さて、秘薬事件から早くも5日が経った
その間つららはというと、相変わらず馬頭丸から離れることがなかった
ぴったりと寄り添い、馬頭丸の後を付いて来るのだ
それはもう親鳥を慕う雛のように
どんなに馬頭丸が逃げてもどこまでも追いかけてくる
しかも「馬頭丸様、馬頭丸様」と悩ましげに自分の名を呼ぶのだ
馬頭丸としては調子が狂ってしまって困るばかりなのだが、秘薬でこうなってしまったのだから仕方ないと、付いて来るつららを無碍にも出来ずこうやって大人しく捕まっていた
首筋に絡みつくつららは実に幸せそうだ
「はあ」と盛大な溜息を吐いて馬頭丸は肩を落とした
「ねえ、牛頭丸なんとかしてよ」
「ああ?自分で何とかしろよ」
牛頭丸は嫌そうに鼻を鳴らすと、ひらりとしだれ桜を降りて行ってしまった
ここ最近牛頭丸も何故か機嫌が悪く、馬頭丸の側に近づこうとしてくれない
側に行ってもさっきのように避けられてしまうのだ
馬頭丸は寂しさゆえにまた溜息を零した
ふと、ちらりと隣のつららに視線を向ける
つららは瞳を閉じて幸せそうにしていた
「早く戻んないかなぁ〜」
馬頭丸はそう呟くと木の幹に体を預けた
早く戻ってもらわないとこっちの身が持たない
牛頭丸に相手にされなくてつまらないというのもあるが、何よりもつららの態度にほとほと困り果てていた
本来恋人であるばずのリクオに対してつららは冷たいのだ
秘薬のせいもあるのだろうが、この前などちょっとリクオがつららに声をかけただけで睨んでいた


昨日なんか、リクオがつららの肩に手を置いただけで凍らせようとしたし・・・・


そこまで思い出して馬頭丸はぶるりと身を震わせた
あの時のリクオの表情といったら・・・・つららに冷たくあしらわれたショックと馬頭丸への嫉妬心で鬼の様な形相をしていた
今はつららが側に居るから何の被害も無いが、これは元に戻ったらヤキの一つや二つでは済まないな、と馬頭丸は深く溜息を吐いた


それに、もう一つ悩みがあった
実は夜になるとつららが夜這いしに来るのだ
薬のせいだと首無は教えてくれたのだが、馬頭丸はたまったものではない
もしそんな事になってつららが元に戻らなかったらそれこそ命の危険に晒されてしまう
怒り狂ったリクオに何をされるか・・・馬頭丸はそこまで考えてぶるりと身を震わせた
取り合えず夜は組の者達に協力してもらい、つららを部屋から出さないようにしてもらっているので安心なのだが
「なんかもう・・・生贄になった気分だよ」
夜の蚊帳が降り始めた空を見上げながら馬頭丸は涙声で呟いていた





「馬頭丸、馬頭丸!」
暫くぼんやりと空を眺めていると遠くからばたばたと廊下を駆けてくる慌しい音が聞こえてきた
続いて自分の名を呼ばれ馬頭丸は定位置のしだれ桜の枝の間からひょっこりと顔を出した
「どうしたの首無?」
「おお、そこにいたか、出来たぞアレが!」
首無はそう言ってにこりと笑った
馬頭丸はそれを聞いて急いで木から飛び降りる
首には相変わらずつららがぶら下がっていた
「出来たって本当!?」
馬頭丸は明るい声で首無に駆け寄る
「ああ」
首無は今度こそ大丈夫だと力強く頷いた


「で、これを飲ませればつららは元に戻るんだね?」
リクオをはじめ、馬頭丸やつらら、首無など、その他大勢の妖怪達が広間に集まっていた
リクオの目の前に置かれたのは小さな湯飲みに入った青色の液体だった
妖怪達は皆、その液体をじっと見つめていた
「はい」
首無は力強く首を縦に振る
その返事にリクオは確信を得たのか少しだけ表情を柔らかくした
実はつららの夜這いの事もあり、首無は早く元に戻す方法を探してくれていた
蔵の文献を読み漁り昨日やっと、前に見つけた文献と対になる文献を見つけ、恋慕の秘薬の解毒剤がある事を発見した
すぐに鴆を呼び寄せ薬の調合をしてもらったのが昨夜
先程やっと出来上がった薬を持ってきたところだった
他の妖怪達はやれやれと一安心していた
「じゃあ。つらら」
リクオは湯飲みを手に取ると、つららの方へ差し出す
しかしつららはぷいっとそっぽを向いてリクオの差し出した湯飲みを拒絶した
その途端、くしゃりと顔を歪ませるリクオ
馬頭丸は慌ててその湯飲みを受け取ると、つららに差し出した
「雪女、これ飲んで」
「馬頭丸様がそう言うなら」
馬頭丸の手を取るように湯飲みを受け取りながらうっとりとつららが見上げてくる
その表情に「うっ」と冷や汗を垂らしながら「早く飲んで」と急かした
つららは皆が見守る中、ゆっくりと湯飲みに口をつけていく
こくこくと喉に青い液体が流し込まれるのを、リクオと馬頭丸は固唾を飲んで見守っていた
暫くして全部飲み終わったつららはふうっと息を吐いたかと思うと、突然湯飲みを落とし袖で口元を覆い苦悶の表情を浮かべた
「つ、つららどうしたの?」
「雪女?」
慌てた一同は心配そうにつららを覗き見る
苦しそうに呻いていたつららだったが、暫くすると落ち着きゆっくりと瞼を開いた
「あれ、皆どうしたの?」
目の前に心配そうに自分を覗き込む仲間達につららは目をぱちくりとさせながら首を傾げた
「はぁ〜、雪女やっと正気に戻ったんだね〜」
馬頭丸はほっと胸を撫で下ろしながらつららに言う
「え、め、馬頭丸?」
至近距離から聞こえてきた馬頭丸の声に、つららは驚きながら隣に振り返ったつららは固まった
馬頭丸がすぐ側にいたからだ
しかも、寄り添うように馬頭丸に己の体を預けているではないか
しかも目の前にはそれを見守るかのようにリクオがいた
自身のありえない状態につららは頭が真っ白になった


「いや〜馬頭丸のエッチ〜〜!」


次の瞬間には大絶叫しながら隣にいた馬頭丸を氷漬けにしていた





「申し訳ありません」
つららは畳みに頭を擦りつけんばかりの勢いでリクオに謝っていた
あの後、なんとか元に戻ったつららは取り合えず体に異常が無いか鴆に診てもらった後、首無から今までの経緯を説明してもらった
秘薬のせいとはいえ、5日間もリクオを無視し続けたという事実につららは驚愕し、慌ててリクオの部屋を訪れ開口一番リクオの目の前で土下座をしたのである
リクオはというと
既に夜の姿に変わっており、腕を組み目を閉じたまま一向に動く気配が無かった
つららは己のしでかした事を悔やみ瞳に涙を溜めてリクオの姿をじっと見つめていた


どうしよう・・・リクオ様に嫌われてしまったら


つららは例え様もない不安に胸が押しつぶされそうになる
リクオに捨てられるかもしれないという恐怖に体が小刻みに震えだす
暫くしてリクオがようやく口を開いた
「つらら」
「はい」
リクオの声にすぐさま返事をする
そんなつららをリクオはじっと見つめていたが、徐につららの腕を掴むとぐいっと引き寄せた
つららは予期していなかった出来事に小さく悲鳴をあげると、ぽすんとリクオの懐に倒れこむ
その耳元へリクオの熱い吐息が触れ、思わずびくりと体を震わせた
「馬頭丸の方が良いんじゃなかったのか?」
リクオの言葉につららは体中の体温が冷えていくのを感じた
「いいえ、いいえそんな事はありません!」
つららは顔を上げると必死に首を振った
「へえ、その割には随分いちゃついていたじゃねえか?」
「そ、それは薬のせいで・・・」
つららはとうとう涙目になって俯いてしまった
「お慕いしているのは、リクオ様だけです」
「ほお、それなのに馬頭丸とはあんな事やこんな事してたわけだ?」
「そ、それは・・・」
記憶が無かったとはいえ、リクオにはっきりと言われてしまったつららは悲しそうに唇を噛む
俯くつららの耳元にリクオはそっと唇を寄せると
「俺の事を好きなのに他のやつの所に行ったお前には罰が必要だな」
言ってニヤリと笑う気配がした
驚いて顔を上げたつららの瞳には、それはそれは楽しげなリクオの顔が映っていた
「あ、あのリクオ様・・・」
嫌な予感を感じリクオから離れようとするつららをがっちりと拘束したリクオは、そのままつららを押し倒し腕を押さえつけてしまった
「お仕置きだな」
凶悪な程爽やかな笑顔を貼り付けながらリクオは嬉しそうに囁いた





秘薬の一件から数時間後
しだれ桜の枝の上で馬頭丸は久々の自由に喜んでいた
「はあ〜やっと自由になった〜」
馬頭丸は伸びをすると枝の上にだらりとうつ伏せになる
「おい」
そこへ突然リクオの声が聞こえてきた
馬頭丸は慌てて飛び起き、枝の間から顔だけを出した
「な、なに?」
今回の事でリクオに後ろめたさを感じている馬頭丸は内心ビクビクしながら返事をする
「今回はうちのつららが世話になったな」
「い、いいいいいや、世話だなんて、ぼ、ぼく何も無かったし」
リクオの言葉に馬頭丸は高速で首を振ると慌てて言い返した
「ふ、そうかい?それにしちゃあいやに楽しそうだったみてぇだが?」
「な、楽しそうだったなんて、ないないない!全然楽しくないよ〜」
言いがかりだ!と馬頭丸は真っ青になって否定した
「まあいい、俺のつららに手を出さなかったのは褒めてやるよ」
リクオの言葉にほっと胸を撫で下ろす
「でもな」
リクオがそういった瞬間、ビンッと何かが張り詰めたような音が聞こえてきた
次の瞬間馬頭丸の世界が反転する
否、馬頭丸が反転したのだ
先程まで馬頭丸が居たしだれ桜の枝には一本のロープが巻き付いていた
そのロープの先には馬頭丸の足がくくり付けられている
そう、馬頭丸はリクオによってあろうことか宙吊りにさせられてしまったのだ
「わ〜降ろしてよ〜」
バタバタと手を振りながら下に居るリクオに懇願する
「5日間も俺の目の前でいちゃついてくれたバツだ、朝までそのままでいろよ」
リクオはふっと意地悪く笑むと、さっさと部屋へと帰ってしまった
一方宙吊りにされたままの馬頭丸はと言うと
「牛頭〜牛頭〜助けてよ〜」
一緒に居たはずの牛頭丸に助けを求めたのだが
「自業自得だ、暫くそのままでいろ」
と冷たくそっぽを向かれてしまっていたそうな


人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら



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