朝も早くから奴良家は慌しかった
それもその筈、今日はリクオの13歳の誕生日であり、妖怪として正式に成人する日だからだ
それ故、朝から本家総出で誕生会の準備に大忙しだった
若菜を始め、女妖怪達は朝から料理の仕込みに取り掛かり、男妖怪達は皆こぞって宴会場の準備に駆けずり回っていた
その喧騒の中、ぱたぱたと足音軽く廊下を駆け抜けるつららの姿があった
つららの行く先はもちろんリクオの部屋
リクオの起床係――争奪戦の末勝ち取った――であるつららはまだ寝ている主の下へと急いだ
「おはようございますリクオ様」
リクオの部屋の前で立ち止まると、襖越しにリクオに挨拶をする
中から返事が無い事を確認したつららはそっと襖を開け中に入った
「リクオ様、まだ寝てるんですか〜?」
そう言いながら部屋の中へ入った瞬間
ふわりと体が何かに包まれた
「おはよう、つらら」
間近で香るリクオの匂い
「え?え?え?え?」
背後から優しく抱きつかれていると気づくや否や、つららは顔を真っ赤にして慌てふためいた
「おおお、おはようございます若、な、何してるんですか〜!?」
「何って、つららを抱きしめてるんだよ」
身を捩ってリクオから離れようとするつららを、リクオは更に強い力で拘束すると愛おしそうに頬を摺り寄せた
「つらら、約束覚えてる?」
あの・・・あの・・・と、顔を真っ赤にして何か言おうとするつららの耳元でリクオが優しく囁いた
「ひゃあ」
耳にかかる吐息につららは肩をビクンと跳ね上げながら「な、何のですか?」と問い返した
そんなつららの言葉にリクオは小さく溜息を吐くと
そっとつららの頬に口付けた
「リ、リクオ様!」
突然の事につららは顔から湯気を出して固まってしまった
「つらら」
リクオは動かなくなったつららを振り向かせると、更に追い討ちをかけるように言葉を続けた
「好きだよ」
リクオはつららにそう言うと、逃げないように腕の中に閉じ込めた
「リリリリリ、リクオ様!!」
つららは驚きのあまり弾かれたように顔を上げると主の顔をまじまじと見つめた
リクオもつららの顔をじっと見つめ、熱を孕む眼差しのまま聞いてきた
「つららは僕のこと好き?」
首を傾げどこか不安げに瞳を揺らしながら尋ねてくるリクオの表情に、つららはたまらなく切なくなってしまい
「は、はい!」
と間髪入れずすぐさま返事を返した
自分を射抜く主の眼差しに負けぬ程の想いを込めて
リクオ様・・・つららは昼も夜も貴方様をお慕い申し上げております
だから、ああだからそんなお顔をなさらないで下さい
つららは、いつもいつもいつもいつまでもリクオ様のものです
熱い眼差しを注いでくれる愛しい彼女に安堵の息を吐いたリクオは、うっすらと笑みを称えるとつららの耳元へ唇を寄せる
「じゃあ、いいかな?」
「へ?」
「だから約束」
にっこりと凶悪な程の爽やかな笑顔を見せるリクオの顔が過去の映像とフラッシュバックする
『ねえ、キスって何?』
『若、キスというのは男女が行う確認行為でございます』
『確認?』
『はい、好き合った男女がお互いの気持ちを確かめ合うのです』
『ふ〜ん』
『でも、大人になったらちゃんとするからね』
「あ・・・」
つららは過去の約束を思い出し、思わず声が喉を突いて出てしまった
その様子に気づいたリクオは「やっと思い出してくれた」と嬉しそうに微笑む
つららは急に恥ずかしくなってしまい、「あの」とか、「その」とか言いながら俯いてしまった
「つらら、僕はずっと今日という日を待っていたんだよ、僕は今日晴れて大人になる、ずっとずっと待っていたんだこの日を、あの時から・・・ううんずっと前から僕はつららの事だけを見ていた」
ずっとずっと好きだった
リクオは囁くように、しかしはっきり聴こえるように言うとゆっくりと顔を下ろしていく
つららはゆっくりと近づいてくるリクオの顔をじっと見つめ、熱に浮かされた時のように同じ言葉を繰り返した
「リクオ様、私もずっとずっと貴方様の事をお慕いしておりました」
これからもずっとずっと
永遠に
襖の向こうでは朝も早くから妖怪達が宴会の準備に駆けずり回っていた
今日というこのめでたい日を祝うために
了
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