そろり
ここは裏通りの妖怪専用の繁華街
つららは頭からぬの字の手ぬぐいをかぶり、柱の影からそっと覗いていた
つららの視線の先にあるのは『和風お食事処化け猫屋』である
あれから気になって気になって仕方が無かったつららは、いけないと思いつつもここまで来てしまったのだった
店長である良太猫や店員の化け猫たちには顔が知られているため、店の中に入ることも出来ず向かい側の柱の陰に隠れて様子を窺がっていた
ど、どうしよう・・・こっそり化けて中に入ろうかしら?
つららは真剣にそんな事を考え始める
あれやこれやと柱の影で一人百面相をしていたつららは、「よし」と頷くとドロンと別の姿に化け店内へと入っていった
「いらっしゃいませ〜」
元気な声に出迎えられて変化したつららは席へと案内される
案内された場所は、丁度リクオの座っている席から離れていたがリクオの姿は十分見える場所だった
「いらっしゃいませ〜当店へは初めてですか?」
そこへ丁度メニューを持った別の猫がやって来た
つららは今、片目を前髪で隠し、頭の上には体のある目玉を乗せた少年の姿をした妖怪に化けていた
つららは「は、はい」と素直に返事をすると、店員の猫は親切にメニューを差し出し丁寧に接客をしてくれた
つららは適当にメニューを選ぶと、気づかれないようにリクオの様子を窺った
リクオはいつもと変わらず化け猫達の相手をしていた
時々猫娘達がじゃれてリクオの腕にすがり付いてくるがそれはいつものこと
接客サービスだと自分に言い聞かせて気にしないようにしていたのだが・・・・
ああ〜リクオ様にあんなにくっついて〜〜
つららはぎりぎりと机に爪を食い込ませながら、リクオのいる席を食い入るように見ていた
そのあまりの気迫に隣の客はおろか、店員までもがつららのいるテーブルからこそこそと離れていく
そんなおどろおどろしい空気を作るつららにリクオはというと――
あそこに居るのは・・・・つらら、だよな?
ばっちりと気づいていた
見たこともない妖怪の姿に変化してはいるが、怒りのせいで特徴的なその瞳が元に戻っていた
黄金色の螺旋の瞳はこの辺りではリクオの所の雪女にしか見られない珍しいものなのだ
どんなに姿形が変わろうともその瞳だけは見間違えるはずもなく、どうしてこうも予定通りに動いてくれるのかとリクオは笑わずにはいられなかった
突然リクオがくすくす楽しげに笑っているのを猫娘達は不思議そうに覗き込む
「さんだいめ〜どうしたんですか〜?」
猫娘達は擦り寄るように近づくとリクオに甘えた声を出す
その仕草すらも、つららの怒りを買うという事実を露ほどにも思っていない娘達に、これ以上此処にいると危険だと判断したリクオは、側にいた店員に帰る旨を告げ席を立った
猫娘達は「え〜まだいいでしょ〜」とリクオの袖を引き縋りつくが「じゃあまたな」と、やんわりと断ると店を出た
そのすぐ後ろで慌てて店を出ようとするつららの気配にリクオは小さく苦笑すると
あともう一押しだな
と、胸中で呟きにやりと笑う
慌てて店の外に出てきたつららに気づかれぬように、お供の大蛇の頭に乗り空へと舞い上がっていった
[戻る] [短編トップ] [次へ]