おぎゃあおぎゃあと
赤子が泣くよ

おぎゃあおぎゃあと
運んでくるよ

おぎゃあおぎゃあと
幸せ連れて





うろうろうろうろ

時は子の刻
リクオはまるで檻の中の動物のように、部屋の中を行ったり来たりしていた
腕を組みながら俯く顔には不安の色が浮かんでいる
時折、壁に掛けられた時計を見ては溜息を吐いていた
数時間、いや正確には半日ほど同じような行動を繰り返していた
リクオが何故こんなにも落ち着きなくソワソワしているのかというと
その答えは中庭を挟んだ向こう側の部屋にあった



「がんばってほらもう少しよ!!」
「ん〜〜〜〜っ・・・・はぁ、はぁ、はぁ」
しっかりと閉じられた部屋の中
布団の上で額に汗を滲ませて苦しそうにしている女と
たすき掛けをした姿の女達がいた
女達は皆、真剣な顔で布団の上の女に励ましの言葉を掛けている
その背後では同じような格好をした女達がぱたぱたと忙しなく働いていた
大きな桶に湯を張る者
タオルを山のように抱えてくる者
皆、一人の女の初仕事の為に一生懸命に動いていた
「もう少しよつらら、がんばって」
「ほら、もう一息!」
布団の上で汗だくになっていた女はつららだった
全身全霊の力を込めて必死にいきむ
周りの女達もつられて力が入る
次の瞬間――



おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ



屋敷中に響き渡る力強い産声が聞こえてきた
「やった〜〜!!」
「良くやったわ、つらら」
「ありがとう・・・みんな」
つららはぐったりとしながらも、みんなに微笑んでいた





「リクオ様、生まれました!」
「本当!!」
ばたばたと廊下を駆けながら側近達が嬉しそうにそう告げるや否や、リクオは一目散に部屋から飛び出していった
向かうはあの部屋――妻が一人戦っていた部屋へ
どたどたと足音を響かせながらリクオが部屋に辿り着くと、ちょうど主を呼びに行こうと部屋から出てきた毛倡妓と鉢合わせた
「あ、リクオ様丁度良い所へ、つららと赤ちゃんがお待ちですよ」
一仕事終わった後ですからちょっとだけですけどね、とくすりと笑いながら言ってきた毛倡妓の言葉にリクオは背筋を正した

赤ちゃん

その単語に何故か酷く緊張してしまった
ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる
先程の騒ぎが嘘のように部屋の中は静まり返っていた
部屋の中央――衝立の奥
敷かれた布団の上に、見慣れた黒髪を見つけてリクオの歩みが早まった
「つらら」
早足で妻のもとに駆け寄りその顔を覗きこむ
「リクオ様」
「よく頑張ったねつらら」
憔悴しきった妻の顔を見ながらリクオは居た堪れない気持ちになる
頑張ってくれた妻の手を取り労いの言葉をかけた
「リクオ様、見てやってください」
私達の子供です、そう言ってつららは起き上がると反対側に寝かされていた赤子を抱き上げリクオの目の前に差し出してきた
真っ白いおくるみに包まれた生まれたばかりの赤子は母の腕の中ですやすやと眠っていた
リクオは目を見開いたまま妻に進められるがままその赤子を腕へと抱いた
「ははは、ちっちゃいなぁ〜」
何もかもが小さくか弱いその赤子に、リクオは相好を崩す
鼻の中がつんと痛くなり
今にも泣きそうになってしまった

本当に小さい

手も

足も

顔も

その存在全てが

己の腕の中ですやすやと眠る我が子にリクオは知らぬ間に微笑んでいた
「つらら、ありがとう」
そして、己の子を産んでくれた妻に心の底から感謝の言葉を伝える
その瞬間

ぽろり

我慢していたはずの涙が零れてしまった
一粒溢れるともうそれは止まらない

ぼろぼろと男泣きをする夫に妻は優しく微笑む
そして妻もまた感極まって涙を流していた

ぽろぽろぽろぽろ

気がつけば部屋中の誰もが嬉涙を流していた
優しい幸せの涙はいつまでもその部屋に降り注いでいるのだった



愛しい妻と
愛しい我が子
それを与えてくれた全ての者へ

ありがとう

貴方達がいてくれたから

貴方達が見守っていてくれたから

僕達は家族仲良くそこに居られる

今までありがとう

これからもよろしく

僕は家族を守り仲間を守れる立派な総大将になります



『奴良リクオ 今宵この場所で宣誓す』



神棚のその奥に色褪せた和紙が一枚
遠い昔に若き当主が立てた誓いは今もまだ守られているそうな



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