「く……う」

「そうね、このまま殺したんじゃ勿体無いわ。あなたの力もあの方の為にちゃ〜んと貰っておいて上げるわ、嬉しいでしょう?」

キミヨの言葉に、つららは締め上げられる喉の奥で「まさか?」と叫んだ

その声が聞こえたのかキミヨは瞼を弧の字に歪ませると、にたりと笑ってきた

「ようやく気付いたの?ふふ、この屋敷の妖怪達も主の為に力を取られたのなら本望でしょう?」

一連の事件の犯人は彼女だった

キミヨは己の能力を自慢げに話してきた

美しい花に誘われて捕まった蝶の如く

ふらふらと近づいて来た獲物の精気を吸い取り、その吸い取った精気を相手へと与えるというのだ

過去、キミヨの一族によって強大な力を得た者は数多くいたと言う

「でもね、私達の力はそれだけ……戦う力も身を守る力も無い私達は、そうやって時代の権力者に縋ってこれまで生き長らえてきたのよ」



たった一人では生きられないの可哀想だと思わない?



キミヨは哀しそうな声でそう呟くと、つららの頬へと口付けた

ちろりと赤い舌で頬を舐める

その感触につららはまたしても、ぞくりと肌を粟立たせた

青褪めるつららの顔を陶然とした表情で見下ろす

そして



ゆっくりとその美しい顔を下ろしていった



目を瞠るつらら

びくんと一瞬体が強張り、その直ぐ後に腕がだらりと垂れ下がった



閉じられた瞼

仰け反る体



完全に気を失ったつららの体をキミヨが微笑んだまま支える

「さようなら」

一言呟いてまた顔を近づけていった

その時――



がさり



暗く濃い闇に飲み込まれたこの場所に誰かが近づいて来る気配

獲物か?と見上げたキミヨはそこで

固まった







「なに……してるの?」

草を踏みしだいて近づいてくる人物にキミヨの瞳は驚きに見開かれていく

「何故……ここに?」

震える唇で呟いた言葉はか細く弱々しい

キミヨの呟きに応えるようにリクオは言葉を続けた

「屋敷の皆が倒れて、それで二人が心配で……つらら!」

信じられないといった表情で一歩一歩近づいて来ていたリクオは、キミヨの腕の中の人物を見るや声を上げて立ち止まった

驚愕

といった表情でつららとキミヨの顔を交互に見遣る

「まさかキミヨさん……あなたが」

呟かれたその言葉にキミヨはぎりっと歯軋りした

そして青褪めた顔のままふっと笑みを作ると

「リクオさん、あなたの為にしたことよ。あなたの為、あなたの為なのよ……ただの下僕でしょう?あなたの為になるんだったらみんな本望よ」

そう言って縋るような視線を送る

リクオは立ち止まったまま俯いていた

前髪が影となってその表情は良く見えない

キミヨは額に冷や汗を浮かべながら尚も続けた

「わ、私の能力であなたは今まで以上の力を得られるのよ!この娘だって……」



「黙れ」



リクオの口から力強い静止の声が響いた

びくり、とキミヨの体が強張る

ざわり、とリクオの周りに闇が広がる

その闇に溶け込むようにリクオの輪郭がぼやけていく

その次の瞬間



「俺の側近に手を出す奴は、たとえ見合い相手でも容赦はしないぜ」



凛と透き通る威厳のある低い声が直ぐ近くで響いてきた

銀色の刀身が直ぐ近くで鈍く光っている

一瞬の間にキミヨの間合いへと近づいたリクオは刀身を首筋へと突きつけていた

女相手にここまでやるリクオは珍しい

たらりと流れる冷や汗を頬に感じながら彼の本気を悟る

キミヨは震えながらゆっくりと手を離した

崩れ落ちる体をリクオは片腕で抱きかかえると、キミヨの首筋から刃を遠ざける

しかし鞘には収めず抜き身の刀身を手に持ったままリクオは告げた

「去れ」と

有無を言わせぬ力強い声と視線

その覇気に射抜かれて、キミヨはその場に崩れ落ちた



これが百鬼の主



腰の抜けたキミヨは畏れる様な視線をリクオに向ける

そして耐え切れなくなって視線を逸らした



怖い



これが……これが妖怪を束ねる者の畏



キミヨは悟った

自分では無理だと

どんなに力を吸い取ろうと

どんなに力を与えようと

この人にとっては……



キミヨは俯き唇を噛んだ

そしてよろよろと立ち上がるとリクオの顔を一度だけ見つめ、そして去って行った


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