ホウホウと梟の鳴き声が響く真っ暗な森の中
ひと際大きな切り株の上に大名駕篭が一つひっそりと乗せられていた
その中には白無垢に身を包んだ美しい娘がひとり
花嫁は今か今かとその時が来るのを待ち構えていた


「大丈夫、大丈夫・・・・」
つららはそう呟きながら、手にしていた繊細な装飾の施された櫛をそっと握り締めた
この櫛は六花から貰ったお守りだった
つららが身代わりになると知った六花は、血相を変えてつららの元へ飛んで来た
なんて馬鹿な真似を!と怒りながら六花はつららの身を案じ、涙を流してくれた
そして、つららの決心が固いという事を知ると、この櫛を持たせてくれたのだ
これは死んだ六花の母がお守りにと残してくれた形見なのだそうだ
最初つららは「こんな大切な物を受け取れない」と六花に返そうとしたのだが
六花は首を横に振るとこう答えた
「持っていてくれ、鬼に嫁ぐことが決まった日にこれに助けを求めていたらお前達が来たのじゃ、だからこれはお前に持っていて欲しい」
妾の母がお前を守ってくれる、とそっとつららの手に櫛を握らせたのだった
今思えば、六花のせめてものお礼なのだろうと、つららは思った
これは、鬼の元へ嫁ぐ事を受け入れ、覚悟を決めていた六花の感謝の気持ちなのだ
それこそ、母の形見を手放すくらいの
つららが駕篭に乗って屋敷を離れる時まで「どうか無事に戻ってきておくれ」と涙を流しながら祈るように言ってくれていた六花の想いがこの中に詰まっていた
その想いに応えるべく、つららはきゅっと唇を引き結ぶと静かに鬼の現れるのを待った





ざわざわ ざわざわ
暫くすると、目の前の木々が風も無いのに揺れ始めた
続いてズシーン、ズシーンと何か巨大なものがこちらに近づいて来る足音が聞こえてきた
ぬっと巨大な切り株に置かれた駕篭に大きな影が落ちた
木々を掻き分けそこから現れたのは――


大きな一つ目のこれまた大きな赤鬼だった


巨大な杉の木を遥かに上回るその大きさに、つららは息を飲む


ギョロリ


顔の殆どを覆う巨大な一つ目が駕篭を見下ろした
そしてゆっくりとその駕篭を持ち上げると、中を覗き込んできた
「おお〜い、俺の嫁さん出てこいや〜」
赤鬼は嬉しそうにニタリと目を三日月形にして笑うと、駕篭を開けて中に居るつららを摘み上げる
巨大な手で白無垢姿のつららを捕まえながら目の前に持ってくるとまじまじと花嫁を見つめた
つららは咄嗟に顔を袖で隠した
その行動を恐怖のためと取った鬼は面白そうに笑いながら
「くくく、怖いか?だがお前はもう俺のもんだ〜」
どうしてやるか〜、と低い声で言ってきた
その言葉に、つららはかっと身体が熱くなるのを感じた


この・・・・


つららは金色の目で鬼を見下ろす
見下ろした鬼の顔には玩具を見つけた残酷な表情しか無かった


あんな純粋な二人を・・・・


つららは己の内に沸々と湧き上がる怒りを感じながら、爛々と光る金の瞳を向けた
その瞳に先ほどまで笑っていた鬼はぎょっとする
「お、お前!あの姫じゃねえな!!」
つららの瞳を見るや、鬼は慌ててつららを振り払った
振り落とされたつららは器用に空中で一回転すると、軽い身のこなしで地面に着地する
つららが着地した場所にふわりと頭に被っていた綿帽子が落ちた


闇よりも尚暗い漆黒の髪
月を模した様な黄金色の瞳
陶器のような真っ白い肌
桜色の唇は形の良い弧を描き
その姿は見るものを惑わす毒花のような色香を放っている


美しい、美しすぎる異形の娘がそこに立っていた
てっきりあの屋敷の姫だとばかり思っていた鬼は、目の前に現れた娘に一瞬心を奪われた
そして、次の瞬間ニヤリと厭らしく笑った
「こりゃあ、いい」
くつくつと喉の奥で笑う鬼は、つららをまじまじと見下ろしていた
「あんな姫なんぞよりも、こっちの方が楽しませてくれそうだなぁ〜!」
余裕すら見せる赤鬼に、つららは眉間にしわを寄せながら睨みつけた
「お前・・・あまり私を見下さないことね・・・・」
「ほお?随分生きの良い娘だなぁ〜」
鬼はそう言いながらニタリとまた笑った
その時――


「つらら!」


ここには居ない筈の声が聞こえてきた
つららは驚いて声のした方を振り返る
そこには、血相を変えてこちらに走ってくる六花の姿があった
「六花!!」
「つらら、つらら、もう良い!もう良いのじゃ・・・妾がこの鬼の元へ行けばお前は助かる・・・・」
そう言って、つららの元へ辿り着いた六花はつららに縋り付きながら言った
「何を言ってるの?せっかく私が囮になったのに!」
意外な展開に、つららは信じられないと慌てた
そこへ、六花を追ってきた陸之助もやって来た
「姫、危のうございます!」
「離せ、陸之助!鬼よ、お前は妾が欲しいのじゃろう?妾を連れて行け!」
陸之助の腕を払いながら、六花は目の前の赤鬼に向かって叫んだ
その時――


がばり、と六花とつららの頭上に巨大な手が覆い被さってきた
つららは六花を庇いながら鬼に向かって息を吹きかけた
すると、その息はみるみるうちに冷たい吹雪となって鬼を襲う
覆い被さってきた手は見事に凍りつき、赤鬼は堪らずその手を庇いながら後退った
「き、貴様、貴様何者だ!!」
「この人達には指一本触れさせない!」
そう言って、鬼を見上げるつららの瞳は、黄金色に輝いていた
「つらら・・・そなた・・・」
つららの瞳を見ながら六花は驚き目を瞠る
「私は雪女・・・妖怪よ、だから大丈夫」
つららは少し寂しげに六花を見ながら安心させるように笑って言った
「つらら・・・」
「あの鬼は私が!下がっていなさい!!」
有無を言わせぬ強い口調に、六花は大人しく下がる
それを陸之助がそっと受け止めた
「陸之助」
「姫、あの者達に任せましょう。我らは足手まといです」
そう言いながらつららと鬼を静かな瞳で見守った


真っ暗な森の中、冷たい冷気が巨大な鬼を襲う
鬼は堪らず巨大な腕を振り上げながら、吹雪を吹きかけてくるつららから逃げた
「待ちなさい!」
森の中の行き止まりに鬼を追い詰めたつららは、止めとばかりに吹雪を吹きかけようとした
が――
突然ぐわっと突進してきた赤鬼につららは驚き、あっという間に捕まってしまった
苦しそうにもがくつららに、六花は真っ青になりながら叫んだ
「つらら!!」
六花はつららの元へ駆け寄ろうとしたが陸之助によって止められてしまった
「姫!」
「離せ、離せ!つらら、つらら、鬼よつららを離せ!目当ては妾であろう?」
必死に訴えかけてくる六花に、つららを手の中に収めた赤鬼は残酷な瞳をギョロリと六花に向けるとニタリと笑った
「くくくく、ああ、そうだったそうだった、お前も一緒に来い!」
そう言うや否や、赤鬼は六花に向けてもう片方の手を振り降ろしてきた


その時――





六花に振り降ろされた鬼の手は、その腕ごと地面に落下していった
「ぎ・・・ぎゃあああああああああ、俺の腕があぁぁぁぁぁ!!」
何が起こったのかと、赤鬼は斬られた腕を見下ろすと己の腕が肩から無いことに気づき、続いて猛烈な痛みに悲鳴を上げながら転げ回った


ガシリ


「つららに華ぁ持たせる気ぃだったんだがなぁ・・・・」
叫ぶ赤鬼の背後から、恐ろしい程の強い力で頭を鷲掴みながらリクオが現れた
その声音は恐ろしいほど低く冷ややかだ


ぞくり


その声に赤鬼は戦慄した
「リクオ様!」
「ひっ」
ゴキゴキと赤鬼の頭蓋骨から鈍い音が聞こえてくる
その痛みに赤鬼は恐怖し、全身から氷のように冷たい汗を噴出していた
「き、貴様ぁ・・・何者だぁ?」
その恐怖に絶えかねた鬼は、ぶんっとつららを掴んだ腕をリクオに向かって振り上げながら叫んだ
リクオは軽い身のこなしで鬼から離れると、優雅な弧を描いて地面に着地する
そしてにやりと口角を上げると
「つらら」
と静かに言った
「は、はい」
つららはリクオの声に己のやるべき事を理解し、畏れを発動させる
ふわりとつららの身体が煙のように揺らいだかと思うと、リクオの体に絡まり始めた
その次の瞬間、リクオの姿が変貌する
つららを鬼纏ったリクオは、羽織っていた着物も手に持っていた弥々切丸の姿も変わっていく
全身に雪女の畏れを纏い、氷の波紋を纏った弥々切丸を構えると目の前で恐怖に顔を歪める鬼に向かって高く跳躍した
突然変化したリクオに驚いていた鬼だったが、飛び込んできたリクオに気がつくと残った腕で反撃しだした
ひらり、ひらりと鬼の攻撃を交わしながら、リクオは徐々に鬼との間合いを詰めて行く
そして、一瞬の隙をついて鬼の懐に飛び込んだ
「こ、このおおおおおおお」
「ふっ、お仕置きだけで済まそうと思ったんだがな・・・・」
リクオはそう言いながら、憎悪に顔を歪めてリクオを睨みつける鬼へと弥々切丸を振り下ろした


鬼纏  雪の下紅梅


「俺の女に手を出した罰だ」
リクオが静かに言うのと同時に、赤鬼の身体は氷の塊となった
「ああそうだった、俺の名は奴良リクオ、百鬼夜行を率いる妖怪の主だ・・・・て言ってももう聞こえないか」
ガラガラと崩れ落ちる鬼の成れの果てを見つめながら、リクオは皮肉げに呟いていた

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