※ご注意:16巻の巻末おまけ漫画ネタです。原作に沿ってるのは一部だけ。殆ど捏造&管理人の妄想100%なお話です。





「今日もかしら?」
夕日に染まる校舎の屋上
一向に主の姿が現れない教室を、双眼鏡で覗き見ながら、つららはぽつりと呟いていた
主の在籍するクラスの教室には既に人の姿は無い
当に下校時刻は過ぎ、帰り支度を済ませた生徒の殆どは校門の外を歩いていた

今日は確か最後の授業は理科だったはず

このまま待っていても主は現れないだろうと確信したつららは、急いで双眼鏡をカバンの中に仕舞うと屋上の階段を駆け下りていった





「あら?また・・・・」
授業は既に終わり片付けも終わった所で、さて職員室へ戻ろうとした時、それが視界に入ってきた
三列に並んだ実験台の端の一つ
一番奥のその席で、最近見かけるようになったその光景
オレンジ色の夕日に照らされながら、規則正しく上下する茶色い頭
机に突っ伏した状態で、気持ち良さそうにすやすやと眠るその生徒に、マナはくすりと笑みを零した
「ふふ・・・気持ち良さそうに眠っちゃって」
窓の戸締りを確認しながら、その幸せそうな寝顔を覗き込む
最近、居眠り常習犯になった生徒の寝顔を可笑しそうに見ながら、マナは起こすべきかどうしようか迷った
「あの子が来るものね・・・」
もう一つ、最近良く見かけるようになった光景を思い出すと、ふふっとマナは口元に笑みを作る
そして、そのまま荷物を抱えると、理科室から静かに出て行くのだった



たったったったっ
軽い足取りで駆けて行く足音が一つ
その足音は、既に無人になった廊下を迷い無く真っ直ぐに向かって行く

「リクオ様〜お迎えに上がりました〜!」

がらりとドアを開けて入ってきたのは、肩から二つのカバンを提げたつららだった
中へ入ると案の定、一番奥の机に突っ伏した状態で寝ているリクオを見つけた
もう見慣れたその姿を、つららは暫しの間見つめる
ふと、悪戯心が湧いて出た
昔の苦い記憶の仕返しか、はたまた女としての見栄か
つららはキョロキョロと辺りを伺い誰も居ないことを確認すると、静かにリクオの側までやって来て、そおっと耳元に唇を寄せる

「リクオくん!!い〜かげん起きたら!?」

いつもとは全く違う起こし方
リクオの幼馴染である家長カナの真似をして起こしてみた

「・・・・・・」

反応なし

ふっ

「家長さんの物マネじゃ〜起きないわ〜」
つららは勝ち誇ったように、くすくすと嬉しそうに笑う
そして、ここからつららの独壇場が始まった





パタン

「ん・・・・」
教室のドアが閉まる音で目が覚めた
薄く瞼を開けると、オレンジ色の光が目に飛び込んでくる
思わずまた瞼を閉じる
ひんやりとする机の感触に、自分の状況を少しだけ理解した
いつの間にか眠ってしまっていたらしい
しかも机の上で
リクオはむくりと起き上がると、う〜んと背伸びをした
そして辺りをキョロキョロと見回す
どうやら授業中に居眠りをしてしまったようだ
誰も居ない理科室をまたぐるりと見回す

誰もいない

先生も何故か今回は起こさないで帰ってしまったみたいだった
以前、理科の教師に起こされた事があったが、あの時はうっかり寝言を呟いてしまい、あの後先生に冷やかされるわ、つららに驚かれるわで大変な目に合った
今回は先生も気を使ってくれたのか、そのままにしておいてくれたらしい
結構気の利くいい先生だなぁ、などとリクオはぼんやりと思いながら、そう言えばまだ迎えが来ていない事に少しばかり首を傾げた
「そろそろ来る頃だと思うんだけど・・・・」
そうリクオが呟いた時

ぱたぱたぱたぱた

遠くの方から足音が聞こえて来た
聞き慣れたあれは、つららの足音だと頭のどこかで確信する
段々近づいてくる足音

ガラリ

理科室のドアが勢いよく開いた瞬間
何故かリクオは机にうつ伏せになっていた



う〜ん、どうしよう・・・・

リクオは一人胸中で唸っていた
今現在起こっている現象は夢なのでは?と、思わず疑いたくなる
しかし、頭上で繰り広げられるそれは、リクオの鼓膜を刺激しこれは現実なのだと訴えていた

困ったなぁ・・・・

リクオは気づかれないように小さく呟く
先程、理科室につららが入ってきた時、思わず寝たふりをしてしまった
起きたまま、つららが来るのを待っていても良かったのだが

どうせなら起こして貰いたい

そう思ってしまったのだ
実はリクオは密かにこの時間を楽しみにしていた
毎回つららが起こしに来るというこの行為を
何故かつららに起こされると気分が良いのだ

朝、つららに起こされると良い気分で起きられる
これから良い事が起こりそうな、もう起こったような、うきうきとした気分になるのだ
しかも最近こうやって放課後も寝てしまうようになってから、その気分は二倍になった
いや、朝とは少し違う
放課後、誰も居ない教室でつららにだけ起こされるのは、何か特別なような得した気分になるのだ
心の中がほわりと温かくなり、体中が甘く痺れるような、朝とはまた違った気分になる
リクオはその何とも言えない気分を実は楽しみにしていた
だからだろうか、つららが入ってきた途端、体が勝手に動いてしまった
そして、つららが自分を起こすのを息を潜めて待った
ぺたぺたと上履きの鳴る音が近づいてくる

あと少し

つららの気配が色濃くなる
待ち望んでいた声がもう直ぐ聞こえる

『リクオ様〜氷麗です起きて下さい』

そう聞こえてきたらいつものように起きるだけ
そう、それだけ

だったのだが・・・・

聞こえて来た言葉はいつもと違っていた

「リクオくん!!い〜かげん起きたら!?」

至近距離で耳元に囁かれたのはそんな科白だった

・・・・え?

思わず飛び起きそうになったが、そこは何とか堪えた
今起きたら後々大変な事になりそうな予感がしたのだ
しかも、この言い方はカナちゃんの言い方に酷似している
つららの意図が読めなくて混乱していると、リクオが起きないと勘違いしたつららは、何故か嬉しそうに笑いだした
そして、今度は違う人の物マネをしだす

「奴良くん、起き〜や〜滅するで〜」

これは花開院さんの物マネだ

結構上手い

内心で感心していると、今度は巻さんや鳥居さんの物マネまでしてきた
さすがにこれには思わず噴出しそうになってしまった
震えそうになる肩を必死に堪える
つららは何故か女性、しかも清十字団のメンバーの物マネをしている

何かの練習か何かかな?

何かのイベントで披露するつもりなのかとリクオは首を傾げる
全く以ってつららの意図が読めなかった
とりあえず、自分が知っている女の子の物マネをして起こそうとしているようだ
リクオはそう結論付けると、胸中で溜息を吐いた

そんな事しなくてもお前の一言で起きるのに・・・・

リクオは最も聞きたいと思っている言葉を早く聞かせてくればいいのにと心の中で呟く
しかし自分が知っている女の子は殆ど出た
この物マネも、もう終わりだろうとリクオが安堵していると
つららの声が聞こえて来た

「では、とっておきの新ネタを・・・・」

つららの言葉にリクオは固まる

え?まだあるの??

リクオは胸中でつっ込んだ
しかもつららの背後にはヤル気満々のオーラがごごごごっと音を上げて噴き出ている

まだ何が・・・・

知りたいと思う気持ち半分、知りたくないと思う気持ち半分
男心が複雑に揺れた
何故かドキドキとしながらつららの物マネを待つ
そして

「フフフ・・・・奴良リクオ・・・・妾の前で居眠りとはいい度胸じゃ!!目覚めぬか!!」

だらだらだらだら

激似!!

ちらりと盗み見ただけだったが似ていた
声だけじゃなくその顔も!

低い声
冷たい視線
真っ黒な髪

リクオは眉間に皺を寄せて冷や汗を流した

こう来たか!

さすがにこれで起きたら不味いだろうと、リクオは耐えた
耐えて、耐えて、じっと我慢をしていると

「ネタ切れです。リクオ様〜氷麗です、起きてください〜」

ようやくつららの物マネが終わった
「わっ!!つらら来てたんだ!?全然気がつかなかった!!」
すかさずリクオは、驚いた風を装ってがばりと飛び起きた
ようやく起きた主に、つららは嬉しそうに微笑む
その様子にリクオは安堵の息を吐く

早目にネタが切れて良かった・・・・

これ以上続いたら身が持たないと、ぐったりと疲れた精神と体を引き摺りながら、校舎を後にするのであった



薄暗くなりかけた帰り道
リクオは先程のつららの行動をまだ気にしていた

つららは一体なんであんな事したんだろう?

校舎を出てからずっと考えていた
だが分らない・・・・

女の子ってやっぱり分んないや

リクオは数歩先を嬉しそうに歩く己の側近を見ながら胸中で呟いた
女の子の考えていることは分らない
特にこの目の前の女の子の事は

いつも何を考えているのか
いつも何を想っているのか

知りたいと思った
でも分らない・・・・
胸の中がムズムズするような感覚に捉われながら、しかしこれだけはちゃんと伝えておこうとリクオは口を開く
「つらら」
「はい!なんでしょう?」
僕が呼ぶと嬉しそうに直ぐ振り向いてくるその笑顔に、僕も微笑みながらこう告げる

「いつも、つららのままで起こしてね」

「へ?え?リクオ様?」
どういう意味ですか?と首を傾げて聞いてくる女の子な側近を、僕は駆け足で追い抜く
「ほら、早くしないと夕飯に遅れるよ!」
「あ、待ってくださいリクオ様!」
先程言った言葉に何故だか頬が熱くなっていくのを感じて、僕は顔を前に向けたままそう言うと、つららの手を掴んで駆け出した
突然手を掴んで駆け出した僕に、つららは驚いた顔をしながら必死に付いて来る
星の瞬き始めた帰り道
手を繋いで家路に急ぐ二人の周りでは
夕餉を伝えるおいしそうな匂いが、あちこちの家から漂っていた



ずっとずっと

いつまでも

君が僕を起こしてね



[戻る]  [短編集トップ]