ある日
リクオは屋敷の裏庭で見慣れない藪があることに気づいた
子供の頃の好奇心を思い出し軽い気持ちでその中へと足を踏み入れてみた
背丈の長い草木を掻き分け進んでいくと
リクオの目の前に古井戸が現れた
うっそうと茂る草木に隠れるように、ぽっかりと口を開けた古井戸をリクオは何ともなしに覗いてみた
すると、真っ暗で何も見えない井戸の中から突然、ごおっという風の音が聞こえてきた
リクオはその音に驚いて、慌てて離れようとしたのだが……
井戸の中から突然起こった竜巻に、あろうことかリクオは飲み込まれ、あっという間に井戸の中へと引きずり込まれてしまったのだった
静寂の戻ったそこには――
リクオが履いていた草履が一足、井戸の側に落ちているだけであった
「う……」
リクオが気がつくと、そこは屋敷の裏庭だった
しかも、不思議な事に先程まであったはずの藪や古井戸がなくなっており、リクオは狐につままれたような気持ちで屋敷へと戻った
屋敷に戻ったリクオは、ふと違和感を覚えた
しかしリクオが上がった屋敷の中は、いつもの見覚えのある景色となんら変わりはない
奇妙なその感覚に、リクオが首を傾げていると
そこへいつものように下僕が近づいて来た
「リクオ様」
聞いた事のない低い声に名を呼ばれ、振り返るとそこには長い黒髪の美青年が立っていた
「え?黒……にしては、なんか若いような」
目の前の青年を、一瞬黒田坊と見間違えたリクオだったが、しかし顔の造形も着ているものも違うことに気づいて言葉に詰まった
目の前の青年は黒い僧衣ではなく真っ白な男物の着流しを着ていた
こんな下僕いたっけ?とリクオが記憶を辿っていると、目の前の青年がにっこりと見惚れる様な笑顔を作りながらとんでもない言葉を吐いてきた
「何をおっしゃいます、僕は氷麗ですよ、若」
は?
目の前の青年の言葉に、リクオの瞳が大きく見開かれた
リクオは、口をぽかんと開けたまま目の前の青年をまじまじと見上げた
目の前の青年は、自分よりも遥かに背が高かった
しかも青年が着ている着物には、よく見ると氷の様な模様が描かれていた
その模様はリクオがよく知っているもので……
あの氷妖怪の側近頭の顔が一瞬脳裏に浮かんだ
リクオは慌てて頭を振ると、もう一度目の前の青年を見上げた
氷麗と名乗った目の前の青年をじろじろと見ていると、青年は恥ずかしそうに袖で口元を押さえると、流し目をリクオに向けながらこう言ってきた
「そんなに見ないでください、穴が開いてしまいますよ」
仕草も似ている!!
見覚えのあるその仕草に、リクオは胸中で絶叫した
「ほ、本当に氷麗なの?」
リクオは巨大な氷塊を頭にぶつけられた時のような衝撃を受けながら目の前の青年へと聞き返す
「はい……というか、何を今更言っておられるのかよく判りませんが、氷麗ですよ僕は」
そしてにっこりとリクオの質問に頷いた青年に二度目の衝撃を受けた
「な、な、な、な、な……」
「リクオ様、どこかお加減でも悪いのですか?」
あわあわと真っ青になって己を指差す主を、氷麗と名乗った青年は心配そうな顔をしながら近づいて来た
そして
「ん、熱は無いようですね」
あろうことか、リクオの前髪をかきあげると己のおでこをくっつけて熱を確認してきたではないか
至近距離で見た氷麗の顔に違う意味で鼻血が出そうになった
「な、なにすっ……」
なんとか鼻血を堪えたリクオは、顔を真っ赤にさせて氷麗から慌てて離れる
そこへ
「何騒いでいるんだい?氷麗」
低い気だるそうな声が聞こえてきたかと思うと、氷麗の背後からぬっと誰かが現れた
「なんだ朝帰りか?」
肩に凭れ掛かるようにして現れた人物に、氷麗はちらりと視線だけをやると淡々とした声で聞き返す
そんな二人のやり取りを見ながらリクオは嫌な予感に冷や汗を流していた
な、なんかこっちも見た事あるような……
リクオの目の前に現れた男は、片目を癖のある前髪で隠していた
背丈も目の前の氷麗と同じくらいで、しかも同じく美形である
そしてこちらは着物ではなく真っ黒な光沢のあるスーツを着ていた
「ああ、客が俺を離さなくてね」
「ふっ、さすがナンバーワンホストの毛倡妓兄さんだな」
ぶっ!!
あれこれと嫌な予感に狼狽していたリクオの耳に、氷麗の苦笑を込めた呟きが聞こえてきた
「け、けけけ……けじょうろおぉぉ〜?」
「どうしましたリクオ様?」
プルプルと震えながら自分を指さしてくるリクオに、毛倡妓と呼ばれた青年がきょとんとした顔でリクオを見下ろす
「け、毛倡妓……はっ!む、むむむ、胸が無い!!」
いつもはぷるんと着物の合わせから覗く零れ落ちそうな位大きな胸がそこには無かった
代わりに、ぺたんと平らな幅の広い男の胸がそこにある
ありえない状況にリクオはパニックになった
「どうしましたリクオ様、本当に顔色が悪いですよ」
「本当だ、おい氷麗リクオ様をお部屋にお連れしよう」
そう言ってリクオに近づいて来た二人から
リクオは逃げた
「ぼ、僕ちょっとトイレに!!」
「あっ、リクオ様!?」
二人の制止の声も聞かずリクオは脱兎の如く長い廊下を駆けていってしまった
「どうしたんだろうリクオ様」
「さあ?」
後に残された美青年達は訳がわからないといった表情でリクオの逃げていった廊下をぽかんと見つめていたのだった
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