「雪女、雪女ぁ〜〜!!」
いつもの様に夕飯の準備で台所に立つつららの元に、いつもよりも切羽詰ったリクオの声が聞こえてきた
続いてバタバタと廊下を走る小さな足音が響いてくる
暫くすると、上気した頬を真っ赤に染めて台所の入り口まで辿り着いたリクオが顔を覗かせた
「雪女、雪女、大変だよ!」
「ど、どうしました若?」
リクオはつららを見つけると、両手をこれでもかと言うほど振りながらつららを呼んだ
いつにないリクオの剣幕に驚いたつららは、煮物用の大根を持ったまま振り返った
「あのね、あのね、今日幼稚園の帰りにね、ユウ君のママに会ったんだけど、ユウ君のママが!」
そこまで言って息が続かなくなったリクオがぜいぜいと肩で息をするのをつららは真剣な面持ちで見ていた


ど、どどどどうしたんでしょう・・・まさかユウ君のママに何か・・・・


つららがそこまで考えていると、リクオがまた早口でつららに向かって言ってきた


「あのね、ユウ君のママのお腹が大きくなってたんだよ!それでね、そのお腹の中に赤ちゃんがいるんだって!!」


と、リクオは興奮気味につららに言ってきたのだった
当のつららはと言うと・・・・
「は、はあ・・・・」
と目が点になった状態でリクオを見下ろしていた





台所による騒動から数分後
「それは当たり前のことなんですよ、若」
つららはリクオを連れて居間へと移動し、先ほどの話について優しく説明していた
リクオは大きな瞳をキラキラと輝かせながら、つららの言葉を食い入るように聞いている
「人間の子供は十月十日(とつきとうか)、母親のお腹の中にいてから産まれてくるものなんですよ」
「とつきとうか?」
「10ヵ月と10日間という事ですよ」
「そんなに!じゃあ、じゃあ僕もお母さんのお腹の中にいたの?」
リクオは衝撃の事実に、びっくりまなこでつららに詰め寄ってきた
膝の上に感じる小さなぬくもりに、つららはくすりと笑みを零すと優しく優しく語りかけた
「はい、リクオ様も若菜様のお腹の中に十月十日ちゃんといらっしゃいました、お産まれになった時はそれはもう、可愛くて可愛くて・・・」
ぽぽっと頬を染めながら当時の事を思い出す
そっと抱かないと壊れてしまいそうな小さな体
柔らかくて小さくてふくふくとした可愛らしい手足
自分を見上げてにこりと微笑んでくれた事に、何度心が嬉しさで震えたことか


今も昔も変わらずリクオ様はお可愛いです!!


と、つららが一人思い出に酔いしれていると――
「ねえ、雪女ぁ〜」
つららの袖をぐいっと引っ張って、おいてけぼりのリクオはぷうっと頬を膨らませていた
「あ、すみません若」
脳内トリップをしていたつららは慌ててリクオを見下ろし


ぷくーっと膨れた頬がなんて可愛らしいんでしょう!


とまた心の中で悶絶していた
はにゃ〜ん、と緩む頬を押さえてまたしても自分の世界へと旅立とうとしていたつららを呼び止めたのは、またしてもリクオだった
「も〜雪女ってばぁ〜〜!!」
痺れを切らしたリクオは、今度は膝の上に乗りつららの胸元の合わせをぐいぐいと引っ張り出した
その行為にさすがのつららも慌てた
リクオが引っ張ったことで襟元は着崩れ胸元が危うい位に肌蹴てしまいそうになっている
「す、すすすすみません若〜〜聞きます聞きます!何ですか?何ですか〜〜??」
必死で胸元を隠しながらつららが言うと、リクオは満足そうに頷きつららの顔を覗きこんできた
「ねえ、じゃあコウノトリはどうやってお母さんのお腹の中に赤ちゃん入れたの?」
と、するどいリクオはそう指摘してきた
その言葉につららはぎくり、と肩を震わせる


忘れていました・・・・


以前リクオに説明した言葉を思い出し、つららは冷や汗をだらだら流し頬を引きつらせながらリクオを見下ろした
リクオはつららの返答を今か今かと待っている
「さ、さあ・・・コウノトリに聞いてみないとわかりませんね〜おほ、おほほほほほ」
とりあえずつららは笑って誤魔化した
そんな苦し紛れのつららの答えに、リクオは「ふ〜ん」と納得したようなしてないような曖昧な返事をすると
「じゃあさ、赤ちゃんはどうやって産まれて来るの?」
雪女は知ってるんでしょう?と屈託のない天使の様な笑顔で更に聞いてきた
その質問に、つららの思考は完全にフリーズしてしまった


はい?産まれる・・・赤ちゃんが・・・・て、どうやってって・・・どこからって、えぇぇぇぇぇっ!?


ぼんっと音が出るほど顔を真っ赤にしたつららは「あの」とか「その」とか言いながら、わたわたと狼狽だした
そんなつららの様子にリクオは「どうしたの?」と不思議そうに首を傾げる
その時、リクオの言葉に顔を真っ赤にさせて答えに詰まっているつららの元へ助け舟(?)が現れた
「お、リクオ様こんな所においででしたか?」
「おや、雪女も一緒か?」
丁度、居間の前を通り過ぎようとしていた青田坊と黒田坊が、中にリクオが居ることに気づき声を掛けてきたのだった
「あ、青に黒ただいま〜」
「お帰りなさいませ若」
「がははは、いつも元気そうでなによりですぞ若」
天使のような笑顔を向けて言うリクオに、青田坊も黒田坊も目尻を下げて挨拶を交わす
「あ、そういえば」
とリクオが思いついたとばかりに二人の元へ、テテテと走り寄って行った


物凄く嫌な予感がする・・・・


つららはそんなリクオを見ながら心の中で呟いた
その次の瞬間――
「ねえ、青と黒は知ってる?赤ちゃんがどうやって産まれるのか?」
案の定、リクオがまたしても爆弾発言を投下してしまった
しかも青田坊と黒田坊に・・・・


り、リクオ様ぁぁぁぁぁぁっ!!


つららは内心でひいっと悲鳴を上げて二人の側近を見上げた
案の定、二人の側近たちは――


点になっていた


口をあんぐり開けて、リクオの言った言葉に目を点にさせて、それはもう・・・・たまげていた
そして、数分の沈黙の後――


にやり


二人の男がちらりとお互いに視線を向けた後、笑った
物凄く嫌な笑いだった
何かを企んでいる様な
玩具を見つけたその視線に、つららの背筋に何か冷たいものが流れていった
「いや〜拙者にはわかりませんな〜何せ”男”ですから♪」
「そうそう、わしも”男”だから、子供なんて産めませんしな〜♪」


にやにやにやにや


したり顔の側近たちはリクオの向こう――
つららの顔を見ながらリクオに向かってそう言ってきた
「え、青と黒も知らないの?雪女も教えてくれないし・・・」
リクオは青田坊と黒田坊の言葉にシュンと項垂れてしまった
「ほお、雪女が知らない、と?」
「ほほう、そうか〜知らないか〜」


じーーーーーー


「な、なによ?」
つららは二人の視線に袖で口元を隠しながら後退った
「ふむ・・・”女”なのに知らないのか・・・なあ黒?」
「そうだな、知らないわけはないであろう?”女”なんだからなぁ?」


にこにこにこにこ


爽やか過ぎるほど爽やかな笑顔を向けてくる青田坊と黒田坊に、一瞬殺意が芽生えそうになった
が、つららの畏れにびくりと竦み上がったリクオを見て、慌てて平常心を取り戻す
「雪女、やっぱり知ってるの?」
さっきの余韻が残っているのか、リクオは恐る恐ると言った風に上目遣いで聞いてきた
つららはその視線に「うっ」と詰まる
その様子を見ていた青田坊と黒田坊は不適な笑みを称えながらリクオを応援するかのように言ってきた
「はっはっはっ、もちろん知ってるだろうなぁ〜”女”だから」
「そうそう、”女”だから」
まるで、知らないと言えば”女”ではないと決定されてしまいそうな二人の側近たちの言葉に、つららはぎりっと歯軋りをした


おのれ、このエロ田坊ども・・・後で覚えてらっしゃい!!


つららがそう胸中で呟いているのを知ってか知らずか、青田坊と黒田坊はさらに畳み掛けるように言ってきた
「リクオ様、雪女は”女”だから子供を産めますぞ」
「ほんと?」
「左様、”女”だから当たり前ですぞ、リクオ様」
「ほんと?ねえ、本当なの雪女!?」
ずいっとつららの目の前に顔を近づけて、その大きな瞳で覗き込んでくる
キラキラと好奇心いっぱいの瞳で見つめられたつららは、更に「ううっ」と口元を押さえながら、恥ずかしそうに視線を逸らした
「うう、知っていますけど・・・言えません」
「え、どうして?なんで??」
と意味がわからないと首を傾げて聞いてくるリクオに、つららは益々もって困り果てた
そこへ、またしても青田坊と黒田坊が入ってきた
「そうそう、言えないなら良い手がありますぞ!」
「え、本当?」
黒の言葉にリクオは、ぱっと顔を輝かせて振り向いた
その途端、青と黒はにやりと厭な笑みを見せたかと思うと――


「「雪女に実践してもらえば・・・・」」


「いい加減にしなさ〜〜い!!」


ぱきーーーーーーーーーーーん


つららの絶叫が木霊する中
二人の側近は巨大な氷付けとなった
そして――


そんな哀れな側近たちをよそに
リクオはつららの膝へとよじ登り、何度もしつこく質問をしていたそうな
「ねえ、雪女〜赤ちゃんはどこから・・・・」
「もう、もう勘弁してくださ〜〜〜〜〜い!!





『赤ちゃんはどうやって産まれて来るの?』
――この真実を彼が知るのはもう少し後の話


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