「あ・・・あの、リクオ様!」
ある日の放課後、いつものように側近である青田坊とつららを連れて家路に帰る途中、突然つららがリクオを呼び止めてきた
その声に前を歩いていたリクオは振り返ると、意を決したような真剣な表情のつららを見て首を傾げた
「ん?つらら、どうしたの?」
「あ、あの・・・あのですね・・・」
「うん」
「そ、その・・・・」
リクオを呼び止めたは良いが、つららはその先の言葉がなかなか出てこない
興奮気味に頬を赤く染め、真剣な表情でこちらを見ながら口をぱくぱく動かしていた
つららの奇妙な行動に、一方の側近はというと・・・・
なにやらピンと来るものがあったらしく、オホンと咳払いをすると
「あ〜、若、ちょっと急用を思い出したので先に本家に帰ります、申し訳ありませんが雪女と後から帰ってきてください、じゃっ!」
大きな片腕を上げるなり、青田坊はすたこらと走っていってしまった
「あ、青田坊!!」
慌てて呼び止めるリクオの言葉は、あっという間に遠ざかってしまった青田坊には届かず、虚しくも夕日の空に響いただけだった
ちらり、と隣を見ると未だ赤い顔のままのつららがリクオの方を睨むような目つきで見つめていた
こういう時のつららは大抵何かを企んでいる
長い付き合いであるこの側近の事は他の誰よりも良く知っていると自負できる
こういう場合あまり良い展開になった試しがないんだよね・・・・
リクオは内心で呟きながら、努めて明るい笑顔でつららへと聞き返してみた
「で、どうしたの?つらら」
「あ・・・あああああのですね!」
「は、はい!」
「こ、ここここれから何か用事はありますか?」
「え?」
リクオはつららの言葉に正直言って驚いた
てっきり、最近の私生活について何か言われると思っていたからだ
こういう時の意を決した顔をした時のつららは、大抵リクオに対してのお小言が殆どだった
そしてお小言が始まると、場所や時間を考えずリクオがうんと首を縦に振るまで何時間でも延々と続くのだ
それを知っている他の側近達も、巻き添えを恐れてこの時ばかりは二人に近寄って来る者はいない
そして今回も青田坊が一目散に逃げていった事で、リクオもまたかと腹を括っていたのだが
今回はなにやら様子が違うようだ
目の前のつららはいつもの様に眉を吊り上げリクオを睨みつけるのではなく、その逆に眉根は下がり視線はちらちらとリクオの顔色を伺っている
しかも、頬は赤く染まり胸の前で組んだ手はもじもじと落ち着き無く動いている
そのいつもとは間逆のつららの反応に、リクオは一抹の不安を感じて顔を覗きこんだ
「本当にどうしたのつらら?熱でもあるの?」
雪女相手に何をバカな事を言ってるんだろう、と内心つっ込みを入れつつリクオはつららのおでこに手を添える
すると、つららは「ひゃあっ」と奇妙な声を上げて後退った
「い、いえ、熱なんてありません雪女ですから!そ、そうじゃなくて、リクオ様に一緒に来て欲しい所があるんです!」
リクオの心配そうな言葉に、つららはぶんぶんと首を振りながら否定する
そしてさらに顔を真っ赤にさせたつららは早口でそう言うと「お時間があればですけど・・・」と段々語尾を弱めて聞いてきた
「え、いいよ。この後は特に何も無いし、宿題はそんなに出てないからね」
お小言ではないと分かったリクオは、内心ホッとしながらつららに笑顔を向けて頷いてやる
「ほ、本当ですか?」
つららはリクオの返事に、ぱっと顔を上げると嬉しそうに笑った
その笑顔を「可愛いなぁ」と胸中で呟きながらリクオはつららに逆に聞き返していた
「うん、それでどこ行くの?」
「ここ?」
「は、はい」
つららに連れて来られたのは、家から歩いて30分ほどの場所だった
夜の蚊帳が降り始めたそこは、薄暗く空には丸い月が輝き始めていた
ああ、今日は満月なんだ
頭の片隅でそんな事をリクオは考えながら、目の前のつららの様子を伺っていた
都内から離れたこの場所は、ここら辺では珍しく森林が広がっていた
誰かの私有地なのかきちんと手入れがされており、散歩道まである
こんな所に勝手に入っていいのかな?と不安を覚えながらつららの後を付いて行くと
一箇所だけぽつんと開けた広場のような場所に辿り着いた
綺麗な円状形に木の無いそこは、上を見上げると丸い覗き窓のような形になっていた
そこから見える景色はまるで絵画のように美しい景色を映し出していた
空には真っ暗な闇が広がり始め、星達がぽつりぽつりと瞬き始めている
その緑の窓の端には輝き始めた月がぽっかりと浮かんでいた
「わあ」
リクオはその美しい光景に感嘆の声を上げながら見上げる
「綺麗だねつらら」
嬉しそうににっこりと微笑みながら隣に立つ側近に顔を向けると、少し強張った顔のつららと目が合った
つららはあろう事か、この美しい景色には目もくれず一心にリクオの顔を見つめていた
何か思いつめたような、躊躇っているような、そんな表情だった
「つらら?」
リクオはそんなつららの表情に、見とれていた景色のことも忘れ心配そうに顔を覗き込もうとした
が、つららの言葉でその行為はぴたりと止める事になった
「リクオ様・・・目を、目を閉じていてください」
「え?」
「お願いします、すぐ済みますから」
真摯な瞳に射抜かれる
思わずどきりとしてしまったリクオは、言われるがままぎゅっと目を瞑った
何故か、どきどきしてしまう
暫くすると、意を決したような意識が伝わってきて、そのすぐ後にそっと両の肩に優しく何かが触れてきた
つららの手だ、と気づくのと同時に唇に何か柔らかくて冷たいものが掠める様に触れてきて、一瞬で離れてしまった
ふと、なんだかもったいない気がして、本能のままに思わず顔を動かして後を追いそうになってしまったのだが
ぐっと踏み止まり急いで目を開けると、異常に近い位置につららの顔があって、リクオは飛び退きそうになった
「え?」
まさか・・・
そう思った瞬間、どきどきと心臓の鼓動がもの凄く強く早くなる
早くなった鼓動に比例するかのように体が熱くなっていく
手足は小刻みに震え、息は苦しくなっていく
まさか、まさか、という思いと、そうであって欲しいという想いが交差する
しかし、内心の変化を億尾にも出さず、リクオは平静を装いつららの様子を伺ってみる
伏し目がちに顔を俯かせているつららは、髪の毛で顔が覆われその表情は伺えなかったが、耳まで真っ赤になったそれが全てを物語っていた
確信を得たリクオは、意を決してつららに聞いてみた
「あ、あの・・・さっきしたのは・・・」
「す、すみません!私としたことがリクオ様に大それた事を!!」
リクオが口を開いた途端、つららは堰を切ったように涙をぽろぽろ流しながらリクオに頭を下げてきた
「え?え?つらら?」
突然のつららの変貌振りに、驚いたリクオは慌ててつららの肩を掴むとどうしたのかと問いただした
「ど、どうしたの突然?というか、さっきのは一体?」
「ううう、わたし私・・・毛倡妓からここの噂を聞いて、リクオ様とずっと一緒にいたくて・・・・」
しくしくと啜り泣きながら、つららは何度も頭を下げ、ここまでの経緯をぽつりぽつりと話し出した
つららの話はこうだった
先日毛倡妓と話をしていた時、ある言い伝えを教えてもらったのだそうだ
その噂は『好きな人と口付けを交わすと、一生側に居られる』という言い伝えらしく
毛倡妓から聞いたつららはリクオの側に一生居たい一身で、無理やりここまで連れて来たのだというのだ
それが今日つららが連れて来たここ――星降ノ森(ほしおろしのもり)――がその場所だった
そこまで静かに話を聞いていたリクオは内心で「おや?」と首を傾げていた
古くからあるこの土地は古い土地神が今もおり、恋愛成就の神様として祭られている
都内でも有名なこの場所は女の子の間でも有名なスポットだ
以前リクオは幼馴染のカナからここの話を聞いたことがあった
その時は確か『満月の下で口付けを交わしたカップルは永遠に結ばれる』て、教えてもらったような気がするんだけど?
そのときの事を思い出す
上気した頬と上目遣いで可愛らしく話す幼馴染に、相槌を打ちながらリクオは「ここに連れて来てやったらアイツはどんな顔をするだろう」と考えていたことを思い出した
ちらり、と目の前に居るその『アイツ』の顔を盗み見る
目の前のつららは恥ずかしそうに俯きながら頬を真っ赤にしてリクオの様子を伺っていた
な〜んだ
リクオは突然噴出した
「ぷっぷくくくく」
「え?え?リクオ様?」
突然声を押し殺して笑い出したリクオに、つららは目を丸くしながらまじまじとリクオを見つめる
「ああ、ごめんごめん可笑しくって」
「え・・・そ、そんな・・・」
リクオの言葉に、つららは「ふぇ」と声を出して泣き出しそうになってしまった
そんなつららの様子にぎょっとしたリクオは、慌ててつららに弁解する
「ち、違う違う!つららの事で笑ったんじゃないよ!」
「へ?」
瞳に涙をいっぱい溜めて見上げてくるつららに、リクオは一瞬で目を奪われる
早く誤解を解かなくちゃ、と頭では分かっているのだが
だが・・・目の前で可愛い泣き顔を見せる側近からどうして視線を逸らせよう?
く・・・可愛い・・・
昔から一番のお気に入りで、苛め甲斐があって、それでもって泣き顔が可愛すぎるこの側近に、リクオは改めて自分はこの側近が大好きなんだと実感する
『好きな子ほど苛めてしまう』
を地でいくぬらりひょんの孫は、この涙に弱い
この涙を流せられるのは自分だけ
この泣き顔を見られるのは自分だけ
いつも気丈に振る舞い、他の側近達には決して見せない姿でも、リクオの前では容易く曝け出す
これは僕だけの特権
僕だけのもの
いつしかリクオはそう思うようになっていた
そして、今もこの愛しい側近はリクオの言動で簡単に心を見せてくれる
そんな姿にリクオは嬉しさでまた笑った
「うう・・・リクオ様ぁ」
つららはリクオがまた笑ったことに、本当に呆れられてしまったんだと勘違いしてまたふにゃりと顔を歪めて泣き出した
「あ、ご、ごめんつらら、そういう意味じゃなくて!」
リクオは慌ててつららを抱きしめてやると、顎に手を添えそっと上を向かせた
すぐ近くに大好きな泣き顔を見てリクオは一瞬言葉に詰まる
体の奥に生まれた衝動をぐっと押さえ、努めて優しく語りかけた
「変だなんて思っていないし、軽蔑なんてしてない、まして呆れてなんていないよ、つららにそんな風に思ってもらえてたなんて凄く嬉しい」
「ほ、本当ですか?」
「うん、だから僕の側に一生居てくれる?」
「は、はい!もちろんです!喜んでお側に居させていただきます!!」
リクオの言葉を聞いた途端泣き顔が一変、嬉しそうに頬を染めてつららがリクオを見上げた
鳴いたカラスがなんとやらである
そんなつららにリクオは苦笑を漏らすと、視線を向ける
「ねえ、つらら」
「はい?」
「そんなに僕と一緒にいたい?」
「はい!もちろんです!!」
リクオの質問につららは間髪入れずに頷き返す
その一途な想いに、リクオは心の中がほんわりと温かくなるのを感じながらつららに微笑み返した
「そっか、じゃあずっと隣に居てね」
「え?は、はい!」
想いを乗せてリクオが言葉を紡ぐと、つららは嬉しそうにこくりと首を縦に振って応えた
主従以上の想いと
側近としての想い
二人の間にはまだまだ長い距離があった
その距離がぴったりとくっつくまで後もう少し時間がかかりそうだ
それまでは僕だけの側近でいてね、という願いを込めてリクオはゆっくりと顔を近づけていった
「へ、リクオ様?」
驚く側近の声は次の瞬間塞がれてしまった
ちゅっ
軽いリップ音が小さく響く中、満天の星空とまん丸に輝く月に見守られながら、二人の影は重なり暫くの間そのままでいた
おまけ→
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