16巻の鯉伴x乙女さんの話を読んで、何故だか若菜さんが居た堪れなくなり、思わず書いてしまったお話です。
鯉x乙も好きなのですが、鯉x若も好きなので、若菜さんを応援したくて書きました。
若菜さんとの出会いも素敵であることを願っております!
以下捏造200%なのでご注意くださいm(_ _)mぺこり









とある満月の夜
夜の繁華街の裏路地に、座り込む影が一つ
衣服は裂け、至る所から血を流すその男は、この界隈を取り仕切る奴良組の若き大将、奴良 鯉伴であった

「ちっ、ざまぁねえなぁ・・・・」
鯉伴は皮肉げに苦笑しながらそう呟くと、空を見上げた

空には満月

残念ながら今はその姿は雲に隠れていて見えない
「明るくないだけまだましか?」
こんな所でも傷を癒すためには必要だ、この闇が暫くの間奴等から身を隠してくれるだろう
鯉伴は自嘲気味に口元に笑みを作ると目を閉じた
その時――

カラン

「誰だ!」
路地裏の入り口から聞こえて来た音にすぐさま身構えると、鯉半はその場所を睨んだ
入り口の方から僅かに息を飲む気配が伝わってくる

敵か?

鯉半は懐に隠してあった護身刀に手を伸ばした
薄暗い闇の中にぼんやりと影が浮き上がる
その影は一歩一歩、躊躇いがちにこちらに近づいてきた

くそっ・・・まだ体が・・・・

未だに感覚の戻らない体に鯉半は舌打ちした

もしも敵だったならまずいな

まだいう事を聞かない体を引き摺りながら何とか立ち上がろうと体に力を込める
途端体中に激痛が走った
「つっ・・・・」
立ち上がりかけていた体がぐらりと傾ぐ
倒れていく視界の端で、入り口の影が走って来るのが見えた

ここまでか?

鯉半は覚悟を決めてふっと口元に笑みを作ると静かに瞼を閉じた
その時――

「大丈夫ですか?」

甲高い声と共に、たたたたっと小さな影が駆け寄って来る
そして――

ふわり

柔らかい花のような香りに包まれて鯉半は思わず目を開いた
雲に隠れていた月が顔を出し辺りを薄暗く照らし出す
徐々に明るくなっていく視界に映し出された者に鯉半は目を瞠った

「あんたは?」
夜の街に驚いた声が響いた



「二代目二代目〜!!」
どたどたと騒々しい音を響かせて側近が部屋へと転がり込んできた
「どうした、そんなに慌てて?」
午睡を貪っていた男はむくりと起き上がると慌て過ぎてわたわたとしている側近に苦笑を零した
「なんだ?敵襲でもきたのかい?」
暢気にて物騒なことを言ってくる主に虚をつかれた側近は、何とか落ち着きを取り戻しこう言って来た
「そ、それが客です・・・・しかも人間の」
「はあ?」
次に驚いたのはこの屋敷の主人の方であった



「あ!」
少女は思わず声を上げてしまった
屋敷の門の手前でこっそりと中を伺っていたら、あの人がこちらにやって来たのが見えたからだ
少女は口元に手を当て恥ずかしそうに俯く
「やあ、あんたか、あの時は世話になったな」
屋敷の中から出てきた男は、少女の顔を見るなり嬉しそうに微笑んできた
その綺麗な笑顔に少女は、更に頬を染めて下を向いてしまった
「す、すみません・・・その心配だったもので・・・・」
慌てて頭を下げて謝って来る少女に男はくすりと笑みを零す
「ああ、お陰様でほら、もう何とも無いぜ」
男はそう言うと左腕をぐるりと回して見せた
「良かった」
少女は本当に嬉しそうに安堵の息を漏らす
「丁度良かった、これから散歩にでも行こうと思ってたんだ、あんたも付き合ってくれるかい?」
男はそう言ってにこりと笑うと、少女の返事を待たずにさっさと歩き始めてしまった
「あ、待ってください」
少女は慌てて男の後を追う
必死に後を追う少女の制服の紺色のプリーツスカートが風に煽られて翻っていた



「あの時は本当に世話になったなぁ」
男は隣を歩く少女に向かって改めて礼を述べていた
先日男は怪我を負った
その時、路地裏で倒れている所をこの少女に助けられたのだった
しかも怪我をした男を抱えて、屋敷まで連れて来てくれた
屋敷の側近達に迎え入れられている間に、この少女は忽然と姿を消してしまっていたのだが
自分の怪我を心配してこうやって様子を見に来てくれたらしい
門の前でうろうろとしていた所を、側近の一人が見つけて報告しに来てくれたのだった

男は、なら丁度良いと少女を散歩に誘った
ついでに街で何かを買い与えて、その時の礼をしようとも思っていた
しかし

「お礼に何か買ってやるよ」という男の言葉に
少女の口からは意外な答えが返ってきた
「で、では・・・その、このまま散歩をしましょう」
と・・・・
恥ずかしそうにそう言う少女に驚きつつ、そんな位ならお安い御用さと付き合ってやった
暫く歩いていると、街外れの丘に辿り着いた
二人はそこで他愛ない話を交し合う
「そう言えば、まだ名前聞いてなかったな?」
聞いてもいいかい、と男は少女を見下ろした
「あ、はい・・・若菜、と申します」
少女は恥ずかしそうに、もじもじと手を弄りながら名前を教えてきた
「そうか、若菜か・・・・いい名だ」
そんな少女に男は微笑みながら頷く
「あ、あの・・・貴方の名前も」
ちらりとこちらを探るように伺ってくる視線に男は口角を上げると
「鯉伴・・・奴良鯉半だ」
己の名前をあっさりと教えた
「鯉伴・・・・さん」
「ああ」

若菜と鯉伴

お互い顔を見合わせて笑い合った
「改めて、あの時はありがとう、あんたは命の恩人だ」
「そ、そんな・・・・恩人だ何て・・・・」
鯉半の言葉に若菜は慌てて首を横に振った

そんな大それた事をした自覚は無かった
ただ人が怪我をしていた
それを見た途端、体が勝手に動いていた
気づいたら、この人を抱えて家まで送っていた
ただそれだけだった

そんなとんでもない、と顔と手を左右にぶんぶん振る若菜に鯉半は思わず苦笑する
「ああ、悪い悪い・・・・あんたいい人だな」
くっくっくっ、と笑いを堪えながら鯉半は若菜に言う
「いい人だなんて・・・・」
若菜は目の前の美丈夫にそう言われて、なんだか恥ずかしくなってしまった

私ったらまたお節介なことを・・・・

あの時助けた事を悪いとは思わないが
しかし心配でここまで押しかけてしまった自分はなんてお節介焼きなのだろうと、顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまった

何やってるんだろう私

ぎゅっと固く目を瞑り顔を真っ赤にさせて俯く若菜を、鯉半は不思議そうに見つめていた

笑ったかと思ったら急に真っ赤になって・・・・面白いなこの子

ふと湧いた自信の感情に鯉伴自身が驚いた
こんな事を他人・・・・しかも異性に思うのは何年振りだろう
あいつがいなくなってから久しく思わなかった感情
鯉半は戸惑っていた
内心の動揺を悟られまいと周りをちらりと見遣る
そこに在るものに視線が止まった

「アンタみたいだな」

鯉半は微笑みながら地面に咲くその花を見つめた

「タンポポ?」

若菜は鯉伴が見つめる場所を見て驚いたような声を上げた
瞬間真っ赤になる顔

「そ、そそそそんな私なんてその・・・・」

またしてもわたわたと慌てだし両手をブンブン振りながらしどろもどろに何か絶叫していた
鯉伴さんの方が私なんかよりずっとずっと綺麗です〜、と言ってくる少女に鯉半はまたくすりと笑みを零した
「そうかい?そっくりだと思うけどな」
鯉半はそう言いながら足元に咲いていたその花を一つ摘むと若菜の耳へと挿してやった
長い指先で柔らかなその髪に触れる
ドキリと体を強張らせて見上げてくる少女に鯉半は囁くように言った
「明るくて可愛らしい・・・・笑ったと思えば真っ赤になってコロコロと表情変えて、それに優しいしな・・・・この綿毛みたいに」
鯉半はそう言うと、もう一つ摘み取った綿毛のタンポポを、ふう〜っと息を吹きかけて空へと舞い上がらせた
「元気にくるくる回って、あんたみたいだ」
鯉半は夕日を背にしながら笑って見せた
そのあまりにも美しい光景に若菜は顔を真っ赤にさせて固まる
鯉半の言葉もそうだが、なんて真っ直ぐな目をしているのだろうと、暫しの間男の瞳に見惚れてしまっていた
夕日が沈み始める逢う魔が時
その場に在るのは
見つめ合う二人だけ

「「あ・・・・」」

二人同時に口を開いた瞬間

「二代目〜〜〜〜〜!!」

遠くの方から駆け足でこちらに向かってくる小さな影があった
「こんな所にいたんですかい?」
「お前ら・・・・」
夕飯の時間ですぜ!と嬉しそうに駆け寄ってきた屋敷の小妖怪たちに鯉半は片手で顔を覆った
「あ・・・・・」
顔を覆う主人の隣に見慣れぬ少女を見つけ小妖怪たちは思わず後退る

不味い・・・見られた!!

気づいた時には既に遅く、見慣れぬ少女は驚いた顔をしながらこっちを見ていた
「あ、その・・・これは・・・・」
鯉半は何とか誤魔化そうと若菜の方へと振り返る
しかし、それよりも早く若菜が先に口を開いた

「あら、妖精さん?こんな所で珍しいわねぇ」

若菜は嬉しそうに小妖怪たちに話しかけてきた

はい?妖精さん??

鯉伴と小妖怪たちは目の前の少女が発した言葉に固まった
見れば少女は嬉しそうに、にこにこと笑顔を作っている
しかも、鯉半の足元で隠れている小妖怪たちの側まで来ると、目の前でしゃがみ込んだ
「こんにちは、あなた達何処から来たの?」
若菜は奇妙な姿の小妖怪たちに臆する風でもなく、気さくに話しかけている
あその珍しい光景に鯉半は言葉も忘れて少女をまじまじと見つめていた
そんな鯉半を他所に若菜は更に小妖怪たちに話しかけてくる
「迷子?一緒にお家を探してあげましょうか?」
「あ、いや・・・その・・・・」
にこにこと笑ってくる若菜に、小妖怪たちはどう返事をしたら良いのかと顔を見合わせ、そして主である鯉半へと視線を向けた
「あ〜、その・・・若菜ちゃんはこいつら見ても平気なの?」
鯉半は一瞬視線をぐるりと彷徨わせると、足元に隠れる小妖怪たちを指差しながら若菜に聞いてきた
対する若菜は鯉半の言葉にキョトンとした顔を向ける
そして、次の瞬間

「あ、あの・・・これは・・・その・・・・・」

今度は若菜が慌てだした
わたわたと手を振りながら冷や汗を流し始める
「こ、これはですね・・・その何と言うか見えちゃったというかその・・・・」
若菜の意味不明な言葉に鯉半は首をかしげた
その様子に若菜は勘違いしたらしく、いきなりしゅんと項垂れるとぽつりと言ってきた
「あの・・・気持ち悪いですよね?」
「は?」
鯉半は若菜の言葉の意味がわからなかった

鯉伴がきょとんと若菜を見下ろしていると、若菜は恥ずかしそうにこう答えてきた
「そ、その・・・妖精が見えるなんて」
その言葉にようやく合点がいった
「ああ、そういう事か」
「え?」
鯉伴が思わず呟いた言葉に若菜は不思議そうに顔を上げる
つまりは――

こういうものが平気なのだ、この娘は

鯉半はくすりと口元に笑みを浮かばせると少女を見下ろしながらこう答えた
「いいや、俺も同じなんでね」
鯉伴の言葉に少女は嬉しそうに笑っていた



今日珍しい娘に会った

出会いは二度目

二度あることは三度あるっていうよな

なあ、あんた

三度目もあると思うかい?



鯉半は薄暗くなりかけた空を見上げながら、この不思議で優しい少女の事がもっと知りたいと思い始めていた




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