えて走って来るつららに、にこりと笑顔を向けた
「あら雪女ちゃん、待ってたわよ」
うふふ、と意味ありげに微笑む若菜に、つららは息を切らせながら「す、すみません」と頭を下げる
そして――
「若!リクオ様、探しましたよ」
はあ、はあ、と肩で息をするつららに若菜はまたくすりと笑みを零すと
「あら良かったじゃないリクオ、雪女ちゃんが見つけてくれたじゃないの」
そう言ってリクオをつららの方へと向き直させる
リクオはバツが悪そうに下を向いたままであった
そんなリクオにつららは眉根を下げ「すみません若、私が見つけるのが遅くなってしまったばっかりに」と謝った
そんなつららにリクオは
「そうだよ、雪女はいっつも鈍臭いんだよ!!」
と叫ぶと、またバタバタと走って逃げてしまった
「あ、若!」
そんなリクオの後姿につららは手を伸ばすがすぐに止め、ぱたりと伸ばしていた腕を下ろしてしまった
そしてしょんぼりと項垂れる
「ごめんなさね、リクオへそが曲がっちゃったみたいなの」
「いえ、私が悪いんです」
「ふふ、少しすれば落ち着くでしょう、夕飯の時にでも呼びに行って頂戴ね」
若菜はそう言うと、降ろしていたスーパーの買い物袋を拾い上げ「後はよろしくね」と一言告げると母屋の方へと入っていってしまった
一人残されたつららは、リクオの走って言った場所を寂しそうに見つめていた


なんだいなんだい雪女なんか!

自室に戻ったリクオは、部屋の真ん中にちょこんと座りながら手の中の物を睨みつけていた
そこには丸められてリボンの付けられた画用紙があった
それは、リクオの手の中でくしゃりと歪んでいる

今日は誕生日だって言うから一生懸命描いたのに!

そう言ってリクオはぎゅっと画用紙を握りつぶしてしまった
「う・・・」
それと同時にリクオの瞳からポタポタと大きな雫がこぼれ始める
声を押し殺し小さな肩を震わせてリクオは泣き始めた
「リクオ様?」
その時、どこか躊躇ったような遠慮がちの声が襖を隔てて聞こえてきた
その声にリクオはびくりと肩を震わせる
つららの声だ
リクオは慌てて涙を袖で拭うとぶっきらぼうに返事をした
「なんだよ」
「あ、あの夕飯のご用意ができましたので・・・その・・・」
おろおろと言いながら、そっと襖を開けて中を伺うつららと目が合った
「な、なんだよ」
リクオは涙を見られたかもという羞恥に、ぷいっとそっぽを向く
「先程はすみませんでした、私が鈍臭いばっかりに・・・」
そんなリクオに気づかず、つららはしゅんと項垂れながら謝ってきた
悲しそうに落ち込むつららに、リクオもなんだか可哀相になってしまった
ちらりとつららを見上げると、ちょいちょいと手招きしてつららを呼ぶ
「なんでしょう?」
つららは誘われるがままに部屋へと入ると、リクオの横にちょこんと座って首を傾げた
幼い子供から見てもその可愛らしい仕草に、リクオは知らず頬を染めながら口をへの字に引き結んでつららの目の前にある物を差し出した
それは、先程リクオが握りつぶしていた丸められた画用紙だった
「え?」
つららは目の前に差し出された物体を見て目を丸くする
そして、リクオと手の中の画用紙を交互に見つめながら、意味がわからないと首を傾げていた
そんなつららにリクオは痺れを切らせたのか、早口で説明してやる
「ゆ、雪女が今日誕生日だって聞いて・・・だから、やる!」
そう言うや否や、リクオはつららに無理やりその画用紙を握らせると、ほっぺを真っ赤に染めてぷいっと横を向いてしまった
そんなリクオの言葉と姿に、つららは「え?」と呆気に取られていたのだが
次の瞬間――

「ありがとうございます」

と可憐な花が綻ぶ様な笑顔をリクオに見せた
その美しい笑顔に、恥ずかしくてそっぽを向いていたリクオは、ぼおっと一瞬見惚れてしまう
暫くそうしていたが、はっと我に返るとまたしてもほっぺを真っ赤に染めて
「だ、大事にしろよな!」
と恥ずかしそうに言いながら、また横を向いてしまった
そんなリクオにつららは、にこにこにこにこ笑顔のまま

「はい!家宝にいたします!!」

と手の中に握られた画用紙を宝物のように抱きしめながら頷くのであった



つららに贈った画用紙に描かれていたのは――
仲良くつららと遊ぶ楽しそうなリクオの笑顔と

「いつもいっしょにあそうぼうね」

という言葉が色とりどりのクレヨンで描かれていた

1月11日 つららの誕生日

ぼくから君へささやかなプレゼントを



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