分岐点>2





―――女は、途端に叫び出した。



「いやあ、怖い!」



このあと「いてぇ」というリクオの声が響くことになる。

何故かというと、叫んだ濡女は今までしっかりと掴んでいたリクオの腕を勢いよく振り払ったからだ。



「おい」



何のつもりだ、と振り払われた拍子に打った尻を、顔をしかめてさすりつつリクオは言った。

妖怪になったリクオの姿を見たことによってか、濡女は恐怖に顔を歪めてしまっている。

昼間の優しいあのお方はどこに行ったの、と。



「騙したのね、この妖怪!」

「いや待てこら」



てめぇも妖怪だろうが。

という文句はひとまず置いておいて、ヒステリックに叫ぶこの女はリクオの今のこれが本当の姿で、昼間の姿は濡女をたぶらかす為の偽の姿だったんだ、と勝手な解釈をご丁寧に披露してくれる。

何が悲しくてそんなことをしなければならんのだ、とリクオは思うのだが。

第一ここは妖怪屋敷だ。リクオも"そういった存在"であるかもしれないと、冷静に考えればわかった筈だろうに。

しかしながらいかんせん、今の彼女にはそんな余裕は皆無だった。



「殺されるのは嫌ぁ!」と金切り声で叫び散らしながら、あっという間に彼女は屋敷の外へと逃げ出して行ってしまったのである。



「………」



廊下で尻もちをついたままの体勢で濡女が叫びながら去ってゆく一部始終を呆然と見つめていたリクオであるが、やがて、後ろから何かが聞こえてきたので反射的に振り向いた。



「……おい」



笑い声だ。

振り向くと、いつの間にやら自分の後ろに立っていたつららがくすくすと笑っている。



「どうですか、ふられる気分は」



まるでいつもはその姿ではもてもてなのに、とでも言いたげだ。

遂には腹までかかえて笑い出すつららに「うるせぇ」と言うと、こちらは面白くなさそうにそのまま縁側で胡座をかきながら頬杖をついて、リクオはそっぽを向くのであった。

既に雨は上がっている。



たしかに面くらいはしたが、見ず知らずの女にふられたという単語はいかがなものだろうかとリクオは思う。

リクオにとってのふられるとは、この雪女がこうして自分に構い、笑ってくれなくなることなのだから。



「……厄日だ」

「まあまあリクオ様、さ、洗いますよ」

「あん?」



すっかり機嫌を取り戻したらしいつららの指さしている部分を、リクオは見やる。

瞬く間に目を見張った。



先程までは何ともなかったのだが。

なんと、女が張り付いていた袖の部分が水浸しになっていた。



Fin.


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