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「良かったわね〜つらら♪」
数日後、大事に至らなかったつららの容態は回復し起き上がれるまでになっていた
しかし、まだまだ油断は禁物と奴良家専属医師にきつ〜く注意されていたつららは未だに布団から出ることを余儀なくされていた
その為、何を思ったのか仲間の毛倡妓が甲斐甲斐しくも世話を焼いてくれるのだが

ぜっっったい、苛められてるわよね

嬉しそうにウサギちゃんリンゴをフォークに刺して「あ〜ん」と言ってくる毛倡妓の姿は嫌がらせ以外の何ものでもない
しかも先程の言葉である
一部始終を知っていると言っても過言ではなさそうなこの女妖怪に、いいように苛められていたのであった

まったく水臭いじゃない

何よもう!

という怒りの念が聞こえてきそうだ
つららは、はぁと溜息を吐き出すと項垂れた
「まだ気分が悪いの〜?あ、それとも私なんかじゃ嫌なのかしら〜♪」
目が笑っている
おほほほほ〜、と何やら企んでいそうな同僚の表情につららはまたしても盛大な溜息を吐くしかなかった
毛倡妓の怒る気持ちもわかる
散々心配かけた挙句
いつの間にやら見合い騒動は一件落着していて
そして自分のこの姿

目覚めてすぐ毛倡妓から一喝されたのは言うまでもない
涙を一杯溜めて「どうしてあんたはもお〜〜」と何度も怒鳴られた
そんな優しい同僚に心配かけてしまったのも悪いと思う
しかも死にかけ
多大なる迷惑をかけてしまったつららの元へ連日のように仲間達が顔を出してくれていた
それにもう一人

「つらら、起きてる?」

襖越しにかけられた声につららは一瞬で緊張した
ぎゅっと布団を握り締める
突然体を強張らせて俯いてしまったつららに気付いた毛倡妓は
にやり
悪戯な笑みをその美しい顔に張り付かせてくるりと立ち上がった
「は〜い♪起きていますわよ〜」
実に楽しそうに部屋の襖を素早く開けると、廊下の向こうに立っていた人物へと極上の笑顔を披露した
そして、ちらり
背後で硬直しているつららへと不適な笑みを送ると、「ではごゆっくり〜」と愉しそうに部屋から出て行ってしまったのだった

ぱたん

一瞬の沈黙
部屋へと入ってきた人物につららは恥ずかしくて顔を上げることができない
真っ赤な顔をしたまま布団を握り締めて俯いていた
そんなつららに気付いているのかいないのか、入ってきた人物――リクオはつららの横へと腰を下ろすと顔を覗き込んできた
「気分はどお?鴆君はまだ安静にしてなきゃダメだって言ってたけど……」
探るようなその視線につららは更に瞼をきつく閉じる
「も、もう大丈夫です……心配おかけして申し訳ありませんでした」
つららは次の瞬間叫ぶようにそう言うと、がばりと土下座してきた
突然の行動にリクオはぱちくりと目を瞬かせてつららを見下ろす

私ったら私ったらどうしてこう迷惑ばかり……

あの時、助けてくれたのは他でもないリクオ本人だったと後から聞かされた
そしてどこをどう説得したのか見合い相手のキミヨは次の日逃げるように帰って行ったというのだ

結局私は何のお役にも立てなかった……

目が覚めて話を聞いたつららは心底落胆した
結局主に気を使わせて、浮かれて、そして狙われた
この、ていたらく
穴があったら一生入っていたい
自己嫌悪に陥りながら肩を震わせるつららに、リクオの困ったような声がかけられた
「あ、その……気分悪いみたいだから僕はこの辺で……」
主の困ったような声につららはがばりと顔を上げた
「そ、そそそそんな!申し訳ありません、せっかくせっかくリクオ様が来て下さったのに!はっお茶、お茶今淹れますね!!」
そう言って思わず立ち上がろうとしたつららは、布団に足を引っ掛けそのまま前のめりにつんのめってしまった
それを颯爽と助けたのはリクオ本人で
顔面から布団にダイブしようとしていたつららを器用に受け止め己の腕の中でキャッチする
リクオの胸の中へと方向転換させられたつららはまたしてもパニックに陥った
「す、すすすすみません」
つららは己の失態を恥じ、しかもリクオに抱きとめられているという事実に顔を真っ赤にして暴れた
「つらら大丈夫?」
しかし暴れるつららは馴れっこ、とリクオは動じる風も無い
ずいっとつららへ顔を近づけると探るように覗き込んできた
その近さにつららは固まる
顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた
「ん〜〜〜〜」
リクオはそんなつららを他所に頬に手を当てたり瞳を覗き込んだり
終いには額同士をくっつけて熱を測りだしてきた
いつにないその密着具合につららは沸騰寸前である
ぷしゅ〜と音を立ててとうとう項垂れてしまった
力の抜けたつららの体を抱き直すとリクオはそっと耳元で囁く
「ねえつらら、つららの体調が治ったら伝えたい事があるんだけど」
甘く蕩けるようなその物言いに、落ちていたはずのつららががばりと顔を上げた
「え?え?あの、それは……」
あわあわと不安そうな視線を寄越してくる
お役御免だ〜とか、クビだ〜とか言われると思っているのであろう、みるみる内につららの顔が不安そうな表情に変わっていった
そんなつららの心を読み取ったのかリクオはくすりと苦笑を零すと
「あはは、今のつららに言ったらそれこそ気絶しかねないからね、元気になったら教えてあげるよ」
だから早く良くなれ、とリクオは微笑んだ
「は、はぁ……」
内心不安でどきどきのつららは気づかない
リクオはつららが回復した後何を言おうとしているのか
何を伝えようとしているのか
その答えは

あと数日





『キミじゃないとダメなんだ
ずっとずっと側に居て』



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