とてとてとてとて

軽い足音が廊下に響く

暫く続いていたその音が突然ぴたりと止んだ



す〜



とても静かに細心の注意を以てゆっくりと開かれる部屋の襖

部屋の中に目的の人物を発見するとそろりと部屋の中に侵入した

月明かりに照らされた影はひどく小さい

愛用の枕を抱え、紅葉のような掌をぎゅっと握り締め部屋の中に佇む

しかも、大きなその瞳は今にも涙が溢れてきそうなほど潤んでいた

この部屋の住人の主でもある幼子は、とてとてと部屋の真ん中で眠る人物の側まで近づくと



ぽすん



と、その横に寝転んだ

スヤスヤと眠り続ける人物の腕をそっと持ち上げその懐に忍び込む

ひんやりと冷たいその肌に擦り寄ると先程までの恐怖が嘘のように薄れていった



夢を見た



怖い怖い夢だ

しかし、その幼子の見た夢には幽霊は出てこなかった

お化けも妖怪も出てこなかった

怖い顔や恐ろしい姿の化け物たちは一匹として出てこなかった

その夢には、暗闇にぽつんと一人で佇む自分だけがいた

ただそれだけの夢であったのだが幼子にはただ恐怖でしかなかった

お化けも妖怪も出てこない世界

幼子にとってそれは奇異なる世界

彼にとって妖怪達は彼の生活でもあり人生の一部でもあった

その妖怪達が忽然と自分の元からいなくなってしまう

幼子にすれば家族同然の者達が消えてしまった夢は現実では無いとわかっていても耐え難い夢だった

目が覚めた時、一番に会いたいと思った

気がつくと、縋るように抱きしめていた枕を掴んで部屋を飛び出していた

暗く長い廊下を無我夢中で走り、やっと辿り着いた部屋に彼女を見つけたときは安堵でまた涙が溢れそうになった

リクオは大好きな女の腕の中で思い切り深呼吸をする

彼女の甘い匂いを胸いっぱいに吸い込むと凄く安心した



一人じゃないんだ



次第に眠くなってきた頭の中でそう呟くと目の前の女が微笑んだ気がした

眠くなって閉じそうになる瞼を無理矢理開いて目の前の女を見上げると幸せそうに眠っているのが見えた



あふ・・・



リクオはひとつ欠伸をするともぞもぞと女の懐に潜り込み、その細い腰に抱きつく



「おやすみ雪女」



幸せそうに小さく小さく囁くと瞼を閉じた

幾分も経たないうちに女の寝息と重なるように小さな寝息が聞こえ始めてきた



怖い夢を見たときは貴方の温もりが恋しくなる



『とある過去の小さな出来事@』




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