この世にそんな言葉があったなんて知らなかった・・・・


「おう、リクオこっちゃ来い」
「なんだいおじいちゃん」
「お前ヒメハジメって知ってるか?」
「何それ?」
大晦日の早朝、朝食に向かうリクオを祖父ぬらりひょんが呼び止めた
こんな早くから何の用だろうと首を傾げながら祖父に手招きされるまま近寄っていき、耳元で言われた言葉にきょとんと目を丸くした


ヒメハジメ


はじめて聞く言葉だった
本来真面目なリクオはそういった類の話には無頓着で、雑誌はおろか男友達ともあまりそういう話をしたことが無かった
というのも、そういった話題になるといつもぬらりくらりとかわしてしまう為、いつも重要な部分に行き着く前に会話が終わってしまうのだ
どんなに周りの男友達がその話に誘っても乗ってこないリクオを、仲間達は半ば諦めた目で見ていた
しかしそんなリクオもお年頃、興味が無いといえば嘘になる
いや、正確に言えば惚れた女に対してのみなのだが・・・・
リクオは先ほど祖父に教えられた言葉とその意味を理解すると、みるみる内に頬を赤く染めていった
「ほっほっほっ、惚れた女がいるんなら年始めが肝心じゃからのう」
そんなウブな反応を示す孫の姿にぬらりひょんはそう言うと、にやりと笑いながら去っていった
そして、ひとりその場所に残されたリクオは赤い顔のまま何やらぶつぶつと呟いていた



先ほどからあの言葉が頭を離れない
朝食で賑わう大広間でリクオは朝食を摂りながら、気を抜くと赤くなりそうな頬を抑えるのに必死だった
こんな朝早くからリクオの脳内は少々不謹慎な内容で埋め尽くされていた
つい先ほど祖父から聞いた衝撃的な内容を聞いてしまったリクオは、内心どきどきしながら部屋の隅で忙しなく動き回る人物をちらちらと伺っていた
結局その後は、あの言葉ばかりが気になってしまい、どうやって今日一日を過ごしたのかリクオは殆ど覚えていなかった
覚えているのは、つららの姿ばかりだった


庭掃除をしているつらら

洗濯物を干しているつらら

小妖怪たちと戯れているつらら

夕飯の買出しに出かけるつらら

廊下ですれ違うと笑顔を向けてくれるつらら

若、若、と嬉しそうに自分を呼ぶつらら


つらら つらら つらら


リクオの脳内はつららの事でいっぱいだった


何考えてるんだ僕は・・・・


頭の中では様々な姿のつららを思い出しながら、リクオは自室で一人頭を抱えながら盛大な溜息を吐いていた
すると、タイミングよく閉じていた襖が開きつららが現れた
「うわっ!」
「若、夕食の準備ができましたよ・・・て、どうされたんですか?」
嬉しそうに頬を染めながらリクオを呼びにきたつららは、目の前のリクオの姿に不思議そうな顔をしていた
そのリクオはというと――
頭の中で想像していた人物が現実世界で突然現れたことに驚き、その拍子に転んでしまい尻餅を着いた状態でつららを見上げていた
「あ、ああ何でもないよ・・・ゆ、夕食だったね、すぐ行くから」
リクオは慌てて誤魔化すと、無理やり部屋からつららを追い出しパタンと襖を閉めてしまった


これ以上つららを見ていると変な気持ちになりそうだった


襖の向こうでは、突然部屋から追い出されてしまったつららが戸惑いながら声を掛けてきた
「若〜、若〜どうされたんですか?お加減でも悪いのですか?」
「い、いや何でもないよ!すぐ行くからつららは先に行ってて!」
これ以上部屋の前で騒がれたら堪ったものではない
声を聞きつけて他の側近たちが来てしまったら、それこそまずい・・・・
熱くなってしまった頬を擦りながらリクオが必死にそう言うと、つららは理解してくれたのか「わかりました」と言うと、とぼとぼと寂しそうな足取りで去っていった
部屋から離れて行くつららの気配を感じながらリクオはほっと胸を撫で下ろした


「どうしちゃったんだろう・・・僕」


リクオは小声で呟くとまた小さく溜息を吐いた
否、理由はわかっているのだ


「惚れた女がいるんなら年始めが肝心じゃからのう」


ふいに、祖父の言葉が脳裏を過ぎった
その言葉にまたしてもリクオは頬を染める


僕は今夜つららと一緒にいたい・・・・


それがリクオの素直な気持ちだった
そして、昔つららから言われた誓いを思い出す
その言葉を思い出しながらリクオは呟いた


『未来永劫傍に居て欲しい』


今宵どんな結末になるかわからなかったが、リクオには今の己の気持ちがはっきりと理解できた


僕は 俺は つららにずっと隣に居て欲しい


今までも これからも ずっとずっと永遠に・・・・・
想い焦がれる愛しい女を想いながら、リクオは空に輝きはじめた月を見上げていた




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