おまけ
「ところで・・・・なんでアンタがこんな所に居るのよ!?」
娘から母へ
母の日のプレゼントを渡すという感動的な場面
その穏やかな空気を引き裂くように、女の凄みの利いた声が突然響いてきた
「はあ?」
それまで親子の感動の場面に立ち会えていた男は、突然聞こえて来たその声に素っ頓狂な声を上げながら女を見る
そこには――
鬼女の如く怒りの形相をした雪女の顔があった
「あたしの娘に手ぇ出したら承知しないわよ!」
「ちょっ、待った何でそうなるんだ?」
くわっ、と冷気を片手に出現させながら雪女――雪麗が鯉伴を睨みつける
対する男――鯉伴は突然怒り出した女に訳が分らないと後退った
「お、お母様?」
「つらら、あんたはこっちにいらっしゃい」
慌てて止めに入ってきた娘を雪麗は庇うように背後へと隠す
その行動に鯉伴はたまらないと首を激しく左右に振って抗議した
「待てって、俺はその子の相談に乗っててだな・・・・」
「だまらっしゃい!アンタあの色ボケ総大将に似てロリコンっ気があるんだから近寄らないで!」
まるで変質者扱いである
雪麗は娘を守るように両腕で抱え込むと、キッと鯉伴の顔を見上げた
そして
「この変態!!」
という罵声を浴びせかけてきた
その言葉にさすがの鯉伴もぶち切れる
「んだとこの鬼ババ!俺はその子があんたに渡すものが分らないって言うから相談に乗ってやっただけだ!」
「はあ?よく言うわこのスットコドッコイの鼻垂れ小僧、あんたのオシメ取り替えてやったのは誰だと思ってるのさ?」
「そんなの今は関係ないだろう!!」
「はん、この子誑かすなんざ百万年早いって言ってるんだよ」
「だから俺はロリコンじゃねえ!大体この前親父に『息子の爪の垢でも飲ませてやりたい〜』って言ってたのはどこのどいつだよ?」
「あれはあれ、これはこれよ!」
「意味わかんねえよ鬼ババア!!」
「何ですってこの糞ガキ」
「何だと〜?」
「何よ!」
ぎりぎりぎりぎり
二人鼻先が触れ合わんばかりの距離で睨み合う
「お、お母様・・・・」
そこへ少女が割って入ってきた
「ああ、つららちゃんこの鬼ババに言ってやってくれよ〜」
その途端、天の助けとばかりに鯉伴はつららの方へと顔を向けた
そして「お願い」と少女へ手を伸ばした瞬間
ズガバキドゴーーーン
目にも止まらぬ神速で雪麗の鉄拳が炸裂してきた
フルスイングで繰り出された鬼ババ雪女の豪腕は、見事鯉伴の左頬にクリーンヒットし
それをかわす間もなくもの凄い勢いで庭の木々をなぎ倒し、塀をぶち破って空の彼方へと吹き飛んでいった
その光景を至近距離で見てしまった少女は
ぽかんと
口をあんぐり開けたまま暫しの間固まっていた
「大丈夫つらら?」
何か変な事されなかった?とくるりと振り返って聞いてきた母の声で少女は我に返る
「あ、あのお母様・・・・鯉伴様は?」
大丈夫なのですか?とつららは心配そうに母に訊ねた
その質問に母、雪麗は
「ああ、大丈夫よ」
体だけは頑丈だから、としれっと答える
「そ、そうですか・・・・」
その言葉につららは冷や汗を流しながら頷くほか無かった
やっぱり母は強い
少女はこの時心の中でそう思った
そして悟る
何者も母には逆らえないのだと
「後で鯉伴様に謝っておこう」
少女はそう呟くと、心の中で空のお星様になってしまった総大将に両手を合わせるのだった
「俺はまだ死んでな〜〜い!!」
チャンチャン
後日談――
「あ、あの・・・・」
春の日差しが穏やかな午後
部屋の前の縁側で午睡を貪っていた男のすぐ近くから、小さな可愛らしい声が聞こえて来た
「ん・・・」
男は片目を開けて声のした方に視線を向ける
そこには
真っ白い着物に身を包んだ小さな童女が立っていた
「ああ、つららちゃんか・・・・どうしたの?」
男はむくりと上半身だけを起きあがらせると童女に向かって優しく微笑んだ
「あ、あの・・・・先日は母が失礼を致しました」
胸の前で手をもじもじとさせながら、つららと呼ばれた童女は勢いをつけて頭を下げてきた
その童女の行動に男は軽く目を瞠る
なんともまあ
律儀な少女だと
「ああ、別にいいよ気にしてないし・・・それに今更だしね」
男はそう言って肩を竦めながら笑ってみせる
「す、すみません・・・・」
少女は男の言葉にバツが悪そうに肩を竦めてみせた
「それより良かったね、鬼バ・・・お母さんが喜んでくれて」
それを見ていた鯉伴はくすりと笑みを零すと、片目を閉じながら少女に言う
「はい、これも鯉伴様のお陰です、ありがとうございました」
そう言って少女はまた深々と頭を下げてきた
「いいって、いいって、俺もつららちゃんが喜んでくれて嬉しかったし」
うんうん、と少女の頭を撫ぜながら少女に向かってまた微笑んだ
良くできた娘に鯉伴は感心しながら「俺にもこんな娘が欲しいなぁ〜」などと胸中で呟いていると
「あ、あの・・・これ良かったら」
「ん?」
少女がおずおずと差し出してきたものを鯉伴は首を傾げながら覗き込んだ
そこには――
一本の桜の枝
庭に咲く枝垂桜の枝が満開の花びらを称えて少女の手の平に乗っかっていた
「お、折ったのではなくて・・・近くを歩いていたら突然落ちてきて・・・その」
しどろもどろになりながら必死に説明する少女に、鯉伴はくすりと笑みを零すと
「ありがとう」
そう言ってその枝を受け取った
笑顔で受け取る男に少女はほっと安堵の息を零す
「や、やっぱりお似合いですね」
「あん?」
少女は両手を胸の前で合わせて嬉しそうにそう言ってきた
その言葉に「俺が?」と鯉伴は苦笑する
「はいとても、上手く言えないですけど桜に好かれているというか、守られているというか、そんな気がしたもので・・・・その」
少女は自分が言っている事が酷く失礼なことのように思えてきてしまい段々と語尾を弱めていった
そんな少女に鯉伴は
「ああ、俺は桜の精に守られてるからね」
そう言って優しく微笑んだのであった
そう
桜の精に守られている
ずっとずっと昔から
生まれた時からずっと
見守られているんだ
ねえ
そうだろう
母さん
鯉伴は少女から貰った桜の枝を見つめながら心の中でそう呟く
そして
あの人が逝ってから俺の事を見守ってくれていた女
あんたもまたあの人の事が大好きだったんだよな
今はここにはいないもう一人の母に鯉伴は胸中で呟く
あの女が桜の花が好きな理由を呟きながら
鯉伴はゆっくりと顔を見上げると、よしよしと大きな掌で少女の頭を撫でる
「母の日ってのはいいもんだな」
「はい」
少女と男
二人仲良く縁側に座りながら目の前で咲き誇る桜の花を眺めていた
了
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