暗い廊下をヒタヒタと歩く女の姿があった

その姿は陽光の下で元気に働き回る昼間の彼女とは違い酷く大人しい

しとやかに廊下を進んでいた女は目的の場所に辿り着くと落としていた視線を上げた

見慣れた部屋の入り口を見て、ひゅっと小さく息を吸う

湯浴みを終えたばかりの女の体からは柔らかな石鹸の香りが漂っていた



この先に行けば……



女は頭の中で呟くと、冷たい指先を握り締めた

雪女である女の湯浴みは極寒の氷の湯船に入る

その為、湯上りの女の体は凍える程に冷たい

しかしここまで、ものの五分とかからない距離の間にその体は既に温かくなっていた

火照る体の熱を逃がすべく吸い込んだ息を深く吐き出す

そして意を決するとゆっくりとその部屋の襖を開いていった



ひたひたひたひた

廊下をゆっくりと歩む男の姿があった

肩にぬの字の手拭をひっかけ、しっとりと水を含んだ銀髪を靡かせながら目的の場所を目指していた



先に来ているはず



先に湯を勧め部屋にいるように言っておいた、今頃はあの部屋で自分が来るのを待っている事だろう



どんな顔をして待っているかな?



従来悪戯好きの男は先に待っているであろう女の姿を思い出す



今夜はたっぷり……



男は緩みそうになる口元をきゅっと引き結ぶと足早に廊下を歩いて行った



カラリ

ゆっくりと開けた部屋には一つきりの行灯の明かりが頼り無げに揺らめいていた

その部屋の真ん中には女がひとり

敷かれた真っ白い布団の上に慎ましやかに座っていた

部屋の主が入ってくるなり女はびくりと体を跳ねさせ、次の瞬間には慌てたようにこちらを向き両手をついて頭を下げてきた



「お、お帰りなさいませ」



そう言う女の声は震えている

これから起きる事に緊張していると瞬時に読み取った男は、ふっと口元に笑みを作ると女の側に膝を折った

「つらら」

女の手を取り低い声で名を呼ぶ

呼ばれた女は一瞬びくりと肩を震わせると恐る恐る男を見上げた

「あ……」

視線が合った途端、女は頬を赤くしふいっと視線を逸らしてしまった



恥ずかしがっているのだ



女の心情を正確に読み取った男はまたくすりと笑った

「つららそんなに固くなるな、ほらリラックスしろ」

男はそう言うとつららと呼んだ女の背を優しく撫でた

「リクオ様……」

「ん?」

つららは男の優しい仕草に切なそうな視線を向ける

リクオと呼ばれた男は女の問いかけに優しい眼差しで首を傾げた

「あ、あの私こういう事は初めてで……その……」

恥ずかしそうにそう呟く女にリクオは「知ってる」と苦笑しながら頷いた

そんな事は当の昔に知っている

この女がそんな事に長けているとは思ってはいない

リクオは既に承知の事実を口にする女に口元を吊り上げると悪戯な声音で囁いてきた

「ああ、でもお前が百戦錬磨だったら俺は困っちまうんだがな?」

「そ、そんな事!!」

くすくすと笑いながら瞳を覗いてくるリクオに、つららは「とんでもない!」と顔を真っ赤にさせて否定してきた

その言葉にリクオは気を良くしたのか瞳を細めるとゆっくりと頷き口を開いた

「ああ、だから……」



優しくする



リクオはつららの耳元でそう囁くと優しく抱き締めた

途端ぼんっと腕の中で音がする

期待を込めて見下ろすと、案の定つららは耳まで真っ赤にさせてぷしゅ〜と項垂れていた

「おい、つらら逝くにゃ少し早いぞ?」

くくっと苦笑を零しながら更に耳元で囁くと、落ちていたつららがガバッと顔を上げた

「い、いいいいい逝くって・・・・イクってなんですか〜〜??」

あわあわと口をパクパクさせ、殆どパニック状態のつららをよしよしと宥めながら少し苛め過ぎたとリクオは胸中で反省する



まだまだこれからなのだ



ここで女にへそを曲げてもらっては困る

そう、今日は特別な日

己と女との初めての夜

つららと自分は昼間祝言を挙げたばかりなのだ

つまりは



初夜



ここで失敗して今後の夫婦生活に支障を与えてはならんと、リクオは居住まいを正した

そして改めて女を見下ろす

すると、真っ赤になって己を見上げている瞳とぶつかった



どうやら少し不機嫌なようだ



吊り上った眉がそれを物語っていた

さて、これからこのへその曲がりかけた愛しい妻を、どうやって宥め攻略していこうかと、リクオは考え始めた



まあ、考える時間はたっぷりあるからな……



リクオは喉奥でくくっと笑むと腕の中の女に熱の篭った眼差しを向けた



夜はまだまだ長い



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