「つららはまだ見つからないの?」


ひぃ〜〜〜〜〜


昼の姿でにっこりと微笑むリクオの姿に、その場にいた側近達は胸中で悲鳴を上げながら顔面蒼白になった
「た、たたた只今捜索中でして、街中のカラス達に昨夜から探させております」
ちょうど報告に来ていたトサカ丸は脂汗を流しながらリクオに現在の状況を報告した
「そう・・・」
「も、申し訳ありません」
笑顔から一変、影を落としたその顔に恐れ戦きながらトサカ丸は土下座した
何で俺が〜と、これならば探索側に回っていた方が良かったと、今現在も徹夜で空を飛び回っている兄弟達を羨んだ
「トサカ丸達も大変だろうけど、つららの捜索を引き続き頼んだよ」
絶対見つけてね、と笑顔を向けてリクオはそう言うと、とぼとぼと元来た廊下を引き返していった
「し、心臓止まるかと思った・・・」
「あの笑顔が怖い・・・」
リクオの去って行った廊下を見ながら側近達は口々にそう言う
昨夜雪女が鉄鼠という妖怪に攫われてからリクオの命令の元、本家総出で雪女の捜索をしているのだが、朝になった今でもその行方は分からないままだった
捜索の合間に下僕の妖怪達からの定期連絡を聞く度にリクオの表情はだんだんと沈んでいく
しかもそれに比例して笑顔が怖くなっていくのだ


これで雪女が見つからなかったら・・・いや見つかっても何かあった日には・・・・


トサカ丸はぶるりと身を震わすと、ばさりと羽根を広げて兄達のいる捜索本部へと急いで戻っていった
「リクオ様寝てないのかな」
「ああ、目の下にくまができてたからな」
トサカ丸の飛んで行った空を見上げながら本家に残った側近達は、先程のリクオの姿を思い出していた
昨夜はあの後、泥田坊という田舎妖怪を思う存分拷問したあと、つららの居場所を聞き出せなかったリクオはそのまま百鬼を引き連れて明け方近くまでつららを探し回っていた
明日も学校があるから早くお休みください、という側近の申し出に渋々ながらリクオは従い本家に帰った時には空が明るくなり始めていた頃だった
たぶんあれから一睡もしていないのであろう
健康そうな肌は幾分かやつれ、大きなその瞳は充血し瞼が腫れて痛々しい


早く探さねばリクオ様が倒れてしまう


と、今日もいつものように学校へ行くであろうリクオを心配し、リクオ贔屓な側近達は固く心に決意すると皆一斉に捜索へと駆け出していった





一方その頃、都心から離れた山深い場所にある錆びれた小屋の中
手足を縛られたつららがその部屋の中に横たわっていた
気を失っているのか瞼は閉じられピクリとも動かない
その姿を少し離れた場所から盃を片手に眺める男――鉄鼠がいた
「見れば見るほどいいねぇ〜」
鉄鼠は上機嫌に盃を呷ると、零れた酒をぐいっと手の甲で拭った
にやにやと厭らしい笑みを貼り付けたままつららの側へと近づいていく
そっと長い指でつららの頬をなぞった
ひんやりとしたつららの肌は陶器のように滑らかで肌触りが良く、鉄鼠は飽きる事無くその長い指でつららの頬をなぞった
ふと、頬にかかる極上の絹糸のような髪の毛に視線を落とすと、その束を取り口付ける
花のようなつららの甘い香りに目を細めながら鉄鼠は楽しげに呟いた
「くくく、たっぷり可愛がってやるからな」
そして、眠っているつららの体に覆い被さると徐に白い首筋に噛み付くように吸い付いた
途端、眠っていたはずのつららの体が痛みに反応してビクンと震えた
「うう・・・」
眉間に皺を寄せて呻くつららに気をよくした鉄鼠は、ちゅっと音を立てながらつららの首筋にさらに吸い付く
途端、つららの瞼がばちっと開いた
「い・・つ、な、何?」
状況を把握していないつららは突然首筋に走った激痛に顔を歪めながら何が起こったのか巡視し、そして固まった
知らない男が自分の上に覆いかぶさり、あろう事か首筋に吸い付いているではないか
つららは軽いパニックに陥り覆い被さる男を振り払おうと暴れ出した
「な、何?あなた誰なの?」
「おっと、お目覚めか?」
突然暴れ出したつららを物ともせず――いやわざと起こすような事をしたのだが――肩を掴んで大人しくさせると、ずいっとその端整な顔を至近距離まで近づけてにやりと笑った
途端ぞくりとつららの背中に悪寒が走る
恐ろしいほど美しい顔立ちをしている男のその瞳に宿る残忍で凶暴な光に、つららの中で警告音が鳴り響く


危険だ、この男は危険だ


つららは直感で身の危険を感じ、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られ、男めがけて冷気を吹きかけた
「おおっと、危ない危ない」
男は間一髪、つららの冷気からひらりと逃れ、くるりと回転すると離れた場所へ着地する
「ふ・・・やるな〜、益々気に入ったぜ」
避ける一瞬、つららの冷気に当たってしまった左腕が見事に凍らされているのに気づくと、鉄鼠は嬉しそうに目を細めた
「楽しみがいがあるってもんだな〜」
くつくつと喉の奥で笑う鉄鼠のその瞳に残忍な色が浮かんだ
その途端いつでも凍らせられるように身構える
「ここはどこ?あなたは何なの?」
「さあな、俺か?俺は頼豪(らいごう)これから仲良くやろうぜ」
頼豪と名乗った男はにやにやと厭らしい笑みを張り付かせてつららを見ていた
「仲良く?何故私があなたなんかと?この縄を解きなさい!さもないと」
「さもないと、どうするんだ?」
気丈に振舞うつららに、頼豪は面白そうに笑いながら嘲るように見下ろして言った
「く・・・」
手足を縛られ閉じ込められているのは自分、分が悪いのはどこからどう見てもつららだ
己の不甲斐なさに、つららは悔しさで唇を噛み締める
「ふっ、せいぜい粋がってな、ここからは逃げられないんだからな」
そう言うとぞわり、と部屋の空気が動いた
部屋の隅、陽の当たらない暗い部分でモゾモゾと蠢くモノがある
目を凝らしてよく見ると、それは灰銀色に光るネズミ達だった
「ひっ」
その数につららは小さく悲鳴を上げる
「俺の女になるんなら自由にしてやってもいいぜ」
「なっ・・・」
男のあまりにもな科白につららは絶句する


俺の女?この男は今そう言ったの?


ようやく自分に置かれた状況を把握したつららは冷や汗を流す
しかし、この男のものになる気はさらさら無い
何としてでもここを脱出するか、あるいは・・・
そこまで考えてキッと相手を睨みつけた
「風声鶴麗」
つららの叫び声と共にゴオッと辺りに猛吹雪が巻き起こる
「なっ・・・」
鉄鼠は突然の攻撃に慌てて外へと逃げ出した
パキパキパキパキ
音を立てて小さな家が氷に包まれていった
「あのアマ・・・・」
してやられた、と端整な顔を歪ませながら舌打ちする
「ま、暫くそこでよ〜く考えるんだな、気が変わったら出してやる」
男は渋面を貼り付けたままつららに向かって叫ぶと近くにあった木に飛び移りどこかへ行ってしまった
小屋の外に男の気配がなくなると、ようやく緊張を解く
はぁ、と大きな溜息を吐きながら氷漬けになった部屋を見渡した
見たこともない部屋、どこかの山小屋なのか板張りの床に座布団が数枚置いてあるだけの殺風景な部屋だった
ふと、先程の男の事が脳裏に甦った
あれは確か5番街のあのビルで会った男だった
だとすると、今回の騒ぎの元凶はあいつ・・・早くここから逃げ出さなければならない
奴は奴良組に喧嘩を売ってきた相手だ、早くリクオの元に戻って奴がここに居る事を伝えなければ
側近としての勤めを思い出しつららは脱出を考える
取り敢えずこの縄を何とかしようと辺りを窺ってみたが、あるのは部屋の隅に氷漬けにされたネズミ達しかなかった
つららは仕方なく妖気を操って氷の刃を出現させると、手首を縛る縄をゴリゴリと切り始めた
暫く地道な作業を続けていると、プツンと手首の縄は切れた
自由になったつららは小屋の戸を少しだけ開いてそっと外の様子を窺う


パシン


次の瞬間すぐさま戸を閉め厳重に氷漬けにすると、はぁと盛大な溜息を吐いた
外にはあの男が配置したのであろう手下と思われるネズミ達がずらりと小屋の前に並んでいたのだった
これでは逃げるに逃げられない
どうやってここから逃げ出そうかとつららが思案していると、どこからか声が聞こえてきた
「もし、もし・・・」
「誰?」
つららは声のする方を振り返った
しかしそこには誰もおらず、つららは不思議に思いキョロキョロ辺りを見回していると
つつつ〜、と天井から蜘蛛が降りてきた
「もしや貴方は奴良組の雪女ではありませんか?」
「いかにも、私は奴良家の者ですが・・・そういう貴方は?」
目の前に降りて来た蜘蛛につららは口元を袖で隠しながら聞き返す
「私は女郎蜘蛛一族の者、リクオ様の命により貴方を探しておりました」
「リクオ様が?」
「はい、本家の方々も皆雪女様をお探しでございます」
「皆が・・・・」
女郎蜘蛛の言葉につららはぱあっと明るい顔になる
「今しばらくの辛抱を、私のこの糸で仲間に居場所を伝えましたので次期助けが来ることでしょう」
「わかりました、私の方も何とか脱出できないか試みてみます」
「ご無理をなさらぬよう、では・・・・」
そう言って女郎蜘蛛はするすると糸を辿り天井裏へと消えていった
女郎蜘蛛の消えていった天上を見上げていたつららは、「さて」と氷漬けにされた戸に視線を戻すと
「取り敢えず逃げる算段を考えるとして、あいつが入って来ないようにしておかなくちゃね」
そう呟くと、ひゅうっと部屋中に冷気を吹きかけ分厚い氷の壁を作るのであった

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