子孫繁栄

それは願いであり
希望であり
そして――





「じゃあ、またな〜奴良」
夕闇迫る黄昏時
授業の終わりを告げた校舎の中
その入り口である下駄箱付近では、帰り支度を済ませた生徒達で溢れかえっていた
その賑わう場所で一際目立つその少年に、クラスメート達は笑顔で別れを告げていく
「おう、また明日な〜」
声を掛けられた少年も元気良く相手へと手を振ると急いで自分の下駄箱へと向かった
そこで目的の人物を見つける
「悪ぃ、悪ぃ、待った?」
と、どこかガキ大将を連想させるような笑顔でその人物へと声をかけた
「ううん、今来たところよ」
声をかけられた人物は女性だった

長いストレートの黒髪
雪の様に白い肌
桜色に色づく唇
黒目がちな大きな瞳
どこか幼さの残るその顔は
誰が見ても美人と言えるほどに整っていた

声をかけてきた少年と同じ制服を身に纏った少女は、首を横へと振るとにこりと笑って応えた
その笑顔に下駄箱へと向かっていた数人の男子生徒が見惚れる
そんな視線を気にする風でもなく声をかけてきた少年は屈託無い笑顔を向けるとまた言葉をかけた
「いや〜今日も助っ人で遅くなっちまった」
「ふふふ、いつものことでしょ」
少し癖のある茶色い髪をくしゃりと掻きながら言う少年に少女は苦笑する
「もう用は済んだの?」
「ああ、今日はもう何も無いぜ」
少女の言葉に少年は白い歯を見せながら頷く
すると隣から声が掛けられた

「よう奴良、おつかれ〜。あっ六花さんも今帰りっすか?」
「ええ」
「なんだよお前、何か用か?」
「おっ、つれねえな〜奴良、いいじゃねえかよ少しくらい」
声をかけてきたクラスメートに奴良と呼ばれた少年は少女を庇うように前に出る
そんな少年にクラスメートは口を尖らせながら文句を言ってきた
「六花さんは皆のものなんだぞ、いくらお前が弟だからって独り占めすんなよな〜」
「ばーか、お前らみたいなのがいるからだろ。姉貴が大人しいからってあんまうろちょろすんなよな」
「うわっ出たシスコン里伴、いい加減卒業しろよソレ」
「はっ、大きなお世話だ」
しっしっ、とまるで野良犬でも追い払うような仕草をする少年にクラスメートの男子生徒は「まったく」と苦笑いしながら隣の少女へ手を振ると下駄箱を後にした
そんな様子を呆れた様子で見ていた少年――里伴と呼ばれた彼は溜息を吐きながら隣の姉へと視線を移した
「ああいう奴が多いんだから姉貴も気をつけろよな?」
「はいはいわかってるわよ」
仏頂面でそう忠告してくる弟に姉――六花と呼ばれた少女は苦笑する
「さ、日が落ちないうちに帰りましょう」
「ああ、そうだな急がないと」
二人は何故かそう言って頷き合うと、慌てて家へと急いで帰るのであった



奴良(ぬら)里伴(りはん) と 奴良(ぬら)六花(りっか)

二人は何を隠そうこの浮世絵町を古くから取り仕切る奴良家の子供達であった
取り仕切るといってもそれは人間の世界では無く
なんと妖怪の世界である
しかも、『奴良組』と言えば知る人ぞ知る妖怪の総元締め
関東
いや今や日本全土の妖怪の頂点に立つと言われているその組
その奴良組の未来の頭領

それが里伴と六花なのであった



「お帰りなさいませ、坊ちゃんにお嬢様」
「ただいま〜、つーかその坊ちゃんて言うのいい加減止めろよな」
家に帰るといつものように下僕の妖怪達が出迎えてくれた
しかしその出迎えの言葉を聞いた途端、里伴は仏頂面になる
相変わらず自分達を幼子扱いする側近達が里伴は面白くないらしい
そんな弟を横目で見ながらくすりと微笑むと、六花もまた側近達へと言葉をかけた
「ただいま(みぞれ)(あられ)、それに(ひょう)、私達の留守中変わりは無かった?」
六花はそう言いながら側近の三人へと笑顔を向けた
「はいそれはもう、我ら三人しっかとこの屋敷を守っておりました」
「そうです〜」
「はいな♪」
一番しっかり者の(ひょう)が六花の言葉に答えながら彼女の鞄を受け取る
そしてその鞄を大事そうに胸へと抱えると六花の後に続いた
それに習い(みぞれ)(あられ)も里伴の元に行くと鞄を受け取り――二人どちらが持つか争ったが――彼女らもまた里伴の後へ続いて廊下を歩いて行った

「親父とお袋は?」
長い廊下を歩く途中
里伴が背後でちょこちょこと付いて来る側近へと声をかけた
「はい、お二人はいつものように散歩へ行かれましたです」
「はいな!二人ともラブラブです♪」
「相変わらずあの二人は……」
にこにこと笑顔でそう答える霙と霰に里伴はまたかと溜息を零した
そんな弟に六花はまたしても苦笑する
「あらいいじゃない?仲が良い事になにか不満でもあるの?」
「いやだって、あの二人夫婦何年目だよ?何十年もラブラブって……まあいいんだけどさ〜」
くすくすと苦笑する姉を横目に、何故か里伴は頬を染めるとぶつぶつと愚痴を零しだした
思春期の人間の男の子同様、この弟も年頃のせいか仲の良すぎる自分の親が恥ずかしいらしい
見れば、ぶつぶつと文句を垂れながら口をへの字に曲げていた
「まあいいじゃない、あの二人が仲が良ければ組は安泰なんだから」
「う……そうだけどさぁ」
姉の言葉に弟は言葉に詰まる
この話はもうお終い、と六花が苦笑も露わに首を横へ振ると自室へと続く廊下の曲がり角で突然立ち止まった
「あっ」
「ん?……げっ!!」
突然立ち止まった姉を訝しく思いながら、六花の視線の先を見た里伴は思わず声を上げて仰け反ってしまったのだった
里伴が見た廊下の先には――

仲良く手を繋いで庭を歩く己の父と母の姿が……

しかも恋人繋ぎをし二人の周りには何故かキラキラと光やら花やらが舞っている

そんな姿を目の当たりにしてしまった里伴は青褪めながら頬を引き攣らせていた
「おや、里伴に六花今帰りかい?おかえり」
「おかえりなさい里伴、六花」
「ただいま帰りました、お母様にお父様」
「ただいま……」
笑顔でこちらにやってくる両親に六花は笑顔で、里伴は仏頂面で応えた
「里伴は何故怒っているの?」
不機嫌そうにこちらを見る息子に母が不思議そうに首を傾げる
「ふふふ、里伴も年頃なのよ」
事情を良く知る姉はくすくすと可笑しそうに笑いながら母へと答えた
「ふ〜んそうか、僕にもそんな時期があったなぁ」
ははは、と朗らかに笑いながら母の隣の父が頷くと
「ほんといい加減ソレやめろよな!」
里伴が我慢できないとばかりに人差し指で指差しながらそう言ってきた
里伴の指差す場所――

子供の前だというのに一向に離れる気配の無い二人の手

相変わらず恋人繋ぎをしたままの両親の手を、ぷるぷると震えながら指摘してきたのだった
「ああこれ?いいじゃないか減るもんじゃなし」
「いや、俺のプライドが減る」
そう言って見せ付けるように里伴の目の前にその繋がった手を掲げて見せながら父が笑って言ってきた
それに噛み付くように抗議する里伴
そんな二人を可笑しそうに見ている母と娘
そんな和やかな空気が漂う中で夜の蚊帳は降り始めていた

「あら、もうこんな時間……里伴、六花そろそろ部屋に戻って着替えてらっしゃい」
「あ、やべ」
薄暗くなりかけた空を見上げながら母が言ってきた言葉に、里伴は何故か慌てると隣の六花から大袈裟に離れた
「じゃ、じゃあ俺部屋に戻って着替えてくる」
「ああ行ってらっしゃい気をつけるんだよ」
「お、おう」
朗らかに笑いながら息子へと手を振る父親に、その息子は複雑な表情をしながら手を挙げ急いで部屋へと向かった
「さ、六花も部屋へ行きなさい」
「はい、お父様」
先ほどの笑顔とは少しばかり違う笑顔を向けながら、父が娘へと言葉をかける
その言葉に素直に従い、六花は浅く頭を下げると静かな足取りで部屋へと向かっていった
そんな二人の子供達を微笑みながら見送った夫婦は
「もうすぐ夜だな」
「ええ、もうすぐ夜ですね」
繋いだ手と手をぎゅっと握り合いながら、ぽつりと呟き合うのであった





夕食時の奴良家の大広間はいつも大騒ぎである
大量の食事を配膳する女衆や
食事にありつこうと、わらわらと部屋へと向かう下僕達
それらが一箇所に集まるとそれはもう大変
あっちでわいわい
こっちでキャーキャー
まさに大騒ぎである
そんな騒ぎの中で一際盛大な大音量が聞こえてきた

ドゴォーン

ドガァーン

まるで大砲でも撃ったかの様なその音を、周囲の者が気にする素振りはいない

ああ、またか

とその音を聞いた者は胸中で静かに手を合わせるのであった
「くくく、相変わらずだなアイツは」
そんな暗黙の了解の中、暢気にお茶を啜る百鬼の主の姿があった
白銀の長髪をたなびかせ、上座で脇息に身を預けながら響いてくる大音響に苦笑していた
「まったく笑い事じゃありませんよリクオ様」
苦笑する主のもとへ、食前酒を持ってきた妻が溜息混じりに呟いてきた
そんな妻を隣に侍らすと、主の姿へと変わっていたリクオはまたしても苦笑する
「だってなぁ……言って聞く様な奴じゃないだろう?」
眉根を寄せて見上げる妻の顔を覗きこみながら、困ったようにそううそぶく夫に、つららも「そうですね」と諦めたように頷いた

言って聞くなら既にしている

頼みの夫のその言葉に、つららは落胆して肩を落とすと、先程の音が聞こえてきた庭に視線を向けた
そこには

ぼこぼこと空いた穴、穴、穴

これでもかと言うほど空きまくったその落とし穴に、つららはまたもや盛大な溜息を吐いた
「毎回毎回、あれ埋めるの大変なんですよ」
そんな夫婦の元へ、頬を引き攣らせた側近の一人が声をかけてきた
手には二人分の膳を持っている
リクオとつららの分だ
「あら毛倡妓ありがとう」
つららは慌てて立ち上がると、毛倡妓から膳を受け取った
「もう、身重なんだから無理しちゃダメってあれ程……」
目立ち始めた側近仲間のお腹を心配そうに見下ろしながら言うつららに、毛倡妓は「大丈夫よ」と肩を竦めてみせた
そして
「リクオ様からもよく言っておいて下さいな。毎度毎度あんな悪戯をされちゃこっちが迷惑だって」
つららの話もそこそこに、出産はいつだっけ?と暢気に聞いてくる主へと毛倡妓は溜息も露わに再度お願いしてきた
その言葉にリクオもつららも頬を引き攣らせる
「ん〜それは……」
「そう簡単には、いかないのよねぇ」
夫婦揃って肩を竦めると溜息と共にそう答えてきた
「お二人の気持ちもわかるんですけどね〜、とばっちり受けるあたし達も堪ったもんじゃないのよ」
何とも頼り無い両親達に、やれやれと毛倡妓は嘆息すると音の原因に視線を移した
穴ぼこだらけのその庭の奥――
被害を免れた枝垂桜の根元にソレ達は居た



「いい加減、観念なさい!」
「いや〜、ははははは」
美しい鈴のような音色の金切り声に
その場の殺伐とした空気をぶち壊す暢気な笑い声

長い黒髪に白い着物を身に纏った少女と
長い黒髪に黒い着流しを身に纏った青年が対峙していた

黒髪の少女は眉間に皺を寄せると氷の息を青年に向かって吹きかける
それはあっという間に巨大な氷の岩になり青年目がけて落ちていった

ドズン

辺りに鈍い地響きが伝わる
岩の半分が地面にめり込み巨大な穴を作り出す
しかし、ふわりと浮いた氷の岩の下には何もいなかった
あるのはぽっかりと空いた巨大な穴だけ
それを見て少女は「チッ」と舌打ちした
「危ないなぁ〜」
すると頭上から声が聞こえてきた
その暢気な声に少女は空を振り仰ぐ
己の作った巨大な氷の岩の上――

そこにちょこんと腰を下ろした黒髪の青年
その姿に少女はまた舌打ちした
「いい加減私にやられてお終い!そうすればこの組は安泰なんだから」
少女はぎろりと青年を見上げながら物騒な言葉を吐く
そんな少女の言葉に青年は大袈裟に肩を竦めて見せた
「はははは、姉上のように僕はそんなに野心家ではないんですけどねぇ〜」
そう言ってひらりとその氷の岩から飛び降りた
その瞬間無数の氷の礫が青年を襲う
飛び降りた青年の体は空中で自由を失い、無数の礫に貫かれる
その様子をにやりと口元に笑みを作りながら少女は見上げる
しかし――

「な……」

次の瞬間、青年の姿は霞のように揺らめいたかと思ったら闇夜に霧散した
少女はぎりっと唇を噛み締めると、大広間へと視線を向ける
その大広間の奥
上座に一番近いその場所に
先程攻撃した筈の青年の姿を見つけた
またしても舌打ちする少女
その時

「ご飯ですよ〜」

本日の強襲の終了を告げる声が響き渡った

[戻る]  [アンケトップ]  [次へ]