がやがやと賑わう大広間
皆夕餉に舌鼓を打ちつつ先程の騒動が嘘のように和やかに食事をしていた
「はっはっはっ、今日は里伴の勝ちか?」
「はい」
「認めませんわ」
男同士勝利の祝杯を挙げる二人に憮然とした声がかかる
見れば仏頂面に口元を尖らせた黒髪の少女がいた

上座から一番近い場所に座るその少女は夜の姿へと変化した六花であった
変化したとはいっても姿形は昼のそれと殆ど変わらず、昼よりも幾分か大人びた顔立ちをしている位だった
そして、その六花の向かい側には、先程の黒髪の青年が座っていた
その青年はもちろん夜の姿へと変じた里伴であった
その姿は上座に座る父に酷似していた
長い髪を闇夜にたなびかせ、黒い着流しを身に纏った粋な美丈夫
唯一父と違う所と言えば、長い髪は黒く一房襟足で束ねられたそこだけが白銀である位だった

六花は、その里伴の向かいの席に座り、ヤケ食いとばかりに大盛りのご飯の乗った茶碗を持ちながら憤慨していた
その姿は苦笑を禁じ得ない
その可愛らしい娘の姿に父であるリクオはくすりと笑った
「まあ、いつもお前が勝ってるじゃねえか?そう拗ねんな」
そう言って己の持っていた杯を手渡すと「次はがんばれ」と激励を飛ばした
そんな夫を隣で一緒に夕食を共にしていた妻はじろりと睨む
「もう、さっきも毛倡妓から言われたばかりなのに……」
溜息も露わにそう言うと、母であるつららは娘の六花へと視線を向けた
「六花、あなたの気持ちは解るけど程々にして頂戴」
「何をおっしゃいますお母様、約束はきちんと守っていますわよ?」
注意を促す母に、心外とばかりに六花は視線を返した
「ちゃんと約束は守っています。『弟への強襲は日に一度、夕餉の始まるまで』でしたわよね?」
そう言ってじろりと睨み返すその視線に、情けなくも母は怯んでしまった
「で、でも……」
「それに誰も死んでませんわ」
ずずず、と味噌汁を啜りながら言ってきた娘に母は思わずがばりと身を乗り出してきた
「あ、当たり前よ!仲間を倒してどうするの?」
皆大事な百鬼達なのよ!と慌てて言う母に六花はにこりと――

「当たり前ですわ、お母様。何処の世界に己の下僕を傷つけるものが居るのです?私はただ、未来の主になるべく目の前の敵(弟)を倒す為にやっているのですわ」

悠然と自信満々にそう言ってきたのであった

死んじゃあいないが、怪我はしてるけどな……

娘の言葉にがっくりと項垂れる妻を横目に、隣で静観していたリクオは胸中でつっ込んでいた
部屋の中を見回せば所々包帯を巻いている者や真新しい擦り傷やら切り傷などを負ったものがちらほらと見える
どれもこれも皆、六花と里伴の闘いに巻き込まれた者ばかりだ
はぁ、と胸中で溜息を零す母の耳に救いの(?)声が聞こえてきた
「大丈夫ですよ母上」
「里伴」
声のした方を見上げれば、昼の夫のような朗らかな笑顔を乗せた息子の顔が見えた
その菩薩のような笑顔に、つららはささくれ立った心が癒されていくような気がした

里伴……貴方はリクオ様に似て本当に優しい子に育ったわ

つららは内心でそう呟くと嬉しそうに目を細めた
そして

「大丈夫ですよ母上、次も絶対勝ちますから」

次に聞こえた息子の科白にぴしりと固まった

わかってないこの子達は
わかってない
わかってない

固まったままぶつぶつと呟く妻を横目に「ほどほどにな」と百鬼の主でもある父は、そう助言するしかなかった





さて、楽しい(?)夕食も終わり子供達の主の座争奪戦も終わり、やっと静かな時間がやって来た夜半時
夫婦揃って仲良く部屋で寛いでいると
息子が盤を持ってやって来た
「久しぶりにお手合わせ願いたいのですが?」
そう言って朗らかに笑う息子に、父も「いいぜ」と頷く
程なくして静かな一騎打ちが始まった
カチコチと時計の音が響く中
パチリ
パチン
と将棋の駒をさす音がゆっくりと響いていく
残す所あと数手
勝敗はどちらに決まるか?というところで
またしてもあの娘がやって来た

「お〜ほほほほほ、里伴お父様に勝って主の座を貰おうなんて甘過ぎますわよ!」

バーンと効果音が聞こえてきそうな登場を果たした見目麗しい娘は声高らかに宣言すると、ビシーッと弟を指差してきた
「いざ勝負!」
「いやいやいやいや」
白魚のような指先に示された弟は、片手を顔の前で左右に動かすと否と答えてきた
「今良い所なんです」
「ああ、邪魔すんな六花」
パチン、と小気味よい音を響かせながら父も首を振ってきた
そんな二人に六花はぷるぷると突き出した指を震わせる
「そんなもの……」
「ああ六花、はいこれ」
怒りも露わに将棋盤をひっくり返そうとした六花の目の前に母の笑顔が突然現れた
ぱちくりと瞳を瞬かせる六花
その目の前には出来上がったばかりの

マフラー

母お手製の縞模様のマフラーがあった
「今年の分よ、前のがだいぶくたびれていたから」
そう言って「はい」と手渡してくる母に六花の相好が崩れた
「ありがとうございます、お母様。ああやはりお母様の作ってくれたマフラーは肌に馴染みますわ」
先程の怒りは何処へやら、六花は母手製のマフラーを受け取ると嬉しそうにそう言ってきたのだった
それもその筈
六花は母をこの上なく尊敬していたのだった
六花曰く

”あの百鬼の主である父を、ただの側近であった母が誘惑し手玉に取った”

と思っているらしい
昔、両親の馴れ初め話を聞いた六花は勝手にそう解釈していた
傍から見れば実際そうに見えるのであろう
主に側近が見初められるという話は珍しい話ではない

しかし、己の母は妾ではなく本妻になった
しかも二人が夫婦になってからウン十年、今の一度も父が浮気したことなど無いのだ

その事実が六花が母を尊敬する理由であった

まあ確かにリクオはつららにべた惚れである
浮気ももちろん本当に一度も無い
しかしつららがリクオを畏でもって誘惑しているのかと言えば嘘である

『化け猫屋の猫娘達とちょっと話しただけで涙浮かべて膨れる姿が可愛いんだよな』

というのが真相で
まあ、正しく言えば『素直で初心で可愛い嫁を放っとけない』という夫のへたれっぷりのせいなのであるが
それを幸か不幸か六花は知らない
そのお陰もあって、唯我独尊、傍若無人、を貫き通す夜の六花も母の話なら聞いてくれる娘に育ってくれた
それだけが救いであった

そうでなかったら……

つららはそこまで考えて身震いした
「お母様?」
一人戦慄していたつららへ怪訝そうな声がかけられてきた
つららははっと我に返り顔を上げる
そこには不思議そうに母を見つめる六花が居た
「な、何でもないのよ六花。それより今夜は大人しくしててね、あの人も将棋で負けたからってそう簡単に主の座を譲ったりなんかしないから」
つららはちらりと、息子相手に真剣に対局する主人へと視線を向ける
そして六花には悟られないように小さく溜息を吐くのであった

「どうしたんだ、溜息なんて零して?」
すると、肩を落とすつららの背後から突然声が聞こえてきた
と、同時に腰にゆるやかな拘束を感じた
驚いて振り返ると、いつのまに近づいてきたのか夫の姿があった
リクオは背後からつららを抱きすくめるように腕を絡ませていた
その密着具合につららは慌てた
「ちょっ、いつの間に?」
さらに後ろを見るといつの間に決着がついていたのか、息子が将棋盤を片付けている姿が見えた
子供の前だからと、夫の腕から逃れようとするつらら
しかしリクオはそんなもの何処吹く風と更に体を密着させてきた
「愛しい妻が暗い顔で溜息吐いてりゃ心配になるだろう」
リクオはそう言って耳たぶへ吐息を吹きかけてきた
その行為につららは背筋をぞくりと粟立たせると、真っ赤になって抗議してきた
「や、ちょっ、子供の前でやめて下さい!」
つららは更に真っ赤になっていやいやと首を振る
何とかして逃げ出そうともがいた
その時――

ビュオォォォォォォォォォォ

器用に、寸文の狂いも無くリクオ目がけて猛吹雪が直撃してきた
密着していた筈のつららにはかすりもしないその吹雪は
しかし、一瞬早く気付いたリクオがひらりと交わしてしまった
数歩後ろへ飛退いたリクオは忌々しげにチッと舌打ちする
「俺に奇襲たぁイイ度胸じゃねぇか?」
攻撃をしてきた相手ににっと口元を吊り上げる
リクオの睨み据える視線の先には――

六花

目に入れても痛くは無い愛娘が父に向かって手を突き出していた
「お母様が嫌がっておいでですわよ」
百鬼の主である父の鋭い眼光にも怯まず六花はその口元に微笑を称えながら言ってきた
その姿にリクオは愉しそうに笑う
「ほお、言うじゃねえか?」
「お父様こそ時と場所をお考えあそばせ」
バチリ
と、二人の間に火花が散った

ああああああ、またこうなるのねぇ〜〜〜〜〜

そんな二人を遠巻きに見ていたつららは頭を抱える
きょうだいの強襲の次は親子の喧嘩なの?と
毎度の事とはいえ、つららはその殺伐とした光景に盛大に溜息を吐いた
いつもこうなのだ
いつもいつも
気がつくと何故か親子で取り合いを始めてしまう
何を?
と聞かれれば非常に言い辛い……いや、言いたくない内容なのだが
何故かリクオと六花は自分を取り合うのだ
親子の取り合いの中心人物へとなってしまっているつららは、勘弁してぇとまたしても肩を落としていた
そしてちらり、と期待するだけ無駄なのだが、しかしこの状況を何とかしたくて期待を込めて睨み合う二人の背後に視線を送る
しかし、視線を送った相手は呑気にもどこから出してきたのか茶を啜っていた

本当に将来大物になるわあの子……

座布団に座り縁側で日向ぼっこをする年寄りよろしく優雅に茶を啜る息子へ恨めしそうな視線を送る
「助けてちょうだい、里伴」
無駄だとは思うけど、という胸中の呟きは伏せて頼んでみた
すると息子はやれやれと肩を竦めて立ち上がった
そして未だに睨み合ったまま微動だにしない二人へと不意に近づき
「あ〜父上に姉上、喧嘩はよくありませんよ」
朗らかに笑いながら二人へと声をかけた里伴は……

「おだまり!」
ちゅどーーーーーーーーーん
姉の鉄拳で空の星へとなった
「ああああああ、里伴〜〜〜〜〜〜」
あまりにも早い息子の退場につららは涙を流しながら里伴の飛んでいった空へと手を差し伸べる
そして今夜もまた娘と父親の大人気ない母争奪戦が繰り広げられるのだった

どがーん

バキィ

部屋のあちこちが壊されていく中
放心状態のつららの耳にまたしても呑気な声が聞こえてきた
「ははははは、母上僕には無理でした」
見ると、あちこち擦り傷だらけになった息子が隣に帰って来ていた
いつの間に?という疑問は置いといて
息子はなんとも朗らかに笑いながら申し訳なさそうに額をぺしりと叩いてそう言ってきたのだった

はぁ……

つららは胸中で溜息を吐く
頑丈なのは父譲り
しかものらりくらりと、まさにぬらりひょんの血を受継いだ息子はたぶん本気のほの字も出していないのであろう
擦り傷きり傷は多少あったが大したダメージを受けていなさそうな息子にジト目になる
目の前の息子の方が、娘よりも一枚も二枚も上手なのではないかと思えてしまう
しかも夜の姿になった息子はその物腰の柔らかさとは裏腹に性質が悪いのではないかと冷やりとした
そしてまた溜息を吐いた

兎にも角にも
毎度毎度毎度毎度
いい加減にして欲しいと、睨み合う親子と、呑気に茶を啜る息子へ、届かない切実な願いを今夜もまた吐き続けるのであった





「あの〜」
そんなこんなで一連の騒動も治まり、日もとっぷりと沈んだ深夜
そろそろ寝ようかと床に就こうとしたリクオとつららの部屋に誰かがやって来た
リクオはその申し訳なさそうな声に嘆息すると、廊下に佇む相手に「どうした?」と解りきった疑問を投げかけた
すると

「あの……今夜も一緒に寝ていいですか?」

返ってきた答えは予想通りだった
リクオはその言葉に数回頭をがしがしと掻くと徐に襖を開いた
開いた視線の先には、これまた予想通りの人物が居た
細い三日月に照らされながら愛用の枕を抱えた息子が申し訳なさそうにこちらを見ていた

「僕の部屋、トラップだらけなんです」

里伴はそう言うと、長い黒髪になった頭部を掻いた
リクオはその言葉に盛大な溜息を吐いてみせた
部屋がトラップだらけの理由は言わずもがな
聞くだけ無駄だと解ってはいるが、しかし一応聞いてみた
「お前朝になったらまた絶叫するんだろう?」
解りきったその答えに、父はげんなりしながら息子を見下ろす
その言葉に里伴は「そうなんですが」と苦笑するばかり
朝になって昼の姿になった息子は、両親と一緒に寝た事をきっと嫌がるだろう
解ってはいた、解ってはいるが

しかし憐れな息子を放っておける筈も無く、リクオはまた小さく嘆息すると息子を部屋へと招き入れてあげるのであった



昼と夜とで姿の変わってしまう子供達
半妖なのだから仕方ないと思ってはいたが、まさか中身まで変わってしまうとは思ってもいなかった
姿ばかりではなく性格まで昼と夜で変わる

里伴の場合
昼と夜の姿は父と全く同じなのに対し性格はその逆であった
昼は夜の父のような少々気性の荒いガキ大将のような性格で
そして夜になると昼の父のような朗らかな性格になる
見た目は同じなのに中身が逆だと混乱してしまうと下僕達は言うが
しかし、息子はまだましだった

娘の六花
これはどうにもこうにも父も母も最初は困惑した
昼は天使のような優しい娘なのに
夜になると般若のような鬼女のような気性の荒い女へと変貌する
息子と父同様
六花も母であるつららに似たのかと思っていたのだが、何やら違うようだった
それが解ったのは、六花が大分成長をしてからだった
そのきっかけは、随分前に隠居した鴉天狗が久し振りに屋敷へと遊びに来た時だった
夜の六花に会った途端「雪麗が、雪麗が〜〜!!」と絶叫しながら山へと逃げ帰ってしまったのだった
そう、六花は何故か祖母である雪麗に生き写しであったとか
雪麗の事を良く知る妖怪達は皆すでに隠居してしまい屋敷には居なかったため遅くに発覚した事実であった

つららのお母さんて一体どんな凄い妖怪だったんだろう

と、この時ばかりはリクオも震え上がったという
そして娘を見ながら「つららはつららのままで良かった」と、心の底から安堵するのだった

まあ、何はともあれ
朝になったらあの娘はまた、弟や自分達に半泣き状態で謝りにやって来るのだろうなと
リクオは毎度の事に苦笑しながら目を閉じるのであった





子孫繁栄

それは願いであり
希望であり
そして――

闘いでもあった

「はぁ〜、つららは僕の奥さんなのに」
「はいはい、リクオ様」
「どうしてうちの子供達はこう、空気を読んでくれないんだろうね?」
「ふふふ、そろそろ子離れしないとですね?」
「それを言うなら”親離れ”でしょ」
「ふふふ、そうでしたすみませんリクオ様」

親の心子知らず

嗚呼
夫婦二人きりの甘い生活が戻るのは
さて
いつになる事やら……

まだまだ道のりは長いのであった


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