ズドドドドドドドド
突然響いてきた地鳴り、ぞくりとする程の強大な妖気に酒を呷っていた頼豪は盃を投げ捨てて立ち上がった
「来やがった」
得物を構えて忌々しげに舌打ちする
闇夜の中、うぞうぞと蠢く気配が自分達を囲んでいた
雲に隠れた月がゆっくりと顔を出すと、真っ暗だった辺りも月明かりに照らされ徐々に周りの景色が見えてくる
サアァァァァァ
生暖かい風が通り過ぎるのと同時に、頼豪の周りの景色は月明かりに照らされはっきりと見えるようになった
そこには――
月明かりの下、瞳を爛々と光らせた百鬼達がいた
頼豪たちを取り囲んでいる百鬼夜行は、襲い掛かる合図を今か今かと待っている
その光景にごくりと喉を鳴らすと、頼豪は皮肉たっぷりに口元を歪めて先頭に立つ男に向かって言った
「たかだか下僕一人にこの数たぁ、百鬼の主も肝っ玉が小せぇなぁ」
「鉄鼠てめぇ、俺に潰された腹いせか?」
「ああ?はっ、そんなもん別に仲間なんざいくらでも呼べるさ」
そう言いいながら頼豪が指笛を鳴らすと、ぞろぞろと草むらの影から何百匹ものネズミが現れた
「な?」
そう言って頼豪はにやりと笑った
百鬼の群れを更に取り囲むように現れたネズミ達にリクオは一瞬目を瞠る
しかしすぐに平静を取り戻すと口角を上げにやりと笑った
「鼠の大将って所か、盗賊も偉くなったもんだな」
リクオの厭味に頼豪は鼻で笑い返す
「ふん、ネズミ風情と侮ってると痛い目見るぜ?」
「そうかい」
キイィィン
次の瞬間、刃と刃がぶつかり合う固い金属音が響いた
互いの得物を交差しながら至近距離で睨み合う
「つららはどこだ?」
「へえ、つららって言うのかあの女」
「答えろ!」
ゴオォォォウ
リクオの明鏡止水が頼豪に襲い掛かるが、頼豪はそれをひらりと交わし木の上に降り立った
「はははは、残念だったなぁその技は一度見てるんだよ」
「・・・・・」
嘲るように笑う頼豪をリクオは無言で睨み上げると、だんっと頼豪めがけて跳躍した
ガギイィィィィッ
頼豪めがけて振り下ろされたリクオの弥々切丸は、本性を現わした頼豪の牙によって受け止められてしまった
「な・・・」
巨大な牙は月明かりに照らされてギラギラと鈍い銀に輝き
体を覆う体毛は鋭く、まるで針の山を髣髴とさせる
鉄の牙と石の体毛に覆われた頼豪は、まるで巨大な鼠の石像のようだ
その姿にリクオは息を飲んだ
「ひゃははははは〜、驚いたか?おうよ俺の体は石でできているんだ、しかも俺の牙は鉄だぁ〜そんな鈍ら刀なんぞきかねえよ」
下品な笑い声を上げながら、頼豪は勝ち誇ったように言うと大きな前足をリクオめがけて振り下ろした
ブンッ
「!!」
リクオを捉えた腕はするりとその体をすり抜け空を切る
その次の瞬間、ブシュウと音を立てて頼豪の右腕が肩から切り落とされた
「ぐ、ぐああああああ俺の、俺の腕がぁ!!」
頼豪は切られた肩を押さえながら、ズウゥゥンと地響きと土煙を上げて地面に倒れ、のた打ち回る
もうもうと土煙が上がる中、爛々と怒りに瞳を光らせてリクオは冷ややかに頼豪を見下ろしていた
「つららはどこだ?言え!」
「く・・・・」
頼豪は苦しそうに呻きながら背後の林の中を顎で指し示す
「こっちか」
用はもうないとばかりにリクオがその林の中へ進もうと背を向けた瞬間――
ガバリ
頼豪の首が胴体から離れ、巨大な牙がリクオめがけて襲い掛かった
「!!!!??」
しかし、リクオまであと数ミリ、という所で頼豪の頭は動きを止めてしまった
見るとピシィッと張られた細い紐によって頼豪の頭が絡め取られていた
「お前の相手は私達だ」
声のした方を振り返ると、いつの間に近くまで来ていたのか首無しが立っていた
否、首無をはじめリクオの側近達がリクオを守るように頼豪を取り囲んでいた
「んな?俺の部下は?」
「あんなモノ本気を出すまでもない」
「ああ」
「その通りね」
黒田坊が閉じていた片目を薄っすらと開けながら言うと、他の側近達も頷く
周囲を見渡すと下僕のネズミ達の姿は無残な姿に変わり果てていた
圧倒的な力の差に頼豪は悔しそうに顔を歪める
「リクオ様、雪女を」
「ああ、後は任せたぜ」
首無の言葉にリクオは頷くと、林の中へと消えていった
「さてと、どうするこやつ?」
「ん?ああ、やっちまっていいんじゃねえか?」
「ああ、この前貸元の所に盗みに入った盗賊だろう?」
「リクオ様が懲らしめたとか言う奴か?」
「う〜ん、恨んでそうだね〜」
「そうね、後々害になりそうね」
ふふふふ、と怪しい笑みを称えながら側近達は口々にそう言う
「ま、まてお前ら、そうだ奴良組、俺も奴良組に入るぜ、なあいいだろう?」
その姿にぞくりと肌を粟立たせながら頼豪は見苦しくも命乞いをしてきた
そんな頼豪に側近達は心底嫌そうな顔を向ける
「御免だな、こんなやつが入った日にはリクオ様の命が危ない」
「そうね、いつ裏切るかわかったもんじゃないわ」
「だな」
「ああ」
「そうだね〜」
側近達の見下ろす中、頼豪は恐怖に震え上がった
お前が雪女を攫ったせいで俺たちがどんなに大変な目に遭ったか思い知らせてやる
にこにこと身も凍りそうな笑顔を張り付かせた側近達の顔には、はっきりとそう書いてあった
そして次の瞬間――
「暗器黒演舞」
「殺取」
「みだれ髪」
「剛力礼讃」
「河童忍法」
奴良組側近勢の本気の畏れ全発動!
ちゅどーーん
派手な音を響かせて天高く巨大な鼠が吹き飛んでいった
その後、頼豪の姿を見たものはいなかったそうな
月明かりの薄暗い山道を暫く進むと小さな山小屋が見えてきた
ああ、ここにいるな
リクオはその山小屋を見て心の中で思った
その小屋は、見るからに冷たそうな分厚い氷に覆われていた
「・・・・・・・」
扉の部分に手を触れると、芯まで凍りそうなほど冷たい冷気が手の平を伝ってくる
慌てて手を離したリクオは、さてどうやって中に入ろうかと首を捻った
チャキリ
弥々切丸を構えるとその扉を一刀両断する
パキィィィンと真っ二つになった扉は足元に転がり、リクオは弥々切丸を懐にしまうと小屋の中へと入っていった
「つらら」
真っ暗な闇の中、側近の名を呼ぶとその部屋の奥で影が動いた
「リクオ様!」
パタパタと駆けて来る足音が聞こえる
戸であった場所から差し込む月明かりに照らされて、一日ぶりのつららの笑顔がそこに現れた
リクオは安堵の息を吐くと、つららの元へと近づき抱き締めようと伸ばしかけた腕が途中で止まった
「つらら、それは?」
「はい?」
パタパタと満面の笑顔で近づいてくるつららは不思議そうに首を傾げると、リクオの前で立ち止まる
「首が・・・何ですか?」
リクオに指差された場所を無意識のうちに手で触りながらリクオに聞いてくる
コレにつららは気づいていないらしい
つららの左首筋の辺り
わざと見える位置にくっきりと色ついた赤い斑点
それはまさしく――
・・・・ンの野郎!
そこで初めてあの男がつららを攫った理由を理解した
つららの首筋を食い入るように見ながらぎりっと歯軋りをする
「え、やだ何これ?」
氷の破片で己の首を見たつららが青褪め声を上げる
「つらら」
「ち、ちちち違うんですリクオ様、こ、これはその・・・未遂と言うか、目覚めたらあの男が首に・・・て、そ、それ以上は何も無いです、本当ですリクオ様」
な、何言ってるの私ったら、これじゃ言い訳みたいじゃない〜
リクオ様と私は主従関係以外の何ものでもないのに、と一人で慌てる自分が恥ずかしくなり俯いてしまった
そんなつららに気づいているのかいないのか、リクオは先程からつららの首を見たまま動かない
「あ、あの・・・」
何も言ってこないリクオに呆れられてしまったと思ったつららは恐る恐る声をかけてみた
すると、そっとリクオの掌がつららの首筋に触れてきた
驚いたつららはリクオの顔を見上げる
そこには――眉間に皺を寄せ、不機嫌そうなリクオの顔があった
リクオは無言のまま、つららの首筋にある赤い跡を指先で触れる
「こんなもん、付けられてんじゃねーよ」
怒ったようにそう言うと、噛み付くようにつららの首筋に吸い付いた
「あ、若」
驚いたつららが逃げようとしたが、腰に手を回して逃げられないようにする
ちゅうっと音を立てて強く吸い付けば、つららの口から甘い吐息が漏れた
「あ、ああ・・・わ・・・か」
その声にざわりと背筋が粟立ち、体の中心が熱を持ち始める
このまま押し倒してしまおうか?
不埒な考えが頭を過ぎったが、側近達がいつ来るかわからない状態でこれは不味いと思ったリクオは名残惜しそうにつららの首から唇を離した
離れる寸前、愛おしそうに己のつけた赤い印をぺろりと舐めると
「ひゃあっ」
と、つららの口から可愛い声が上がった
「まったく・・・お前は隙があってしょうがねえな」
自重しろ、とリクオはそう言うと真っ赤になって首筋を押さえるつららの頭をぽんっと撫でながら苦笑した
「若?」
リクオの行動の意味も言葉の意味も判らないのであろう、つららは不思議そうに首を傾げる
そんなつららに更に眉根を下げて苦笑すると、リクオは心の中で呟いた
たく、この側近は・・・・そろそろはっきりさせねえといけねえのかもな
自由にさせるとすぐ見知らぬ誰かに拉致されやすいこの危なっかしい側近に、そろそろ自分と言う札でも付けておいてやろうかと真剣に考え始める
先ほどつららに付けた紅い『迷子札』をちらりと盗み見ながらリクオはあれこれと思考を巡らす
まあ、とりあえずは帰ったらお仕置きが先だがな
今だリクオの言葉に首を傾げている愛しい側近を見ながらリクオはにやりと笑った
愛しい女に所有の印を――『迷子札』は愛情の証?
了
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