「あっ!」
「ん?」
出会ったのは偶然だった――
「黒田坊の様子が変?」
とある夕方
妖怪任侠奴良組屋敷のその一角
その屋敷の主人である奴良リクオの自室からその声は響いてきた
声の主はもちろんリクオ本人である
学校から帰ってすぐに宿題を済ませた彼は、用意されていた茶菓子をつまみながら先程の一声を上げたのであった
「んで、どんな風に?」
先程の頓狂な声は何処へやら、落ち着いた表情でもぐもぐと栗羊羹を頬張りながらリクオは目の前の側近に聞き返してきた
リクオに質問で返された側近――お盆を抱えたまま楽しそうに世間話をしていたつらら――は、待っていましたとばかりに瞳をキラキラさせて先程の会話の続きを話し出した
「はい、何か思い詰めているような、時々空を見上げたり溜息を吐いたり……何かいつもの黒とは違うんです」
「ふ〜ん」
鼻先1cmの至近距離まで近づき興奮気味に話してきたつららに、リクオは若干身を引きながら気の無い返事を返す
「あれはきっと恋ですよ、恋!!」
そんなリクオの態度に、ムキになって身を乗り出し鼻息も荒くそう断言してくるつららをリクオは「まあ、まあ」と冷や汗を浮かべながら宥めた
つららの話では最近の黒田坊は何やら考え込んでいる事が多いらしい
しかも時々ふらりと何処かへ出かけている事があるようだ
心配した仲間達がどうしたのかと聞いてみたのだが……
結局、黒田坊ははぐらかすばかりで何も語ってはくれなかったそうだ
「いや、黒が変なのは今に始まったことじゃないし……それに変に勘ぐるのは良くないよ、自分の組の事で色々あるのかも知れないじゃないか?」
「リクオ様は黒の顔を見てないからですよ!あの憂いに満ちた表情……切なそうな瞳、時折吐き出される溜息、下がった眉根……あれは何処からどう見ても恋煩いですよ!!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、リクオの言葉に対しつららは鼻息も荒くそう断言してきた
「いや……でも」
「ぜえっったい、恋煩いです!他の皆もそう噂してるんですから!!」
つららのその言葉にリクオはやっぱり、と頭を抱えた
予想はしていたが、やはり噂の出所は屋敷の女達らしい
つららの言う黒田坊の奇妙な行動は、彼女達からしたら格好のネタなのだろう
しかも、黒田坊に想いを寄せる女妖怪も少なからずいると以前つらら本人から別の話しで聞いたことがあった
きっと彼女達の噂はもっぱら『誰が黒田坊の想い人なのか?』という詮索の類であろうと、見事に読みを的中させたリクオは目の前の側近の姿にジト目になる
女衆たちの噂を信じたこの側近は案の定、リクオの目の前で大きな瞳をキラキラとさせていた
しかも胸の前で手を合わせながら妄想の世界に浸っている
そんな少女趣味全開のつららにやれやれとリクオは首を振った
変な事に巻き込まれなきゃいいけど……
もう何を言っても聞きはしないだろう側近の横で、リクオは小さく溜息を吐くと胸中で力なくそう呟くのであった
「はぁ……」
黒田坊は先ほどから何度も溜息を零していた
しかも目の前で繰り広げられる光景を虚ろな瞳で見ながらだ
「つまらないですか?」
そんな黒田坊の横から不安そうな声が聞こえてきた
はっとして慌てて隣を振り返る
そこには――不安そうに眉根を寄せながら黒田坊を見上げる小柄な少女が一人
それは黒田坊の良く知る人物だった
その娘は己の主の通う中学の制服を身に着け
癖のある黒髪を高い所で一つに結わえ
愛用のカバンを抱き締めながらこちらを見上げていた
しかもその大きな瞳は不安で潤み、可愛い部類に入る端正な顔は悲しそうに歪んでいる
「あ、いや、そんな事はないぞ……そんなことは!!」
黒田坊は慌てて隣の少女に首を振った
「そうですか」
途端少女はほっと安堵の息を吐く
「あ、じゃあ今度はあれ!あれも一緒にいいですか?」
先ほどの悲しそうな姿は何処へやら
ぱっと笑顔になると黒田坊の長い袖を引いて奥の機械を指差してきた
そんな少女に黒田坊はされるがまま
小さく息を吐くと少女に導かれるまま建物の奥へと消えていくのであった
「うっふっふっふ〜♪」
「何してんの?」
「ひゃあっ!巻いつからそこに?」
休み時間
教室の席で一人でにやついている親友に巻が声をかけてきた
親友は声をかけた途端大袈裟なくらい驚いて、手に持っていた何かをさっと机の中に隠してしまった
「なに〜?何々?なに隠したの今ぁ〜?」
目敏い巻は親友の奇妙な行動に気づき、身を乗り出して聞いてくる
「も、もう何でもないよ、何でも〜〜」
巻の行動にその親友は慌てて机にしがみ付いた
「あ、この〜やっぱり何か隠してるな〜」
隠されれば隠されるほど余計に気になってしまうのは人の性である
その例に漏れない巻も尚も隠し続ける親友に、段々とムキになってきてしまった
暫くの間その机の上で「見せて」「見せない」の攻防が続く
しかし勝敗は早々と決し
強引な巻に黒旗が上がった
そして――
「何コレ?」
巻は勝ち取った品を高々と掲げた後、手にしたモノを見るや素っ頓狂な声を上げてきた
巻の手の中にあるのはプリクラだった
最近では珍しくなくなったそれに巻は少々、いや大分がっかりしていた
好きな相手の写メかラブレターかと思ったのに……
巻は胸中で呟きながら唇を尖らせる
「ん?…と、鳥居!!」
しかし、つまらなさそうな視線でプリクラを見ていた巻は次の瞬間血相を変えて親友の名を呼んできた
「な、なに?」
「何?じゃない!これ、この男!!」
恐る恐る見上げてくる親友の顔を見下ろしながら、巻はそのプリクラに写っていた人物を指差す
しかもその指先はプルプルと震えていた
わなわなと肩を震えさせながら聞いてくる親友に、鳥居は頬を染めながらこう答えてきたのであった
「えへ、この間偶然会っちゃったんだ」
そのプリクラの写真の中には――
笠を目深に被った黒い僧侶姿の男が一緒に写っていた
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