「はあ、びっくりした」

リクオはようやく辿り着いたトイレの前で、安堵と困惑の入り混じった溜息を吐き出していた

さっきはびっくりした、まさかあの二人があんな姿で出てくるなんて

先程のありえない光景にリクオは頭を振る

「きっと夢だ、夢に違いない」

リクオはそう呟くと己の頬を抓ってみた

その瞬間



「リクオ様危ない!!」



甲高い声と共に何かがリクオの横を通り過ぎていった

「え?」

リクオが振り返るや否や、突然視界が暗転する



「え?え?え?ええええええ!?」



リクオが驚いて悲鳴を上げたのと同時に、しゅたっと何かが床へと着地してきた

そして目の前に現れた人物を見てまたしてもリクオは目を瞠った

長い茶髪を頭の高い所で一本に結わえ、着物にミニスカートといった風変わりな格好をした少女が一人、リクオの目の前に立っていた

「リクオ様危なかったですね、もう少しでこの毒蜘蛛にやられているところでしたよ!」

少女は得意げにそう言うと胸を張ってみせた

少女の言う通り、リクオが先程までいた場所には一匹の毒々しい色をした蜘蛛が這っていた



しかし



それにしたってこんな助け方は無いだろう、とリクオは自身の有様に溜息を零す

リクオは何故か天井に宙吊りにされていた

しかも逆さまの状態で

しかも頭に血が昇ってきたのか、なんだかくらくらする

「そ、それで君は?」

軽く眩暈を起こしながら、それでもリクオはまたしても感じた嫌な予感に、先程確認した頬の痛みは間違いであってくれと胸中で祈りながら目の前の少女へと訊ねてみた

すると少女は一瞬何を言われたのか判らないといった顔をしながらリクオをしげしげと見つめると



「何言ってるんですか?私は首無ですよ」



寝ぼけてるんですか?と自分は首無だと名乗ってきた少女はリクオの目の前でしゃがみ込むと、主の顔をまじまじと見下ろしながら心配そうな顔で覗き込んできた

「・・・・・・」

もはやリクオの口から言葉は出なかった



な、な、な、な、なんで〜〜!?く、首無!?この目の前の女の子が??



完全にパニックに陥ったリクオは目の前の少女のきわどい格好など視界にも入れず頭の中で泣き叫んだ そしてこのパニックに陥った己の頭を落ち着かせる為に、何か無いかと縋る思いで周りを見回すと……



こ、こここここれはっ!!



視界に入ってきたものに絶句した



あ、青田坊がボディコンギャル(死語)になってるぅぅぅ〜!!



く、黒田坊が……あ、尼さんだあぁぁぁぁ!?



な、納豆小僧は納豆娘になってるしぃぃぃぃぃぃ!



さ、3の口は……男か女かすらわからない!!!



リクオの胸中での絶叫の通り、青田坊は何故か体のラインがくっきり目立つ真っ赤なミニスカワンピを着用し、ドレッドヘアのような長い髪を下ろして扇子片手に腰をフリフリしていた

黒田坊は笠とあの黒い僧衣はどこへやら、頭に白い頭巾を被った尼姿で庭を散歩している

納豆小僧などは姿はそのままなのだが、頭にでっかいリボンをつけているので多分女の子なのだろう

3の口は……そもそもどっちの性別だったのかすら知らない

そんなこんなでリクオの視界に入るもの全てが真逆になっていた



はっ!母さんは?まさかおじいちゃん達まで?



リクオは慌てて首無の縄から抜け出すと、一目散に台所へ向かって行った



「母さん!!」



リクオが慌てて台所へと駆け込むと、そこには若菜がいた

「あらどうしたの、リクオ?」

くるりと振り返った若菜は……



若菜だった



いつもの着物姿の母を認めてリクオはその場にへなへなと崩れ落ちる

「良かった、母さんが母さんで……」

涙を流して喜ぶリクオの言葉に、若菜は「どおしたのかしら、この子?」と不思議そうな顔をしていた



ごくり



リクオはここまで来て少しだけ怖気づいていた

先程からリクオは目の前のそれに躊躇いながら手をかけ、しかしやめてしまうという動作を何度も繰り返していた

リクオが今居るのは、祖父の部屋

の襖の前



正直ここを開けるのが怖い……



リクオは本気でそう思っていた



もし他の下僕達のようだったら?



想像するだけで恐ろしかった



リクオが開けるか開けまいか悩んでいると、突然部屋の中から声が聞こえてきた

「リクオか?どうしたんじゃい、遠慮しないで中へ入って来なさい」

そのいつもの、しわがれた声にリクオは安堵した



良かった〜おじいちゃんはいつものおじいちゃんみたいだ〜!



「おじいちゃん聞いてよ!屋敷のみんなが……」

リクオは喜び勇んで襖を勢いよく開けた

が……



そこには、見るもおぞましき物体が……



「ぎゃ〜〜〜〜〜なんだこれはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



屋敷中にリクオの絶叫が響いていった

部屋の中には祖父……もとい祖母(と呼べるのか?)が、あの顔に濃いアイシャドウや真っ赤な口紅をつけて部屋の真ん中で茶を飲んでいる姿があった



しかも部屋の中にはぬらりひょん以外の者もいた

ぬらりひょんの取り巻き、もとい古株の側近達だ

しかも皆が皆、リクオの心配通りいつもとは違う姿をしていた



達磨は、ぬらりひょんと同じように、あの顔に濃い化粧を施ししかも髭には可愛らしい小さなリボンがついていた



一つ目入道は、あの大きな目玉の周りにある睫毛がマスカラで三倍も長くなっているし



鴉天狗は、小さな頭からちょこんと二本の三つ編みがぶら下がっていた



バ・ケ・モ・ノ



リクオはその恐ろしい光景に胸中で悲鳴を上げた

そしてそのまま白目を剥いて卒倒してしまったのだった



「ん……」

瞼に当たるまぶしい光に、リクオは目を覚ました

見慣れた天井

部屋の外からは、チュンチュンと鳥の囀る鳴き声が聞こえる

リクオはかっと目を見開くと、がばりと飛び起きた

見慣れた部屋を見回したリクオは先程の出来事は夢だったのだと、深い安堵の息を吐き出した

その時――



「失礼します」



部屋の外から声が聞こえてきた

思わずリクオの体が強張る

すらりと開けられた襖の向うに立っていた人物は……



ゆ、夢じゃなかったんだ〜〜〜〜



ほっとしたのも束の間

夢だと安心していたリクオの目の前には



男の氷麗が立っていた



「どうしました、リクオ様?早くしないと学校に遅れてしまいますよ」

「寝ぼけているんですか?」と言いながら首を傾げる氷麗の姿に、リクオは真っ白になった



その後、放心状態になってしまったリクオを氷麗は制服に着替えさせ学校へと向かったのだった


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