ねえ、こっちを見ていてよ



リクオ4才

幼稚園から帰ったぼくは毎日恒例の鬼ごっこをするんだ
もちろん一緒に遊ぶのは家にいる小妖怪たち
そしてもちろん、お気に入りの側近も一緒

今日もぼくは幼稚園かばんを玄関に投げ捨てると一目散に庭へと駆け出していった
「みんな〜遊ぶよ〜!」
そう叫べばわらわらと家の屋根や軒下から小妖怪たちが集まってくる

あれ?

ぼくは集まってきた小妖怪たちを他所にキョロキョロと辺りを見回した

いない

ぼくは見慣れた人物が側に居ないことに首を傾げた

いつもならすぐ飛んで来るのに

そういえば、ぼくが帰ってきたとき迎えに来ていなかった

その事実に、ぼくはなんだか面白くなくてぷくーと頬を膨らませると
「先に遊んでて!」
と集まった小妖怪たちにそう言って一目散に駆け出した
途中で小妖怪たちが何か言っていたけどそれどころじゃない!
あいつがいないんだ
あいつが・・・・

ぼくの

ぼくの



「雪女!」



走って走ってようやく見慣れた白い着物を見つけた

でも・・・・

ぼくはそこで立ち止まってしまった

まただ

また・・・・



アイツとしゃべってる



ぼくの視線の向こう――
首無と雪女が並んで立っていた
何の話をしているのか、ここからじゃ聞こえなかったけど
首無と話をする雪女は楽しそうに笑ってた
枝垂桜の木の下で、お互いに向き合う姿は何かで読んだ王子様とお姫様みたいで・・・・
ぼくは何だか声をかける気になれなくて、二人に背を向けるとそのまま庭へと走って戻った





リクオ8才

「きゃーーーー」
「あははは、雪女お前は相変わらずドジだな〜!」
ボクはいつものように家の妖怪達を罠に嵌める
今日もまた青田坊や黒田坊、もちろん雪女も嬉しいくらいに罠に引っかかっていた
散々悪戯をし尽くした後は、おじいちゃんの所へ行ってご飯を一緒に食べに行くんだ
そして、おじいちゃんの昔話を聞いて帰ってきたボクは、通りかかった部屋から声が聞こえてきたので思わず立ち止まって聞き耳を立てた
だって、その中から雪女の声が聞こえてきたから
なんだろうと、そっと襖を開けて覗いてみたら雪女と一緒に首無も居た
なんで?て驚いて見ていたら、どうやら雪女は怪我をしているみたいだった
ボクが作った罠に引っかかった時に腕を痛めたらしい
兄役でもある首無が心配そうな顔で雪女の腕に包帯を巻いている所だった

「痛っ!」
「ああ、すまん」
「ううん、いいのよいつもありがとう首無」
「いや、これくらいお安い御用さ、それよりもリクオ様の悪戯には毎回頭が痛いよ」
「そうね、毎日こうだと体がもたないかもね」

そう言って首無と雪女はふふ、とお互い顔を見合わせて笑い合っていた
そんな二人にボクは沸々と怒りのようなものを覚えていく

二人で笑い合う姿はいつか幼い頃に見た映像と重なる
あの時も二人は楽しそうに笑っていた

なんだいなんだい雪女なんか!!

ボクは心の中でそう叫ぶと、大きな音を立ててその場から走って逃げていた
逃げた部屋からは
「え?リクオ様?」
て驚いた声が二つ聞こえて来ていた





リクオ13歳

学校が休みの日、僕は宿題を早めに済ませて縁側に出ていた
そこで偶然見つけてしまった光景に昔の記憶がフラッシュバックする

ああ、何度か見た光景だな

そんな光景を見ながら、頭のどこかで冷静に呟く自分がいた
僕の視線の先には、仲良く荷物を運ぶ二人組みが廊下を歩いていた
昔からの付き合いが長いせいか、二人は仲良く笑い合いながら廊下を歩いていく
丁度僕の場所からは死角になるそこは、二人には僕が見ているなんて気づきもしないだろう
ぼんやりとそんな事を考えていたら、片方がいつもの如く何も無いところで躓いたのが見えた
「雪女!」
途端響いてくる叫び声
「きゃっ」
同時にバサバサと何かが落ちていく音と小さな悲鳴
その後は――

重なり合う二つの影が僕の目に写っていた



ざわり



何故だか心が騒ぎ出す
あれは事故だ
偶然だと頭では判っているのに

心が理解してくれない

あの二人は別に付き合っているわけでもない
ただの側近同士、同じ主を持つ仲間
そんな事は昔からよく解っている

でも・・・・



この、ざわつく心は一体何なのか?

この、苛立つ気持ちは一体何なのか?

あの二人は何故ああも仲が良いのか?



他にも妖怪は沢山いるだろう
黒田坊だって、青田坊だって、河童だって、毛倡妓だって・・・・

そう毛倡妓・・・・お前にはあの女がいるじゃないか



首無



なのになんでつららといつも一緒にいるんだよ?

いけないよ、気の多い男は嫌われるよ

だから

僕はそこまで考えると、徐にそこから動いた
もちろん向かう先は決まっている
足早に辿り着いたそこでは、未だ抱き合っている首無とつららがいた
僕は無表情のまま首無の腕からつららを引き剥がすと己の腕に閉じ込める
「リクオ様?」
驚いて見上げてきたつららの事はとりあえず後回しにして僕は目の前の男を見据えた
首無は最初何が起こったのか判らなかったみたいだったけど、僕がつららを腕の中に抱き締めているのを見てうっすらと笑った
それはまるで――

ようやく動いてくれましたねって言っているように見えた

そんな全てを解っているような首無の微笑みに釈然としないものを感じた僕は
彼を見据えていた瞳の色を、茶から緋色のそれへと変じさせて睨みつけた

「首無」
「はいリクオ様」
「これは俺の雪女だから」
「心得ております」

昼のそれから夜のそれへと変じた俺の言葉に、首無は嬉しそうに頷き頭を垂れると、そのままくるりと踵を返して去って行ってしまった
途中、廊下の角を曲がる時一瞬だけ振り返った首無の口元が笑っていたように見えたのは気のせいかも知れない
そして己の腕の中で、もぞもぞと動く女に視線を移した
「り、リクオ様?」
見上げてくる女の頬は真っ赤に染まっていて
瞳も何故か潤んでいた

ああ、恥ずかしがっているのか

わかった瞬間、何故だか嬉しくなって
そして
愛しさが込み上げてきた

ああ、こいつは俺の雪女だ

誰がなんと言おうとも

俺はそう胸中で呟いて
そして女を束縛する言葉を耳元で囁いてやった



ねえ、俺だけを見ていてよ



て――



昔からの切なる願い

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