単行本15巻に乗っている「番外編浮世絵中奇譚」を読んで思い付いたお話です。

注:一部ネタバレを含みます。



「んで、おめえはそいつらをシメたっつ〜わけだな」

日の沈みかけた宵の口

薬鴆堂の奥の部屋から感心したような主人の声が聞こえてきた

ふらりと立ち寄ったこの屋敷で、屋敷の主人でもある鴆と酒を酌み交わしながら、リクオは今日あった出来事を酒の肴代りに話して聞かせていた



「ああ、結構手こずったけどな」

ぐびりと酒を喉に流し込みながらリクオが頷くと、空になった杯に酒を注ぎながら苦笑も露わに鴆がぽつりと漏らしてきた

「たく、可哀相にな〜その幼馴染って娘、雪女がいたらそんな目に合わなくて済んだのによ」

件の少女はリクオの幼馴染で話に聞けば大そうな恐がりだと、以前この目の前の年若い義兄弟からちらりと聞き及んだことがあった

その少女は昼間、リクオの側近査定に知らぬ間につき合わされた挙句、覗き魔の妖怪達にスカートの中身まで披露してやったというのだから災難である

しかもそれをやらせたのはリクオ本人だと言うのだから驚きを通り越して呆れた

今頃その幼馴染の少女は涙で枕を濡らしている事であろうと、相手は人間であったのだがこの時ばかりはその少女に同情してしまった

その為、鴆の口からついそんな言葉が出てしまったのだ

そんな事をこの義兄弟が考えていたとは露知らず、リクオは口をへの字に曲げるとムッとした声音で抗議してきた



「なんでそこでつららが出てくんだよ?」



その言葉に鴆は目を見開いて目の前の義兄弟を見た

「はぁ?だっておめえ、雪女がいたらその子の代わりができただろうが」

そんな事は側近の役目だろう、となんとも鈍い男の言葉に素っ頓狂な声を上げる

しかしリクオは片眉をぴくりと跳ね上げると、更にとんでもない事をのたまってきた



「はあ?何言ってんだ鴆、そんな事させるわけねえだろ?何で他の奴らにつららのスカートの中見せなきゃいけねーんだよ?」



その言葉に鴆は固まった

「おいおいおい・・・・」

本気で言ってんのか?と鴆はリクオの顔を覗き込む

リクオは表情を崩す事無く、真顔でこちらを見ていた



どうやら本気のようだ・・・



鴆は小さく嘆息すると杯を傾けながらやれやれと天上を仰いだ



本当に幼馴染の娘が憐れに思えてきた



たぶんその娘はリクオの事を憎からず思っていることは容易に想像できた

でなければ、その少女があんな事までするわけがない

させようとした時点で良くて張り手か、悪ければ一生絶交になる事であろう



幼馴染はよくて雪女はダメとはっきり言う辺り、こいつはやっぱり・・・・



鴆はそこまで考えて盛大な溜息を吐いた

見れば目の前の義兄弟はきょとんとした顔でこちらを見ていたからだ

その様子に自然とジト目な視線を向けてしまう

「なんだよ?」

鴆に憐れむ様な視線を向けられ、リクオは口を尖らせると面白く無さそうにふいっと顔を逸らしてしまった



百鬼の主とはいえ、まだまだお子様、か・・・・



「いや、なんでもねえよ」

鴆は内心で苦笑しながらそう言うと、今日は何故か苦く感じるその酒を一気に喉の奥へと流し込むのだった



嗚呼、妖怪一家の春の訪れはまだまだ先になりそうだ・・・・






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