「何でついて来るんだ?」
「私もお供します!」
夜空で響く若い男女の言い争う声
そこには――
大蛇の頭の上で押し問答を繰り返すリクオとつららの姿があった
時は夜半
暗くなった頃合を見計らってリクオが見回りに出かけようとした所に、主の動向を見張っていたのかつららが姿を現したのだった
それに気づいたりクオは、やばい、と慌てて大蛇の背に飛び乗り急いで空へと舞い上がろうとした
のだが・・・・
いつにも増して素早く動いたつららがぴょんと後ろに飛び乗ってきてしまったのだった
しかも今回奇跡的にお約束の『ドジ=躓く』は一度も披露されなかった
ぎょっとしたのはもちろんリクオの方で――大蛇もだが
そのまま遥か上空で「帰れ」「帰りません」の言い争いが始まってしまった
自分の頭の上で痴話喧嘩を始められた大蛇はもちろん迷惑極まりない事この上ない状態である
二人が落ちはしないかとハラハラしながら、しかし手も足も無い大蛇はその様子を黙って見守るしか無かった
「まったくお前は、危険だって言ってるだろう!」
「危険なのは百も承知です、ですから私がこうやって護衛を・・・・」
「そうじゃなくて!」
「リクオ様?」
「はぁ〜〜〜」
きょとんと見上げるつららの視線にリクオは盛大な溜息を吐いた
分っていないのだこの娘は
通り魔が何を狙っているのか
何を目印にしているのか
これはリクオの推測でしかなかったが
しかし一連の事件の噂を総合した結果この結論を導き出したのだ
通り魔の狙うのは――
女だ
しかも
髪の長い
若い女
それがどういう意味を持つのかリクオにはまだ分らなかったが
しかし、ここでつららをお供させるのは得策では無いと判断した
「いいからお前は屋敷で待ってろ!」
「嫌です!!」
「主の言う事が聞けねえのか?」
「う・・・緊急事態です。主が危険な場所へ行くのを黙って見過ごす側近がどこにいるのですか!」
「・・・・・・」
つららの言葉にリクオは押し黙ってしまった
まあ確かに護衛をするのは側近の勤めだ
だが・・・・
「じゃあ他の誰かを連れて行く」
リクオは最大限の譲歩の言葉を言った筈だった
しかしその言葉を聞いた途端、つららは眉根を下げて悲しそうにしゅんと項垂れてしまった
「おいおいおいおい」
なんでそこで落ち込むんだ?とリクオは項垂れたつららに思わずつっ込む
「そ、それは・・・」
しかしつららは項垂れたまま言い辛そうにごにょごにょと言い淀むばかり
その様子にリクオはどうすりゃ良いんだと困り果てた
つららの言うとおりに護衛を付けると言えば落ち込む
一人で行こうとすればついて来ようとする
お前を危険に晒したくないって〜のに!
なんで分ってくれないんだ!と、リクオは溜息を吐いた
「だって・・・」
「ん?」
顔を手で覆いながらどうしたもんかと悩んでいたリクオの耳に、俯いていたつららから呟く声が聞こえてきた
「だって・・・・私だって側近ですもん」
そう言ってリクオの裾をきゅっと掴んできた
「私だってリクオ様のお役に立ちたいんですもの」
縋るように見上げてきたその瞳には涙がいっぱい溜まっていて・・・・
「う・・・・」
リクオはこの涙に弱かった
女の
しかもつららの涙に
その涙はとうとう許容量を超えてぽろり
またぽろりとつららの頬を伝っていく
お、俺が泣かしたみてーじゃねーか!
『男は女の涙に弱い』を地で行くリクオにとって
それはもう負けを認めるしかないわけで・・・・
「わかった、わかったから泣くな!」
「え?じゃ、じゃあ!?」
「はぁ、護衛について来りゃいいだろぅ」
「はい!」
つららはリクオの言葉を聞いた途端、あれ程流していた筈の涙がぴたりと止まった
そしてこれ以上ないくらいの極上の笑顔で嬉しそうに微笑んできたのだった
「たく・・・・」
そんな側近の反応を見ながら、リクオは行儀悪く胡坐をかき頬杖を付いて盛大な溜息を吐いていた
しかし、暫くすると気を取り直したリクオはつららに向き直る
「じゃあ行くか?」
「はい!」
二人はまんざらでもない様子で夜の見回りと言う名の散歩に洒落込んでいった
するり するり
夜の闇を大蛇が滑るように飛んでいく
その頭には百鬼の総大将と
可愛らしい側近を乗せて
これからどんな危険が待っているのかも知らず
「んで、どうなんだ?その通り魔ってのは?」
大蛇の頭の上で、夜の散歩・・・もとい夜の見回りを始めてから早一時間
リクオはぷかりと煙管を吹かしながら、背後のつららに聞いてきた
「それが・・・まだ何の手がかりもなくて」
リクオの背中――主の纏う羽織の裾を少しだけ掴んで必死に蛇の上に乗っていたつららは、そろりと顔を上げると申し訳無さそうに答えてきた
「黒羽丸達に聞いたところ、そのような者を見かけた事はないと言っておりました」
夜の警護を基本とする鴉天狗一族
その数は街中のありとあらゆる事情を把握するほどだ
その鴉達がまだ見た事が無いというと、件の通り魔はただの噂かそれとも・・・・
「妖怪絡みか?」
煙をぷかりとまた吐き出しながらリクオが呟く様に問う
「恐らくは・・・・」
その言葉につららも神妙な顔で頷いた
人であればそのうち捕まるであろう
しかし妖怪ならば
人の手には余る
しかもシマの中で好き放題悪さをされたとなれば奴良組の沽券に関わる
「とっ捕まえて懲らしめるか」
リクオがそう呟いたとき
「きゃあーーーーーーー!」
夜の闇の彼方から、女の悲鳴が聞こえてきた
「リクオ様!」
「あっちか?」
二人は急いで悲鳴の聞こえた方へと向かった
大通りから少し離れた裏通り
公園に面したその狭い道に
いた!
学生であろうか制服を着た女生徒らしき人影が道路にうつ伏せで倒れていた
そしてそのすぐ隣には・・・・
長い長い髪
艶やかに光沢を放つ黒髪
絹糸のように細くしなやかで
滝のように長く真っ直ぐに伸びている
その清涼な川の流れを思わせる美しいその髪がゆっくりと振り返った
「なんだ、こいつ?」
リクオはその面妖な姿の相手に目を瞠った
目の前で振り返ったそいつは
長いロングコートをはおり
サングラスや大きなマスクで顔を隠し
そして先程見た長い髪が背中を覆っていた
変質者?
リクオとつららはその異様な出で立ちの相手に身構える
「お前、ここで何をしていた?」
リクオはつららを庇うように一歩前に出ると、目の前の相手に声をかけた
「・・・・・・」
目の前の変質者のような奴は無言でリクオを見つめる
そしてすっと顔ごと逸らして背後に隠れていたつららに視線を向けると
「ねえ・・・」
と声をかけてきた
「な、なに?」
その男とも女ともとれる中性的な声に、つららは思わず聞き返した
「貴女とても綺麗ね・・・」
「え?」
「ねえ、私も・・・」
キレイ?
目の前のロングコートの女はそう言うと、サングラスとマスクを外して聞いてきた
「これは・・・」
つららは目の前の女の顔を見て声を上げる
その女の顔は
口が耳元まで裂けていた
真っ赤な口紅を塗った口裂け女
「おめぇが通り魔事件の犯人かい?」
リクオは目の前の口裂け女を睨みつけると、余裕も露わに口角を上げながら質問してきた
「私を見ても驚かないの?」
余裕綽々と質問してきたリクオに、目の前の女は不思議そうに首を傾げながらリクオを見遣った
「生憎、俺もあんたと同じ妖怪なんでね」
リクオはそう言うと懐から弥々切丸を取り出し
「俺のシマで悪さすんのはやめときな、さもないと・・・」
ヒュン
弥々切丸を女がいた場所目がけて一閃する
「怪我するぜ」
空を切った弥々切丸の切っ先を、女の飛び移った塀の先へと向けながら口角を上げて言い放った
「キサマ・・・」
ぎろりとリクオを睨みつけながら女は忌々しそうに呟く
「貴様には用は無い」
女はそう言うとその場から一瞬で消えた
「どこいった?」
リクオは辺りを見回して女を捜した
少し離れた場所で、主に習いつららも一緒になって口裂け女を捜す
きょろきょろと辺りを見回すつららの背後から
「綺麗な髪・・・」
声が聞こえてきた
耳元にかかる生暖かい息
頭部にわずかに触れる嫌な感触
女は一瞬でつららの背後に立つと、その長く艶やかな髪を一房手に取りうっとりと目を細めて呟いていた
「ねえ、頂戴」
「え?」
つららは女の言葉に驚きながら振り返った
「あぶねえ!!」
ザシュッ
空を切る音と共につららの髪の毛の一房が宙に舞う
間一髪、女の攻撃を避けたつららが離れた瞬間
女の懐に入り込んだリクオが弥々切丸を振り上げる
「ちっ」
女は忌々しそうに舌打ちすると素早い身のこなしで弥々切丸を避けると、高い塀を飛び越え夜の街へと姿を消していった
「大丈夫かつらら?」
呆然と佇むつららにリクオが心配そうに声をかける
「は、はい」
それまで先程の出来事に呆気に取られていたつららは、リクオの腕に抱き抱えられている事に気づくと頬を染めながら慌てて離れた
「だ、大丈夫です!」
元気良く顔を上げたつららの顔を見た瞬間
リクオは眉根を寄せて舌打ちした
「リクオ様?」
わかるほどの主の変化につららは首を傾げる
「怪我しちまったな」
リクオは不機嫌な顔のままそっとつららの頬に触れてきた
「あ・・・」
リクオの触れた指先を辿って己の手で確認すると、ぬるりとした感触が伝わってきた
その手を見ると、真っ赤な鮮血がべったりとついている
見るとリクオの指先にも同じように血が付いていた
自分の血で主の指を汚してしまった事に気づいたつららは、慌てて手ぬぐいを懐から取り出すと主の指先を拭こうとした
しかし・・・・
「俺の事よりお前の傷の方が先だろう?」
苦笑も露わにリクオはつららから手ぬぐいを取り上げると、未だに血を流し続けるつららの頬へとあてた
「リクオ様!」
「いいから黙ってろ」
いけません、とたしなめようとするつららの言葉をやんわりと制すと、そのまま傷口を止血する
「でも・・・」
それでも尚、主の指先に付いた血を気にするつららにリクオはそれならばと、つららに見せ付けるように指先の血を舐めて見せた
「冷てぇな」
「なっ・・・」
あわあわと真っ赤になって何か言おうとするつららに、リクオは意地悪そうに口元を吊り上げる
「じゃあ綺麗にしてくれるかい、お前の口で?」
先程、自分で舐めたばかりの指先をつららの目の前へと差し出してきた
「リ、リクオ様!!」
更に真っ赤になって憤慨するつららに、リクオはくくっと肩を震わせて笑う
つららが「もう!」とぷくーと頬を膨らましてそっぽを向いたのを確認したリクオは
ちらり
あの口裂け女が消えていった塀を見上げた
今度会ったときは覚えていろよ
リクオはつららには聞こえないようにそう呟くと、その塀の先を一瞬だけ鋭い眼光で睨んでいた
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