「首無ぃ〜何それ?」
広間へと通じる廊下を歩いていた首無は、庭をひょこひょこ跳ねるように歩いてくる馬頭丸に呼び止められた
「ん?ああこれか?蔵の掃除をしていたら出てきたんだ」
首無は馬頭丸の指差す物に視線を落とすと、それをひょいとつまみ上げる
つまみ上げられたそれは、薄桃色の液体が入った小さな小瓶だった
「綺麗な色だね〜」
小瓶の中でゆらゆらと揺れている液体を、馬頭丸は興味津々といった顔で覗き込む
「栄養剤らしい、昔の妖怪たちが好んで飲んでいたそうだ」
「へぇ〜」
いわゆるドーピングと言うものだろう、昔の妖怪達は戦いに明け暮れる毎日だった為こういったものの一つや二つはあってもおかしくはない
蔵の中で一緒に見つけた文献に書いてあったと説明する首無に、馬頭丸は感心したように頷いた
「ねえ、それどうするの?」
「ん、これか?そうだな・・・・」
馬頭丸の指摘に首無は暫し考え込む
「そうだ、雪女が疲れたと言っていたな、今年の夏は特に暑かったからまだ夏バテが抜けないと言っていた」
雪女にやろう、と名案だとばかりに首無が答える
「ふ〜ん、じゃあ僕が雪女に届けてあげるよ」
「そうか、悪いな」
馬頭丸の申し出に首無は快く承諾すると持っていた小瓶を手渡した
「うん、任せて!じゃあね〜」
馬頭丸は嬉しそうに笑いながら首無に手を振ると、パタパタと小走りでかけて行った





手の中でキラキラと光を反射する液体を見ながら庭の中を縁側に沿って歩いていると、目的の人物を見つけた
つららは丁度大きな籠を抱えて庭に出てきたところだった
洗濯物でも干すのだろう、籠の中には洗い立ての洗濯物が山のように入っていた
「あら馬頭丸めずらしいわね?」
向こうから歩いてくる馬頭丸に気づいたつららは笑顔で声をかけてきた
「うん、雪女は洗濯?」
「ええ、今日は天気がいいから干しがいがあるわ」
そう言って嬉しそうに笑う雪女に馬頭丸もつられて笑顔になる
「あ、そうだこれ、首無から」
「私に?」
馬頭丸が差し出してきた小瓶をつららは目を丸くしてしげしげと見つめた
「うん、栄養剤なんだって、雪女が最近疲れてるからって」
「あら、そうなの、ありがとう馬頭丸」
つららは嬉しそうに顔を綻ばすと何の警戒心も無く小瓶を受け取った
これが牛頭丸からの差し入れだったなら絶対に受け取っていないであろう
話に出てきた相手が首無と手渡した相手が馬頭丸だったからこそできたものだ
つららは手の中の小瓶に視線を向ける
「きれいね」
「でしょ〜、僕も気に入ってるんだ〜」
つららの素直な感想に馬頭丸は嬉しそうに頷く
子供のようにはしゃぐ馬頭丸にくすりと笑みを零しながら「馬頭丸も飲む?」とつららが勧めてきた
「え、いいよ僕は、雪女が飲みなよ」
つららの申し出に馬頭丸はそれでは意味がないと首を横に振る
「そう、じゃあ頂くわね」
つららはそう言いながらにこりと笑うと、その薄桃色の液体を一気に飲み干した
「あ・・・」
飲み干した瞬間、つららの口から声が漏れた
「どうしたの?」
不味かった?と言いながら馬頭丸がつららの顔を覗き込む
「馬頭丸・・・・」
「え・・・・」
次の瞬間、馬頭丸は目を瞠った


ふわりと香る甘い香り
体に感じる柔らかくて冷たい感触


つららに抱きつかれていると気づいた時には遅かった


「なに・・・してるの?」


聞こえてきた声に馬頭丸は勢い良く振り返る
そこに居たのは――
この家の跡取りであり、総大将であり、馬頭丸の上司であり、つららの恋人でもあるリクオだった




「で、こうなったわけか・・・・」
今馬頭丸が居る場所は、奴良家の大広間である
リクオと対峙するように座る馬頭丸の周りを取り囲むようにして他の妖怪たちも集まっていた
馬頭丸は今置かれている己の状況に困惑し冷や汗を流した
目の前のリクオはいつになく怖い
昼の姿であるのに夜のリクオと対峙した時のような悪寒というか恐怖の様なものを感じ、馬頭丸は更に縮こまった
「リクオ様、何事ですか?」
丁度、雑務を終えて通りかかった首無が何事かと声をかけてきた
「首無ぃ〜」
馬頭丸は天の助けとばかりに、瞳に涙をいっぱい溜めながら首無を見上げた
その顔には「助けて」とでかでかと書いてある
「ど、どうしたんだ馬頭丸?それに・・・・」
ただ事ではない馬頭丸の様子に首無は首を傾げていたが、ふと馬頭丸の側にあるものに気づくと顔色を変えた
「こ、これは・・・どういう事ですか?」
首無しがぷるぷると震えながら馬頭丸を指差す
正確には馬頭丸の首辺りなのだが・・・・
そこには――


馬頭丸の首筋にぴったりと縋りつくようにくっついているつららがいた


しかも、頬を薄っすら染めながら馬頭丸に擦り寄っている
その姿はまるで恋人に甘えるような仕草だった
「どうもこうも」
こっちが聞きたいよ・・・・とリクオは目の前の馬頭丸を睨みつけながら忌々しげに呟いた
「首無ぃ〜、あの薬飲んだらこうなちゃったんだよ〜」
馬頭丸は両手をばたばたと振り仰ぎながら必死に訴えかける
「薬?首無」
「え、あ、はい。蔵で見つけたものなのですが、確かただの栄養剤だったはず・・・この文献によれば、ほら滋養強壮、精力増強に効く薬で無味無臭、色は黄色・・で・・・」
慌てて懐に忍ばせていた蔵から見つけた文献のページをめくる首無の手が止まったかと思ったら、続いてわなわなと震えだした
次の瞬間、がばっとその場に座り込み土下座をする
「もももも、申し訳ありません!わ、わたくしとんでもない勘違いを!!」
ダラダラと溶けているのではないかというほどの冷や汗を流しながら首無はリクオに平謝りをする
「き、きいろ?黄色って・・・ぼ、僕が渡したのはピンクだったよ〜」
ええ〜と、絶叫に近い声を上げながら馬頭丸は首無に詰め寄ると、首無はまた慌てて文献を調べ始めた
「あ、あった、こ、これ・・・これによれば、同じく無味無臭の薄桃色の液体、恋慕の病に効く薬、意中の相手に飲ませれば飲ませた相手を好きになるという秘薬中のひ・・・やく・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」


「で?」


視線を上げると、いっそ清々しいほどの爽やかな笑顔を貼り付けたリクオの笑顔があった
「ひぃっ」
爽やかな笑顔ではあるが、何故かその笑顔が般若のように見えてしまい馬頭丸は真っ青になりながら後ず去った
その拍子に首筋にくっついていたつららもズルッと一緒に引き摺られるがそれでも離れない
そんなつららにリクオは笑顔のままピクッと頬を引き攣らせた
「首無・・・」
「はいぃぃぃぃぃっ!」
爽やかな笑顔のままリクオは首無の名を呼ぶ
ずごごごごごっという音が聞こえてきそうな畏れを背負ったリクオは正直言って怖い
首無は体中に鳥肌を立てながら慌てて返事をした
「つまり、つららは首無と馬頭丸が飲ませた怪しい秘薬のせいでこうなったわけだね?」
「は、はい!」
首無と馬頭丸は自分の名前が呼ばれた事で顔面蒼白になりながらこくこくと頷いた
「じゃあ、別につららが馬頭丸を好きになったわけじゃないんだね?」
「は、はい、その通りです、その通りです!」
「雪女が僕を?そ、そんな事あるわけ無いじゃない!!」
二人はリクオの畏れに恐怖しながら必死に頷く
その様子を冷ややかな目で見ていたリクオはすうっと瞳を細めると、恐れ慄く二人へとトドメの一言を投げかけた
「じゃあ・・・つららはいつ元に戻るの?」
と・・・・


この言葉に首無と馬頭丸は言葉に詰まった
「う・・・」と呻き声を上げだくだくと冷や汗を流している
「はっ、首無文献!文献にはなんて書いてあるの?」
希望の光を見つけたかの如く、馬頭丸は瞳を輝かせて首無に言った
首無もまた馬頭丸の助け舟に「そうだ!」と急いで文献を読み漁った
「あ、あった!こ、これによれば、恋慕の秘薬は飲ませた相手と契りを交わさない限り効果はなくなると書いてあります!」
解決策を見つけ良かった良かったと肩を抱き合う二人
しかしリクオは今だ畏れを纏ったままだった
「で?」
「へ?で・・・とは?」
「効果がなくなるのはいつなの?」
リクオの冷ややかな指摘が部屋に響いた
部屋はしんと静まり返る
みな、首無の答えを固唾を飲んで見守っていた
首無はその異様な雰囲気に緊張しながら文献のページをめくる
「え、え〜と、薬の期限は一週間です・・・・」
その言葉に一同ほおっと息を吐く
一週間、一週間経てばつららは元に戻る
その安心感から首無も馬頭丸も緊張の糸が切れたのか「はぁ」と盛大な溜息を吐いて畳の上に倒れた
しかし、リクオだけは今だ眉間に皺を寄せたまま苦渋の表情をしていた
「一週間・・・・」
そしてぽつりと搾り出すように呟いていた


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