リクオは一人、自らが作った落とし穴の中で考えていた
確かに単純な青田坊や黒田坊と違い、少しでも頭のきれる者ならば、そう簡単に罠に嵌ることはない
だが、そこは元は超の付くほど悪戯小僧であった奴良リクオである
罠に誘導するべく何重にも張られたトラップ、言葉の魔術、駆け引き等々…様々な技巧を凝らしたそれらは、ある意味芸術作品と呼んでも過言ではないほどの出来であった
しかし、それにも関わらず氷麗の父親は捕らえられない
穏やかに微笑んで、飄々と、まるで自分達“ぬらりひょん”のように罠をかわしてしまう彼は、リクオよりも一枚も二枚も上手であった
今回も気が付けば、自身が自身の罠に落ちていた
リクオは何故だろうかと首を捻った
いかに相手が切れ者といえど、自分がこうも簡単にあしらわれるなどありえない
何かわけでもあるのだろうかと、それが彼の〈畏〉なのだろうかと、リクオが深く考え始めた時だった
頭上に影が射し、よく見知った顔が生首のリクオを見下ろした
「おうおう、リクオ
氷麗ちゃんを落とすのに、大分苦労してるみたいだなぁ」
その場に屈み、そうリクオに声をかけたのはこの組の現在の主、二代目の鯉伴であった
「親父…」
「しかもまた、えらくこっぴどい目に合わされてんなぁ、おまえ
けどまあ、自業自得か
雪麗さんならそんな罠なんかしかけねぇだろうし、大方あの桜の旦那に返り討ちにでもあったんだろう?」
そう言い、くつくつと笑った自身の父親に、リクオはぐっと言葉に詰まった
しかしそんなリクオに鯉伴は文字通り救いの手を差し伸べた
落とし穴から救出されたリクオは、パンパンと埃を払うと不思議な目で父を見た
リクオの知る父はこんな時笑いながら、彼の言葉を借りるならば『粋な言葉』、リクオからすれば『ただの無責任な発言』を残し、その場をさっさと去ってしまうような男だった
それがこうして自身を助けてくれるだなんて、何事だろうかとリクオは訝しんだ
すると、そんな息子の視線の意味に気付いた鯉伴はぼりぼりと頭をかきながら言った
「おまえ、あの桜の旦那にいいようにあしらわれるの、なんでだか分かるか?」
そんなタイムリーな鯉伴の質問に、リクオは父が何かそのわけを知っているのかと逆に訊ねた
すると、鯉伴は明後日の方向を見ながら言った
「それ、たぶん…俺のせいだ」
と。
そんな鯉伴の思いもよらぬ言葉に、リクオは父親の胸倉を掴み詰め寄った
「ああ!?
親父、そりゃどういうことだよ!」
「まあまあ、そう興奮するな
いや、何、おまえも小せぇころは結構な悪戯小僧だったが、俺も子どもの頃はかなりやんちゃでな
あの手この手で、色んな悪戯を庭中に仕掛けて、たくさんの妖怪を罠に嵌めてたんだが…」
そこまで聞いたリクオは、父親に冷たい視線を向けた
「じゃあ、俺の罠がああも簡単に見透かされんのは、親父の仕掛けた悪戯の傾向と対策を、ずっと庭で見ていたあの氷麗の親父さんがバッチリ把握しちまってるからだってのか?」
「はは、まあそう言うこった」
「お〜や〜じ〜!!」
「息子なら親父の背を超えていけってな
それに義理の両親になろうかという人たちを罠に嵌めようとするのが、そもそも間違ってるんじゃねえか?」
「うっ、それはそうだけどよ…
だけど、そうでもしねぇと俺、氷麗に近づくことさえ出来ねぇんだぜ
最初はノリノリで俺と氷麗をくっつけようとしてたのに、こっちがその気になったら、あんな鉄壁ガードって酷すぎるだろ!?」
そう叫んだリクオの元に、折よくちょうど噂をすればなんとやら、氷麗の両親が現れた
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