コツコツコツコツ
ヒタヒタヒタヒタ
暗い夜道に微かに聞こえてくる足音
気のせいかその足音は少しずつ近づいて来ているように思えて、少女は後ろを振り向いた
いない
少女が振り返った途端、先程まで聞こえていた足音はぴたりと止んでしまった
しーーーん
暗闇にまた静寂が戻る
少女は気のせいだったのかと首を傾げながらまた歩き始めた
しかし、歩き始めて幾分もしないうちに少女はまた立ち止まる
いる
後ろに!
真っ暗な闇の中、確かにまたあの足音が聞こえてきた
しかも少女が歩きだすと聞こえてくるのだ
つ、付いて来てる!?
少女はどくどくと煩く鳴る自分の胸を押さえながら、そっと耳をそばだてた
!!
次の瞬間少女の顔は真っ青になった
少女の背後――すぐ後ろから聞こえてくる息遣い
フーフーと、まるで獣のようなその息遣いに少女の体は恐怖で震えだした
震える少女の背後で、その何かが動いたような気配がした
少女はごくりと喉を鳴らすと、勇気を出して恐る恐る振り返った
「え?」
しかしそこには先程と同じく暗闇だけが広がっていた
注意深く辺りをきょろきょろと見回してみたが誰もいない
その時、遠くから野良猫の鳴き声が聞こえてきた
途端少女はほっと胸を撫で下ろす
なんだ野良猫か・・・
少女は苦笑しながらくるりと前を向く
安心しきっていた少女は
前を見た瞬間
硬直した
目を瞠り口を開けたまま
その場に呆然と立ち竦む
みるみる内に顔は青褪めていき
少女の額から脂汗が噴き出す
少しの間を置いてから少女の体がぶるぶると震えだした
「きゃあぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!」
次の瞬間、耳をつんざく少女の悲鳴が夜の闇に響き渡っていった
にたり
少女の倒れたその暗闇の中
三日月のように弧を描いた真っ赤な口が浮かび上がっていた
「通り魔?」
がやがやと生徒達の話し声が響く喧騒の中
まだ変声期を迎えていない少し高めの声が部屋の一角で聞こえてきた
「はい、清次君たちがそこの廊下で騒いでいました」
授業の終わった教室は生徒達の自由な時間へとなる
帰宅の用意をする者
部活に向かう者
教室にたむろし話に花を咲かせている者
皆それぞれ思い思いの事をする中
一人の女子生徒と一人の男子生徒が、神妙な面持ちで向かい合っていた
”通り魔”
この明るく賑やかな場所には不釣合いなその言葉に、帰り支度をしていたリクオは眉を顰めながら聞き返してきた
「その話は確かなの?」
「はい、昨夜も他校の女生徒が襲われたそうです」
「そっか・・・で、その子はどうなったの?」
「はい、運良く大事には至らなかったそうですが、その・・・・」
「なに?」
リクオの側近である及川つららは困ったように言葉を濁らせた
その反応にリクオは首をかしげながら先を促す
「はい、その、よくわからないのです」
「わからない?」
「はい、その通り魔に何をされたのか、どんな目に合ったのかという事があやふやで・・・」
つららははっきりしない通り魔事件の被害内容に眉を顰めながら答えた
「噂によると夜に出没するそうで、後を付けて来るだけだとか、何か質問をしてくるだけだとか、刃物を持って切りつけてくるとか色々あって・・・・はっきりした事がわからないそうです」
「ふ〜ん、でもそれって結構厄介だね」
はっきりしない相手なんて、と眉を顰めて言うリクオにつららも頷いた
「はい、ですからリクオ様もお気をつけ下さい、暫くの間私と青だけでなく他の者も護衛に当たりますので」
「うんわかった、でも」
つららの言葉に頷きながらリクオは一旦言葉を切った
「?」
「でも、その通り魔って女の子だけを狙ってるんだろう?僕は大丈夫なんじゃないかな?」
そして、先程から感じていた疑問をつららへと投げかけてみた
「ですが、万が一を考えて、それに犯人は人間ではないかもしれませんし・・・」
予想通りの答えにリクオは気づかれないように小さく嘆息する
「う〜んわかったよ、でも犯人が狙う相手の特長とかないの?」
「あ、はい一つだけ」
リクオの質問に、つららは神妙な面持ちになるとリクオに告げた
「狙われたのは長い髪の持ち主ばかりだと聞いております」
リクオはつららのその言葉に顔を顰める
「長い髪・・・・」
ぽつりと呟いたリクオは眉間に皺を寄せるとそのまま押し黙り、暫くの間何か考え込んでいた
「マイファミリ〜聞いたかい?通り魔事件だそうだよ!」
放課後いつものように部室に入った途端、嬉しそうに両腕を広げながら熱弁する清次の姿が目に飛び込んできた
案の定、清次は今噂の通り魔事件を『妖怪の仕業に違いない!』と勝手に解釈していた
「というわけで、今夜その通り魔を探そうと思っている」
もちろん皆も協力してくれるだろう?と、どこからその自信が来るのか、清次は断られる事を全く考えていないような態度でそう言ってきた
だいたい予想していた部員達は皆、思い思いの反応を見せた
「はあ〜?あんた何考えてんの?通り魔でしょ?危ないじゃん!!」
私達はパ〜ス!と手をひらひらさせて断るのは巻と鳥居だ
「俺も今回は辞めたほうがいいと思うっす」
と、申し訳なさそうに肩を窄めて清次に手を合わせるのは、最近清次の舎弟(?)が板についてきた島だった
「私も今回はちょっと・・・・」
顔を青褪めて首を左右に振りながら辞退してきたのは、リクオの幼馴染で最近勘が鋭くなりつつあるカナだ
「なんだいなんだい、皆ファミリーだろう?清十字探偵団の名が廃るじゃないか!」
そんな部員達に清次はご立腹だ
眉を吊り上げて、清十字団がいかに勇敢で調査に真剣であるべきかを熱弁し始めた
「て、言われても〜、怖いし〜危険だし〜なによりあたしら狙われたらどうしてくれるのよ!」
そんな清次に抗議の声を上げたのはもちろん気の強い巻で
その援護に鳥居も参戦していた
「そうよ〜襲われたらどうするつもりなのよ!?」
「ふっ、安心したまえ諸君!」
巻と鳥居の抗議に清次は自信満々に胸を張る
「この僕が作ったスペシャル防犯グッズがあれば大丈夫さ!」
どうやって忍ばせていたのか、懐からお札のついた巾着袋を取り出すと高々と上に掲げて見せてきた
その自信満々な動きは、ババ〜ン!と効果音がついてきそうな程だ
「何それ?」
冷ややかな巻の視線が不審げにその巾着袋を見上げる
「ふっふっふっ、これさえあれば通り魔など恐くはないさ」
清次はそう言うと巻にその巾着袋・・・もといスペシャル防犯グッズを手渡した
「どれどれ・・・」
巻は先程の態度とは裏腹に、興味津々といった感じで手にした袋の結び目を解く
袋には清次自身が書いたのであろう手書きの魔よけのお札が縫い付けてあった
そしてその中には――
催涙スプレー
防犯ブザー
スタンガン
「・・・・・・・」
袋を開けた途端、中を興味深く覗き込んでいた皆の動きが止まった
「ふっ、どうだいこれさえあれば安心・・・・」
「なわけ無いだろーーーーーーー!!」
ばちこーーーーーーーん
腕を組み自信満々な清次の後頭部に巻の鉄拳が炸裂した
ぷしゅ〜、と後頭部から煙を上げ床に倒れた清次を横目に、部員達は「これ以上関わっていられない」とぞろぞろと退散して行ってしまった
「リクオ様はどうします?」
その一部始終を遠巻きに見守っていたつららは、皆が部屋を出て行ったのを確認した後、側に居たリクオに話しかけてきた
「う〜ん、通り魔か・・・・妖怪だったら注意しとかないといけないよね?」
「はい、シマを荒らす新参者の可能性もあります」
「そうか・・・・」
リクオはそこで口を噤む
なにやら考え込んでしまったリクオに、つららは嫌な予感を覚えながら小さく溜息を落としていた
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