「もうそろそろ終わる頃かしら?」

リクオが庭で見合い相手の女性と話している頃

つららは自室で壁掛け時計を見上げながら呟いていた

見上げた時計の針は丁度一番上の数字を同時に示すところだった

「明日は学校があるから早く終わってほしいのだけど」

つららは本心とは少し違う希望を呟いた



明日は早く起きなきゃだから

そう、リクオ様は学生で

まだまだお子様で

だから

だから…・・・



握った拳にぽろりと固い雫が落ちた

先ほどまでいた台所で、見合い席にお茶を出してきたという毛倡妓から聞いた話が脳裏を過ぎる



「ねえ、すっごい美人だったわよ」

「え、うそうそ本当!?」

仲間の女妖怪達と盛り上がる毛倡妓たちの話を、少し離れた場所で聞いていた



耳が痛かった

胸が苦しかった

出来ることならこの場所から逃げ出したかった



なんで?

どうして?



今さら気付いてしまうの?



主の縁談を聞いて初めて知った己の気持ち



今まであの子を愛しいと思っていた

今まであの人を大切だと思っていた

今はあの方を……



つららはそこまで考えて唇をきゅっと引き結んだ

そして首を振る



今さらだわ



鈍感な己の心に自嘲の笑みが零れる

今まで大切に大切にお育てして、尊敬していただけだった筈なのに

純粋にあの方が好きだった筈なのに

今、私の心にあるこの想いは



知ラレチャダメ



つららは暗い部屋の中で小さく呟くと震える拳をまた握り締めるのだった



リクオの見合いから三日後

奴良家では思わぬ珍客に皆度肝を抜かれていた



「ふつつか者ではございますが……」



そう言って三つ指をついて挨拶をしてきたのは

あの見合い相手の女性だった

「取り敢えずは見習い修行ということで、よろしくお願い致します」

そう言って同時に頭を下げてきたのは今回の縁談を持ちかけてきた貸元である

世話人をも務めたこの男は、突然奴良家にやって来るや否や

「この娘がどうしてもリクオ様の元で働きたいと言うので仕方なく連れてきました」

と、やれやれと困ったような素振りをしながら事情を説明してきた

そして言うだけ言うと、こちらの返事も待たずに見合い相手の女性の肩を叩き

「それでは頑張るんだよ、くれぐれも粗相の無いように」

と、そう言って「それでは」と再度頭を下げると娘を残してさっさと帰ってしまったのだった

驚いたのはもちろん屋敷の妖怪たちの方で



一人残された娘

それを複雑な顔で見守る下僕達



暫くの間彼らの間に気まずい空気が流れた

「え、え〜と、と、とりあえず中へ……」

一人の女妖怪が、この気まずい空気を打破するべく、未だに玄関の入り口に立っている女性に向かって声をかけた

その言葉に周りの下僕達も、はっと我に返る

そしてまじまじと入り口に立つ女を見下ろした



濡羽色の長い黒髪

肌理細やかな白磁の肌

円らな瞳に長い睫毛

すっと通った鼻筋

桜の花びらの様な可憐な唇



上等な和人形のような少女が俯き加減で屋敷の入り口に立っていた

あまりにも美しいその少女に屋敷の妖怪達は「ほぉ」と感嘆の溜息を吐く

そしてまた、はっと我に返ると取り敢えずこのままにしておくわけにはいかないと

屋敷の中へその少女を招き入れるのであった


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