柔らかな陽射し
風に揺れるカーテン
目の前に映し出される映像にリクオは「あっ」と小さく声を上げた
そう言えば・・・・
随分前の記憶が甦り、リクオは懐かしさにふっと笑みを零した
頬杖を付き昔の記憶に思いを馳せながらちらり、と隣の校舎の屋上に目をやる
そこには――
目的の人物が双眼鏡を覗き込みながらこちらを見ていた
くすりと忍び笑いをした後、リクオはまた目の前の映像へと視線を戻す
日も高くなり始めたこの時間
リクオのクラスは授業の真っ最中
しかもその授業の内容は――
保健体育だった
子供の頃、純粋な好奇心だけで己の側近に聞いた質問の答えとも呼べる内容が、今目の前で映像付きで解説されていた
その解説されている内容と、子供の頃に聞いた答えとのギャップにリクオは一人苦笑する
当時の己の質問に、かの側近はさぞや慌てたことだろう
今同じ質問をまたされたら果たしてあの側近は何と答えるのか?
ふと沸いて出た疑問に悪戯心が刺激され、リクオはこっそりと口角を上げてにやりと笑った
「リクオ様、今日のお弁当は特製ハンバーグです♪」
中にチーズが入っているんですよ!と嬉しそうにお弁当を渡してくるつららの顔を、リクオはまじまじと見つめた
「私の顔に何か?」
首を傾げて可愛らしく聞いてくる側近に、リクオは慌てて頭を振った
「ううん何でもないよ、今日のお弁当はハンバーグか〜楽しみだね」
そう言って誤魔化した
危ない危ない・・・・
先程の授業の時に思いついた悪戯に胸を弾ませていたリクオは、ついその時のつららの表情が気になって思わず顔を凝視してしまった
つららは一体どんな顔をするかな?
リクオは逸る気持ちを抑えながら、そっと隣に座るつららの顔を盗み見る
幸せそうにリクオの様子を窺うつららが、リクオの言葉一つで一体どんな風になるのか・・・
羞恥に頬を赤く染めるのだろうか?
それとも真面目に昔と同じような事を言ってくるのだろうか?
あれこれと想像しただけでリクオは楽しくなった
「ふふ、何だか今日のリクオ様は楽しそうですね」
そんな事を考えているとは露知らず、つららはリクオの様子に自分の事のように嬉しそうに微笑んでくる
そんなつららに善からぬ事を企んでいるリクオは笑顔を向けながら
「うん、今日は楽しいことが起こりそうな予感がするんだ」
と、しれっと答えた
まあ、それは良かったですね、と手を合わせて喜ぶつららを横目にリクオは「うん」と頷くと
つららでね
と心の中で一人ほくそ笑んでいたのは言うまでもなかった
「ねえ、つらら」
学校から帰宅したリクオは自室で着替えを手伝うつららに背を向けながら声をかけた
「はい、何でしょう?」
リクオの呼びかけに、ちょうど着流しをリクオの肩へと羽織らせていたつららは嬉しそうに顔を上げた
「今日さ、授業で『赤ちゃんができるまで』ていうのを勉強したんだ」
「そ、そうなんですか・・・」
女性と話すにはいささか躊躇われる内容をリクオがさらりと言うと、つららは薄っすらと頬を染めながらぎこちなく頷いた
「そう言えば、僕今までいい子にしてたかな?」
つららの反応を目を細めて見ていたリクオは、突然話題を変えてつららに聞いてきた
突然振られたとりとめの無い質問に、つららは「え?」と首を傾げているとリクオが催促するように瞳を覗いて来た
「いい子に・・・してない?」
リクオが切なそうに聞いてくる
その行為にまたしても頬を染めながら、つららは袖で口元を隠すと「いいえ」と頭を振った
「その・・・昔は悪戯も沢山されていい子とは呼べませんでしたけど、今はリクオ様は学校では進んで雑務を引き受け、組では立派に三代目としての勤めも果たしておられます、ですから今はとても良い子ですよ」
とつららは満面の笑顔で答えた
それを聞いたりクオは「ほんと?」と含みのある笑みを見せる
その笑顔に引っかかるものを覚えながら、つららは「ええ」と素直に頷いてしまった
その途端――
「じゃあ、『僕とつららの子供』が来るよね」
とにこにこと満面の笑顔でリクオが言ってきた
爆弾投下
つららはその言葉に暫くの間固まっていた
その間もリクオは畳み掛けるようにつららに言ってくる
「昔、つらら言ってたじゃない『いい子にしてたら僕達の子供』をコウノトリが届けてくれるって!」
したり顔のリクオの言葉につららは弾かれるように顔を上げた
「え?ええっ!?」
リクオの言葉に昔の記憶を思い出し、羞恥に頬を染めるつららは本当に――
可愛かった
その様子を見ながら、くすくすと肩を震わせて笑いを堪えるリクオの姿があった
「あ、あれは・・・」
「あ〜早く来ないかなぁ〜、僕達の子供」
つららを横目で見ながら嬉しそうに言うリクオにつららは絶句した
り、リクオ様〜〜〜!
完全にからかわれているとようやく判ったものの、しかしつららは何も言えなかった
子供に言った苦し紛れの嘘とはいえ、言ったのは自分だ
「いつ来るんだろうね?」
とうそぶくリクオにつららは
「知りません」
と真っ赤になった頬を膨らませてそっぽを向くしかなかった
そしてその夜――
「おう、つらら」
「あ、若」
夜の姿になったリクオがふらふらと庭を散歩していると、夕食の片付けの途中なのかつららが膳を持って廊下を歩いている姿を見つけたので、リクオはにやりと笑いながらつららを呼び止めた
「どうなされました?」
つららは振り返り声の主の方へと嬉しそうに近づいてくる
そんなつららに艶やかな笑みを向けながら、リクオは「そう言えば」と思い出したように言ってきた
「さっきは悪かったな」
「何がですか?」
「ほら、コウノトリの事だよ」
「ああ、あれですか・・・」
リクオの言葉につららは先ほどのやり取りを思い出し、頬を染めると恥ずかしそうに視線をそらした
「ああ、俺も大人気ないことをした、すまなかったな」
そんなリクオの言葉に驚いたつららは、はじけるように主の顔を見上げた
「そ、そんな・・・私の方こそ幼かった頃とはいえ、リクオ様にあんな嘘を・・・申し訳ありません」
と言って、深々と頭を下げた
「いや、あんな嘘ちょっと考えればわかるだろ?それに・・・・」
言いながらリクオはつららに近づくとそっと頬に手を添えた
もう知ってるしな
と、にやりと意味あり気に笑うとつららの肩を抱き寄せた
「わ、若?」
途端、つららは頬を染め至近距離に近づいてきたリクオを見上げると、わたわたと慌てはじめた
そんなつららをひょいっと軽々と横抱きにしたリクオは、驚いて自分を見上げる愛しい恋人の耳元でそっと囁やく
コウノトリなんかよりも、もっと確実な方法があるからな
と・・・・
その言葉に固まるつららに妖艶な笑みを向けると、リクオはつららを抱えたまま自室へと続く廊下へと消えていった
その後、リクオの部屋からたまぎる悲鳴が聞こえて来たのは言うまでもなく
しかも、悲鳴を聞きつけ慌ててリクオの部屋へと駆けつけた側近たちが見たものは・・・・
布団の上で何かに跨ったような姿勢のまま、氷付けになったリクオの姿があったとか
リクオ15歳、また『男』になれなかった春であった
了
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