「つらら」
ほろり
ほろり
またほろり
黄金螺旋の瞳からは透明な雫がとめどなく溢れ
頬をいく筋もの涙の滝が流れていく
「う・・・ひっく・・・ひぃっく」
先程から目の前で泣き続ける少女にリクオは困った顔を向けていた
「つらら」
「ひっく・・・ひっく・・・ひぃぃっっっく・・・」
呼べば呼ぶほど嗚咽の声が大きくなっていく事実に、いい加減リクオはどうしたものかと深い溜息を吐いた
「つらら・・・お願いだから泣き止んでよ」
そんな事を言っても泣き止む筈が無いことは十分に分ってはいたが、良い解決策が見つからない今、藁をも縋る思いで目の前の少女に言ってみた
「うぅ・・・私の事は・・・ほっといてください」
案の定
彼女から発せられた言葉は解決には程遠いもので・・・・
しかも自分を突き放す辛辣な言葉だった
「つらら、そんな事言わないで」
一体どうしたのさ?
優しく問うリクオの言葉にも彼女はふるふると首を横に振るばかり
「ふぅ」
リクオは半ば投げやり気味に溜息を吐いた
先程から彼女はずっとこうやって泣いていた
訳も言わずただ延々と
最初気づいたときは庭の枝垂桜の側に佇み、まるで花でも見ているのかと勘違いするほど静かに泣いていた
しかしリクオが声をかけた途端、彼女は振り返り様声を上げて泣き出してきたのだ
堰を切ったように無く姿はまるで――
子供が母親を見つけて泣きじゃくる様に
リクオは尚も泣き続ける彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でると、そっと覗き込むように彼女の顔へ己の顔を近づけていった
「つらら、泣いてるだけじゃ何があったか分らないよ」
額をくっつけて優しく彼女に問いかける
着物の裾を掴んだまま、こぶしをぎゅっと握り締め
ひっくひっくとしゃくり上げる肩
真っ赤に腫れ上がった目元で見上げてくる様は
まさに幼子そのもの
その姿にリクオはますます眉根を下げて彼女の顔を覗き込んだ
「つらら」
「リクオ様」
そこでようやく彼女は自分の名を呼んでくれた
唇をきゅっと引き結び
申し訳ないような顔をして
顔を俯かせながら
「ん?」
リクオは極力優しい声音で頷く
「申し訳ありません」
しかし、搾り出すように出てきた声はそんな謝罪の言葉だった
「つらら?」
「申し訳ありません、私が・・・不甲斐無いばかりに」
そう言うと彼女はまたぽろぽろと涙を零した
何に対して謝っているのだろう?
リクオは彼女の言葉に首を傾げた
この前の夕飯の時に味噌汁を凍らせた事だろうか?
それとも躓いて僕を池に突き飛ばした事だろうか?
それとも出入りの時に誤って仲間を凍らせた事だろうか?
けど
そんなことはどうでもいいと思った
そんなことは自分にとって大した事ではなかった
今一番己が気にする事と言えば
この目の前の少女が泣いているという事だけ
ほかの事など些細な事に過ぎず
目の前の少女がどうやったら泣き止んでくれるか
それだけが気がかりだった
できれば彼女には笑っていてもらいたい
どんな時でも
だから
「つらら・・・気にしてないよ」
「・・・・」
「不甲斐ないなんて思ってないし」
「リクオ様」
「足手まといだなんて思ってない」
「でも・・・」
「だから笑って、つららが笑ってないと僕・・・・」
嫌だよ
ねだるように願うようにそう囁いてみた
「リクオ様・・・・やめてください」
「つらら?」
「そうやって、優しくしないで下さい」
「え?」
「自分が特別なのかもって・・・」
勘違いしてしまうじゃないですか
そう言って見上げてきたつららの瞳は怒っているみたいで
だから僕は
「つらら・・・・勘違いしていいよ」
「え?」
「いや、勘違いじゃないよ」
特別なんだよ
真剣な顔でそう言ってやった
「リクオ様」
真っ赤に、朱金色に染まった瞳が大きく見開かれる
僕はゆっくりと瞼を閉じながら顔を傾けていく
瞬きした彼女の瞳から零れた涙が
ぽたり
僕の頬に零れて伝っていった
重なった口の端から入ったその涙の味は
しょっぱくて
ひどく甘かった
ねえ
彼女の涙を止められるのは僕だけってうぬぼれてもいいかな?
了
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