ぱたぱたと、妖怪達が屋敷の中を駆け回る忙しない昼下がり。
今日は緊急の総会が開かれることになった。

事前に予定されていなかっただけあり、屋敷中は大忙し。
台所と会場を行き来する妖怪達で廊下はごった返している。



「みんな、いきなり集まってもらってすまねぇな」

上座から礼の言葉を投げる三代目総大将― 奴良リクオ

「なんだってんですかい、一体・・」

一つ目入道がいつもどおりの調子で噛み付く。

これは最近になって巷を騒がすようになった妖怪の対応について、話し合うための召集であった。 普段の総会と違って周りは喧騒に溢れている。
膳を運び込む女中妖怪の出入りが激しい。

「はい、膳の方失礼致します―」

その中に紛れ、同じく慌しく膳を持って駆け込む彼女の姿もあった。

「あ、氷麗の姐さん・・・ありがとうございます」
「いえいえ、では」
そう言っていそいそと再び引き返して行くつららの背中を見つめる彼。
今では立派に関東大猿会を取り仕切る猩影だ。
今まできりっと張り詰めた顔をしていた彼の顔が綻ぶ。
それを上座から鋭い眼光で見ているリクオに気がつき、すぐに気を引き締めた。
リクオは視線をそらさなかった。

気に入らねぇ―

最近になって、猩影がこの本家に頻繁に出入りするところを見かける。
組の状況報告という名目で訪れているようだが、リクオには分かっていた。
彼はそんなことのためだけに来ているわけではない。

ふん・・・いい子ぶりやがって。

そんな呟きも、この喧騒の中では誰にもその呟きが聞こえるはずはなかった。
もう一度リクオは猩影の方へ一瞥くれると、正面に向き直って総会を仕切りにかかった。
女中妖怪達の出入りが大人しくなったのを確かめ、口を開ける。

「んじゃ、始めるぜ」―





「はぁ・・ひと段落ですね」
「良かった、間に合って・・つららちゃんもご苦労様」

そう言いながら食器の洗い物をする若菜の手から皿が飛び出す。

がっしゃーん、

「・・・若菜様、お願いですからこれ以上仕事を増やさないでください」
それをため息混じりに片付ける毛倡妓。


すると、ざぁざぁと激しい雨音が鳴り出す。

「あっ・・いけない。私洗濯物を取り込んできます!」

そう言ってつららはぱたぱたと駆け出した。



「もうっ・・・今日は晴れるって言ってたのに」

予報に悪態をつきながらもはや手遅れとも思える洗濯物達を抱えて屋敷へ駆け込む。

ざっ・・

その時、廊下に人の気配を感じて振り向いた。

「あっ・・・」
「よう、ゆきんこ」
「牛頭丸・・・あなたまだいたの?」
「つれねぇなぁ、そう言うなって」
「だってあなた、もうとっくに本家預かり解かれたでしょ?さっさと帰りなさいよ・・!」

キッと睨みつけるつららを物ともせず、牛頭丸はずいと詰め寄る。

「よわっちぃくせに強がんなよ」
「っ・・・リクオ様は私がお守りするの」
「はぁ・・?傘下の妖怪一人退けられなくて、何がお守りする、だ」

つららは固く唇を噛んだ。
そんなの随分昔の・・・そう、まだリクオが12歳の頃の話。
あれからつららも自分なりに修行を積み、並大抵の刺客はねじ伏せられるほどに強くなった。

「もう私は・・あの頃とは違うのよ」
「へぇ・・じゃあ見せてもらおうか。この俺を退けてみろ」

そう言うと、牛頭丸はつららの肩にがっと手をかける。

「っ・・・何を・・・!」

つららは反射的にその手をぱしっと払いのけた。
そして憤怒の様相でぎらりと牛頭丸を睨みつける。

「おーおー・・怖えぇ目すんじゃねぇか。伊達に雪女じゃないってことね・・」
「汚い手で・・私に触らないで」
「言わせておけば・・・」

カチンと来た牛頭丸は、つららに掴みかかった。



「あーいた牛頭丸!・・・と雪女ぁ?」

そこへ現れたのは馬頭丸。
牛頭丸が今にもつららへ襲い掛からんとするその光景を目の当たりにし、目をぱちくりさせている。

「・・・何やってんの?牛頭丸」
「っち・・・なんでもねぇよ。いくぞ!馬頭丸」

つららを掴んだ手をさっと離し、踵を返して去っていく。

つららはその背中を醜そうに睨みつけていた。





「―というわけで、今日はこれでしめぇだ」

リクオは会議の締めを宣言すると、だるそうに腰を上げた。
長引く会議に疲れきった貸元達は口々にため息を漏らして身体を崩す。

「・・・と、猩影。ちっとこい」

突然指名された猩影は、一度気を抜いた身体に緊張を走らす。
無表情で頷くと、その背中に続いた。



猩影がリクオの自室へ通されるのは随分久しぶりのことだ。
彼の背に一抹の緊張が駆け抜ける。

「まぁ座りな」

そう言って促すと、リクオはどっかと腰を下ろした。

「は、はい・・・で、一体なんでしょうか?」
「最近どうなんだ?・・・組の方は」
「え、・・順調に復興しております。散り散りになった者達も続々と戻ってきてますし」

固くそう報告すると、ちらりと総大将へ見やる。

「ほう・・・そりゃよかったじゃねぇか」
「はい・・・」

あっさり会話が切れてしまう。
目の前の彼が何故自分を呼び出したのか、さっぱり分からなかった。
何を考えているかわからない―
それが彼の専売特許みたいなもの。

しかし、まさかそんな他愛の無い話のためだけに呼ばれたのではないことだけは分かる。
それは射抜かれそうな鋭い眼光だけで伺えた。

「おめぇ・・・好き、だろ?」
「はい?」

一瞬、何のことだか分からなかった。
しかし、その睨みつけるような眼差しでなんとなく理解する。
先程から浴びせられる視線の意を解した。

「分かってんだろうか・・・うちの側近が、だ」
「・・・っ」

一寸の狂いもなく射抜かれたその言葉。
分かってはいたが―
あまりに図星を突くので思わず動揺に顔を歪ませてしまう。

その正直な反応に、リクオはさらに目を細めて問い立てる。

「滅多なことはしないほうがいいぜ・・」

その表情は決して仲間に向けられるものではない。
悪鬼でも見るようなその険しい顔。
薄暗い部屋に揺れる、紅く燃え滾るような眼光。

そう― 彼は自分を敵と見ている。
猩影は身を震わせた。

「あら?電気もおつけにならないで何を・・・」

そんな戦慄漂う空間に似つかわしくない、明るい声音。

「氷麗の姐さん・・」
「あら、猩影君?・・・リクオ様どうされたのですか?そんな怖い顔されて・・・」

つららはリクオのただならぬ剣幕にびくっと震える。

「あぁつらら、なんでもねぇよ」
「お話の最中でしたら私、下がりますね」
「あ、待ってください姐さん―」

思わず止めてしまう。
そうしてから、しまったと思った。

その瞬間―

背後に冷たい戦慄が走って振り返れば、立ち上がったリクオが無表情で腰のドスに手をかけ、ギラリと僅かに刀身を光らせている。

「さ、三代目・・・?」

その今にも抜き放たれそうな刀身から目が離せない。

「り、リクオ様・・・何を・・・」

見れば、つららがへたりと腰を落として目を見開いている。

リクオは何も言わず静かにそれを収めた。

「いやなんでもない・・・もう終わるところだったんだ。つららは酌の準備でも頼む」

そう言うとリクオは猩影をちらりと見やる。
さっさとついてこい・・・
そう言っているようだった。





廊下を歩く彼の足は不自然なほどに静かだ。

「猩影」
「は、はい」
「俺だって人の血の通った妖怪だ・・・」
「・・・?」
「血が昇れば、何するか・・・わからねぇからな?」
「・・・・っ!」

一見穏やかな彼の口調に顔を上げて見れば、先程のような鋭い眼光がこちらを見ていた。



「あ、おかえりなさいリクオ様―」
「おう」
「あ、あの・・・先程は一体・・」
「どうもしてねぇよ。気にすんな」
「で、でも・・・」
「んなことより、酌してくれねぇのかい?無性に飲みてぇ気分なんだ」
「あ、はい・・」

つららは納得がいかないような顔をしながらも、徳利を傾ける。
こうなった主はいくら聞いても無駄だろう―
経験上、嫌というほどそう分かっている彼女はそれ以上何も聞きはしなかった。





「ところでつらら・・・」
「はい?」
「さっきから・・・落ちつかねぇようだが、どうかしたか?」
「え・・・?いえ、どうも・・」
「嘘つけ。何かあったのか?」

何も考えていないようで
何も気づいていないようで
この主は掴み所無く、全てを見抜いてくる。

努めて平静を装っていたつもりだったが、この人にはそれも通用しない。
そんなこと、何年も前から分かっていたこと―

「そう、見えます?」
「あ?それ、隠してたのか?」
「っ・・」

こっちは主に無駄な気苦労をかけぬようにと、何食わぬ顔を通していたというのに。

相変わらずこの方には敵わない―
つららはふうっと息を吐いて諦めると、抑えていた怒気を込めて言った。

「・・・牛頭丸のやつです」
「牛頭丸?あいつ、まだうちにいたんだっけか」
「はい!あいつ、何かと私につっかかってくるんです・・!」

つららは沸々と湧き上がる怒りに身を震わせながら言った。

「・・・一体何された?」
「今日なんか、いきなり掴みかかってきて・・・本気で永久凍結させようかと思いました」
「・・・」

リクオの中で何か、熱いものが湧き上がってくるのを感じた。
つららの怒りとはまた別の―
もっとどす黒く、渦巻くような怒りの炎が。

「あの・・・リクオ様?」

リクオの様子がおかしいことに気がついたつららが心配そうに話しかける。

「つらら・・・」
「はい?」
「二度と、あいつに近づくんじゃねぇぞ」
「・・・私から近づいてるわけじゃありません!いつだってあいつの方から・・」
「いいな!」
「ふぇ!?は・・・はい」

突然語気を強めたリクオに驚くつらら。

「きょ、今日のリクオ様はなんか・・・変ですよ?」
「わりぃ、疲れてるんだ・・・」

リクオはそう言って腰を上げると、すでに敷かれた布団へ潜り込んだ。

「もうっ・・・おやすみなさい、リクオ様」

つららは小さいため息の後、礼をして自室へ引き上げた。

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