つららが体育館の裏で手紙の相手を待つこと数分
突然背筋にぞくりと悪寒が走った
「え、なに?これ・・・」
覚えのある感覚につららは辺りをきょろきょろと見回す
これは・・・まさか!?
つららが胸中で呟いた瞬間
「お待たせ」
耳元であの声が聞こえてきた
綺麗
きれい
なんて綺麗な娘
女は震える少女を背後から拘束しながらくつくつと喉を鳴らす
手を足を
体を頭を
長い髪の毛でがんじがらめにされたつららは、背後で嬉しそうに笑う女に歯軋りしていた
く・・・不覚、こんな所で襲われるなんて
手紙の相手を待っていると、突然後ろから襲われあっという間に捕まってしまった
襲ってきた相手はあの時の口裂け女だった
相変わらず長いロングコートを着ていたが、今回は顔を隠していなかった
女は長い髪の毛でつららの手足を拘束すると、先程から何度もつららの髪を梳いてはくふくふと厭な笑い声を響かせていた
その動作が止んだと思ったら、今度は顔をこれ以上無いくらいに近づけてきて自分の顔をまじまじと覗きこんできた
しかも、冷たい指先でするりと頬をなぞり
長い舌でべろりと首筋を舐め上げられた
「ひっ!」
つららは声にならない声を上げると、ぞくぞくと背筋を這う悪寒に見舞われながらなんとか離れようともがく
しかし、もがけばもがくほど女の髪は体に絡みついてきた
く・・・吹雪さえ使えれば・・・・
悲鳴防止のためか、つららの口は女の髪の毛でがんじがらめに塞がれている
これでは息を吐くことも声を出すこともできなかった
つららは何度もその拘束から逃れようともがく
それまでつららの髪や顔を楽しんでいた女の手が止まった
「あら、まだ抵抗するの?往生際が悪いのね?」
面白そうにそう呟くと
さわり
女の手がつららの太腿を触ってきた
「!!」
「ふふ・・・私綺麗なモノが大好きなの」
あなたの事気に入ったわ
女はそう呟くと更につららの体をまさぐり始めた
「んー、んんーーー!!」
つららは女の行動に慌てて抵抗する
しかし、女の髪の毛で拘束されている体では身を捩るのがやっとだ
しかも動くたびに細い髪が体をギリギリと締め上げる
「く、う・・・」
激痛を訴え始めた拘束に、つららは堪らず呻き声を上げた
「ふふ、可愛い声」
女はうっとりと囁くと、さわさわとつららの体をまさぐりスカートの中に手を入れてきた
「ん、うむ!?」
つららはぎょっとして激しく抵抗した
させまいと、足をばたつかせ体を捻る
首を左右に激しく振ると、少しだけ髪の拘束が解けた
つららはその隙間からありったけの声で叫んだ
「な、何をするの!?」
「ふふふ、大人しくしてなさい気持ちよくしてあげるから」
女は妖艶に微笑むと、つららの唇に己の唇を重ねてきた
つららの体がびくりと震える
ぴちゃぴちゃと長い舌で唇を舐め回される
ねっとりとざらつくようなその感触に、恐怖とは異なる震えが起きた
気持ち悪い
吐き気の込み上げるその悪寒につららはかっと目を見開く
これからされる事を理解して、怒りで体が震えた
こいつ・・・今まで襲った女の子達を!
その瞬間、つららの瞳は黒から金の螺旋へと変わった
「なに?」
口裂け女はつららから突然溢れ出てきた妖気にぎょっとする
「お、まえ・・・まさか」
妖怪か!?
女がそう叫んだ瞬間
「呪いの吹雪!!」
ごおっ、と凄まじい吹雪が女を襲った
「く・・・ぐぅ・・・」
見も凍るほどの冷気に女は堪らずつららから離れる
その瞬間、しゅるりと手足の拘束が緩んだ
この隙を逃さずつららは言葉を紡いだ
「我が身に纏いし眷族、氷結せよ!客人を冷たくもてなせ!風声鶴れ・・・」
「させんわ!!」
ビシュッ
「きゃあっ!!」
つららが力を振るうその瞬間、女の長い髪で足を絡め取られてしまった
そのまま空中に持ち上げられる
先程よりも強固な拘束につららは身動きすら取れなくされてしまった
「く・・・」
「おっと、その口は閉じておかないと」
くすくすくすくす
口裂け女は勝ち誇ったように呟いた
そして
ビリ・・・
「え?」
ビリビリビリ
「なっ!」
手足を拘束していた髪の毛が器用につららの制服を裂いていく
びりびりと紙を破くように剥ぎ取られていく布地
ビリーーーーー
セーターを細切れにされブラウスを真っ二つに裂かれてしまったつららは堪らず顔を背けた
「くくく、いい姿だ」
裂けた隙間から白い下着が見え隠れする
羞恥で顔を背けていたつららはふと、先程聞こえていた口裂け女の声が心なしか低くなっている事に気づいた
恐る恐る女を見下ろす
しかしその姿は先程見たときのままだった
耳まで裂けた口
体を覆い隠すロングコート
長い長い真っ直ぐな髪
まじまじと自分を見つめて来るつららの視線に口裂け女が気づくと、にやり、と口元を引き攣らせて笑ってきた
「気がついた?僕は男なんだよ」
顔はこんなだけどね、そう言ってつららを面白そうに見上げた
そして、ゆっくりとつららを逆さまにしたまま自分の顔の前まで降ろしてきた
「女なんて言ってないよ、勘違いしたのは君だろう?」
くすくすくすくす
そう言って楽しそうに笑いながらつららの顎を捉えた
「僕はね、美しいものが好きなんだ」
特に髪の毛が、そう言って重力に従って下へと垂れたつららの長い髪の毛を一房手に取り口付ける
「見てごらん僕の髪を、これは今まで襲った女の子達から集めたものなんだ」
そう言って男は、さらりと自分の長い髪の毛をかき上げて見せた
その男の髪の毛は夕日の光に反射してきらきらと光り輝いていた
その異様な輝きにつららは息を飲む
「それとね」
男はつららの反応を楽しむように目を細めると言葉を続けた
「美しい顔も好きなんだよ」
男の言葉につららはこれ以上ない位、目を大きく見開いた
「あ、なた・・・まさか?」
「ふふ、美しいものは全部僕のものさ」
髪も
顔も
体もね
男はそう言いながらうっとりと微笑んでみせた
つららは悔しそうに唇を噛む
そしてはっと気づいた
つららの視線――瞳ぎりぎりの場所に巨大な鋏が迫っていた
その至近距離に思わず息を飲む
しかもその鋏は口裂け男の右の手首から生えていた
まるで大きな蟹の鋏のようにごつごつした甲羅で覆われたそれは、どす黒い光沢を放っている
そして
良く見るとその黒い刃の所々に黒い染みのようなものがこびり付いていた
「ひっ」
つららはその染みの正体を理解すると小さく声を上げた
黒いと思っていたその染みは
真っ赤な――どす黒く変色した血の跡だった
シャキン
つららの耳に固い金属音が響く
その音は次第につららの髪へと近づいていく
シャキ・・・・
掠れた様な金属音を響かせて、真っ直ぐに垂れ下がった黒髪へとその二枚の刃を大きく開いた
「まずは髪から」
男がくつくつと喉を鳴らしながら呟く
「く・・・」
つららは堪らず目を閉じた
こんな奴に・・・・
自分はこんな奴の慰み者になってしまうのか
つららは悔しそうに歯軋りした
そして、男の巨大な鋏がつららの髪の毛を切り裂こうと動いた瞬間
キイィィィィィン
鋭い音が響いた
続いて体の拘束が緩む
「え?」
つららが目を開けて見た先には――
巨大な鋏の片刃を切られ苦痛に顔を歪める口裂け男の姿が見えた
そしてその先
口裂け男の背後では
白銀の長髪をたなびかせ、鋭い眼光を男へと向ける百鬼の主の姿があった
「リクオ様」
つららは地面に落ちた格好のまま嬉しそうに主の名を呼んだ
「俺の側近に何てことしやがる」
つららの姿をちらりと一瞥したリクオは、怒りも露わに目の前の男へと視線を向けた
「キサマ・・・・いつもいつも俺の邪魔を!」
男は叫ぶなりリクオに向かって巨大な鋏を振り上げた
ギイィン
相手の鋏を難なく受け止めたリクオはそのまま横へと流す
「く・・・」
たたらを踏んでよろめいた口裂け男がリクオを睨みつける
「お前、ただの口裂け女じゃねえな?」
「ふ、そうさ僕は口裂け女と髪切りの息子・・・・」
口裂け髪切り男だ!!
男は声高々に己の正体を宣言した
「・・・・・」
男の言葉にリクオは無言で見つめ返す
「な、なんだ?」
その視線に口裂け髪切り男は冷や汗を流した
そしてたっぷり三十秒の間をあけてリクオが徐に口を開いた
「長い」
「は?」
男はリクオの言葉に間の抜けた声を上げる
「な、何を・・・」
「名前長げぇ・・・・」
男の言葉に答えるようにリクオがぼそりと呟いた
「なんだとっ!!」
その言葉に男は顔を真っ赤にさせて怒鳴る
「名前長げぇって言ってるんだ、わかんねぇのかこの野郎」
ぴきぴきぴきぴき
リクオは男の胸倉を掴むと青筋を何本も立てながら至近距離で怒鳴った
その顔は地獄の閻魔よりも恐ろしい表情をしている
ぴきぴきと米神に青筋を立て、口元を引きつかせるリクオは本気で怒っていた
「つーか、俺の側近あんな目に合わせやがって覚悟はできてるんだろうなぁ?」
「ひっ!」
目元に暗い影を落として地を這うような声で言ってきたリクオに、それまで怒っていた口裂け髪切り男は恐怖に体を震わせた
チャキリ
どす黒い畏れを纏いながらリクオは弥々切丸を男に向けて構える
「ひぃぃぃっ!!」
その姿に完全に戦意喪失した髪切り男は、ついには尻餅をついてリクオを見上げていた
「つらら」
「はい!」
リクオが静かに言葉を紡ぐと、答えるようにつららが頷く
ゆらり
つららの輪郭が歪み畏と共にリクオの体に纏われる
「思い残すことはないな」
「ひ・・・」
ひいいいいいいいいいい!!
夜の蚊帳が降り始めた体育館の裏で、悲痛な叫び声が長く長く響いていた
「怪我は無いか?」
「はい」
薄暗い体育館の裏
全てが終わりほっと胸を撫で下ろしたリクオは振り返り様、ぎょっとした
リクオの視線の先――
引き裂かれたブラウスの合わせを押さえながら、つららがリクオに元気に頷いていた
心なしかその頬は薄っすらと染まっていて
しかもブラウスの裂け目から、ちらちらと見える下着にリクオは思わず視線を逸らした
「う・・ゴホッ、こ、これでも着てろ」
リクオはそう言うと肩にかけていた羽織をつららの肩へとかけてやった
「ありがとうございます」
つららはリクオに礼を言うと、頬を染めながら羽織で胸元を隠す
「たく、こんな姿他の奴に見られたら・・・」
「何かおっしゃいました?」
「いや何でもねえ」
キョトンと見上げてきたつららにリクオは慌てて頭を振った
たく・・・こんな姿誰にも見せられね〜よ
頬を染めながら、こんな所に誰かが来たら不味い、とリクオは早々に引き上げようと踵を帰した
「帰るぞ」
「は、はい」
いつもよりも足早に歩く主の後を薄い羽織をしっかりと握り締め、とてとてと必死について行くつらら
そんな健気な姿をちらりと見たリクオはぴたりと歩みを止めた
「リクオ様?」
突然立ち止まった主につららは不思議そうに首を傾げる
暫く考え込んでいたリクオはつららへ向き直ると
がばっ
と、徐につららを横抱きに抱き上げた
「きゃあっ!」
「やっぱり歩いて帰るのはまずいな」
リクオはそう呟くと、ふわりと飛び上がり軽い身のこなしで電柱や屋根を伝って空へと舞い上がる
「へ?え?り、リクオ様〜〜??」
既に暗くなった夜の街の上空で、リクオに抱きかかえられたつららの混乱した声が響いていた
つららがリクオのこの行動の意味を知るのはもう少し後の話
了
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