とある年の年の瀬、奴良組本家では側近はもちろん若菜やぬらりひょんなど、この家に居る者たち全員が総動員して家の大掃除をしていた
もちろんこの家の若君ことリクオも、進んでこの大掃除に参加しており側近たちと一緒に庭の奥にある古い蔵の掃除をしていた
この時は誰も予想していなかった
この大掃除が、まさかあんな事件を引き起こす事になるとは――



「ではリクオ様、ここの整理もほとんど終わりましたので、私たちは他の所を手伝ってきますね」
「うん、後はこれをこの棚に並べておけばいいんだよね?」
「はい、それではよろしくお願いします」
それまで一緒に片づけを手伝っていた首無は、蔵の中にあったまだ使えそうな日用品を抱えながらリクオに頭を下げると、他の側近達と連れ立って母屋の方へと去っていった
「さ〜てつらら、僕達も早くここを片付けて母屋の方を手伝いに行こう」
「はい!」
後に残ったリクオとつららは、蔵の後片付けを再開する
二人は手際良く文献や木箱などを棚へと並べていった


カタン


その時、リクオの背後から何かが落ちたような音が聞こえてきた
「ん?」
その音に気づき、首を傾げながら振り向いたリクオが見つけた物は――


小さな箱だった


「何だろうこれ?」
足元に落ちたその箱を見ながらリクオが首を傾げる
拾い上げたその箱は、丁度リクオの片手で持てる位の大きさだった
漆塗りの漆黒の表面には、美しい雪の結晶のような装飾が施されていた
「さあ?硯箱(すずりばこ)みたいですが」
つららも片付けていた手を休め、リクオの手の中にある小さな箱を覗き込みながら首を傾げた
「とりあえず、中を確認してみよう」
そう言ってリクオが箱を開けようと蓋に手を掛けると・・・・
「ん?何か言った?」
リクオは目の前に居るつららに向かって首を傾げた
リクオの手の中の箱を食入る様に見ていたつららは、突然のリクオの言葉に「え?」と言いながら顔を上げる
「いいえ何も?どうされたんですか?」
「う〜ん、気のせいだったのかな〜?何か声が聞こえたような気がしたんだよね」
そう言いながらリクオは辺りをきょろきょろと見回した


・・・・・テ


すると、かすかに小さくか細い声が聞こえてきた
「!!い、今・・・」
「は、はい!私にも聞こえました」
リクオとつららはお互い顔を見合わせる
そして・・・・
声の聞こえてきた場所に視線を落とした
その視線の先は――


リクオの手の中にある小さな硯箱だった


「こ、これ・・・・」
リクオが何か言おうと口を開いた時、またしても声が聞こえてきた


タスケテクダサイ


その途端、硯箱が光りはじめた
その光はあっという間にリクオ達を呑み込み、次の瞬間ふっと消えた
すると、先ほどまでリクオが手に持っていた筈の小さな硯箱が床の上に落下する
カタン
乾いた音が響く中、リクオとつららの姿はそこから跡形も無く消え去っていた





屋敷中に響く読経
その離れの部屋で、男は聞こえてくる読経に混じって小さな声で一心不乱に祈りを捧げていた
「どうかどうか、あの方をお守りください」
暗く寒いその部屋の中央で、男は手を合わせながらそう呟く
何度も何度も
声に出すだけでは足りないと、心の中でも同じような言葉を繰り返していた
その祈りが届いたのか、男の目の前で奇跡が起こった
何も無かったその空間に眩いばかりの光が出現した
その光は大きく膨らみ部屋中を包み込む
目の眩むその強い光に男は堪らず視界を腕で遮った
光が部屋中を包んだかと思うと、次の瞬間にはフッと跡形も無く消え去っていた
目が眩んでいた男は、暫くの間その場に蹲っていたが、ややあってから視界の戻った瞳でそろりと光が出現した場所を見た
そこには――


二人の男女が目を見開いたまま呆然と立ち尽くしていた





「この二人が光の中から現れた奇跡人か?」
屋敷の中央、豪華な調度品に彩られた部屋の中で凛とした声が響いた
その声の主は部屋の奥、一段高く作られた場所に腰を下ろし、下座で深々と頭を下げる男を見下ろしていた
「左様でございます」
折り目正しく正座をし、深々と頭を下げていた男は少しだけ頭を上げると、上座に座る主人を見上げながら肯定する
その言葉に、この部屋の主人は男の後ろに座る二人の人物に視線を寄越した
「して、その者達はいったい何者じゃ?」
鈴のような美しい声音で静かに話すこの部屋の主人は、部屋を彩る調度品に引けを取らない程の美しい姫君であった
その姫は存在無げに座る二人を見ながら首を傾げた
「見た所、妾と同じ人に見えるが?」
「ですが、この者達は先刻話しました通り光の中から現れたのは事実でございます」
「そうか・・・まこと不思議なこともあるものじゃな」
姫はそう言いながら二人ににこりと笑みを向けた


「り、リクオ様ど、どうしましょう?」
「どうするって・・・・」
目の前で繰り広げられる主君と従者のやり取りを見ながら、つららは隣に座るリクオにこっそりと話しかけていた
リクオもまたつらら同様どうしたものかと頭を悩ませていた
あの硯箱が突然光ったかと思ったら、いきなり知らない部屋にいたのだ
しかも昼だというのにリクオは夜の姿になっていた
訳も判らず呆然と立ち尽くしていると、その部屋にいた姫の家臣――今現在目の前で姫に深々と頭を下げている男――に無理やりこの場所へと連れて来られたのだった
そして、あれよあれよという間にこの城の姫君に目通しされて今に至る
家で大掃除をしていた筈なのに何故?とリクオは深いため息を零した
これからどうするか?とリクオが頭を悩ませていると、目の前から自分を呼ぶ声が聞こえてきた
「これ、これ、そこの者、姫様がお呼びだ」
「え、俺か?」
突然呼ばれ顔を上げると、先ほどの男が眉間にしわを寄せてこちらを見ていた
リクオは自分を指差し相手に聞き返すと、そうだと言わんばかりに頷かれ前に来るように指示された
リクオは仕方なく立ち上がると男の隣に移動する
「そなた、名はなんと言うのじゃ?」
待ちきれないと言わんばかりに姫君は身を乗り出してリクオに聞いてきた
「姫様!」
家臣はその振る舞いに眉を顰めながら姫を嗜める
「良いではないか、まったくお前は堅いの〜」
その言葉に姫は口元を隠しながら嘆息した
そんな二人のやり取りにどこか近親感を覚えつつリクオは口を開いた
「俺は奴良リクオ、あんたは?」
「こ、こら、姫様になんと言う口を!」
「ほほほ、よいよい妾は六花じゃ」
「りっか?」
「そうじゃ、変な名じゃろう?」
「姫!お母上様が付けられた名ですぞ!」
「なんじゃ?変なものは変じゃ!のうリクオ?」
そう言って六花と名乗った姫はころころと笑った
「して、リクオ、お前と一緒にいる娘はお前の女か?」
「え?」
「ひ、姫どこでその様な事を覚えて!!」
あろう事か、城の姫君は後ろで大人しく座っていたつららに視線を向けると、小指を立ててリクオに聞いてきたのである
姫とは思えないその行為に、ひぃっと悲鳴を上げる家臣の声が部屋に響く
そして、突然話の矛先が自分に向いた事に、つららは瞳をぱちくりさせてキョトンとしていた
「え、ええ!?女って・・・ええええええ???」
しかし一拍の間の後、つららは真っ赤になった頬を押さえながら絶叫しだした
口をパクパクとさせ何やら意味不明なことを口走っている
そんなつららを見かねたリクオは溜息を一つ吐くと六花に向かって言った
「こいつは俺の側近だ」
あわあわと顔を真っ赤にさせて狼狽ているつららを指差しそう言ってやると、六花はつまらなさそうに「そうか」と呟いた
口を尖らせて言う六花に、リクオは「すまなかったな、あんたの期待通りじゃなくて」と苦笑した
その言葉に、先ほどまで悲鳴を上げていた家臣がギロリと睨んできたが、それを受け流すように目の前の姫君に視線を向けた
「なあ、俺達いきなりここへ来ちまったんだ、ここはいったい何処なんだ?」
「ん?ここか?ここは・・・」
その後、リクオは姫君から教えられた地名を聞いて、ここが自分達が居た世界とは違うという事をようやく理解した





「んで、これはどういう事なんだ?」
「さ、さあ・・・・」
片眉を上げてリクオが言った言葉に、つららは頬を染めながら首を傾げた
二人は今、あの六花という姫君の家臣が用意した部屋に居た
客間用なのだろう、質素ではあるが狭すぎないその部屋には行灯やら茶器やらが用意されている
しかも、今は夜とあって部屋には布団が敷かれていた


しかも一つだけ


枕は何故か布団の上に二つ置かれていた
これでは二人一緒に寝ろと言っている様なものである
要するにそういう意味合いが込められているのであろう


あの姫さんか・・・・


リクオはあからさま過ぎるお節介に眉間にしわを寄せた
「たく、あの姫さんは・・・違うって言ってんのに」
「わ・・・私、他の部屋が無いか聞いてまいります!」
あまりにもな展開に、つららは耐えきれ無くなったのか、リクオにそう告げると脱兎の如く部屋から出て行ってしまった
後に残されたリクオはというと――

なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた

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