「お見合い……ですか?」
早朝、いつものように学校へ登校する道すがら
世間話の一つとしてリクオが放った話題に、隣を歩いていたつららは明らさまに動揺していた
見合い
見合いって
リクオ様が?
信じられないその話を、つららは脳内で何度も繰り返す
「そ、それで……お、お相手の方は?」
まさか家長じゃないでしょうね?と一瞬不安が過ぎる
しかし次のリクオの言葉につららは内心安堵し、そして驚いた
「うちの組員の遠い親戚らしいんだけど、そのひと人間らしいんだ」
「え?人間……ですか?」
「うん、でも十分の一は妖怪の血が混ざってるらしいんだけどね」
ほとんど人間と一緒だけど、と苦笑も露わにそう答えるリクオに、つららは内心複雑だった
やっぱり、やっぱりリクオ様も人間の方を……
つららは以前からなんとなく予想していた考えに愕然とした
「どうしたの?」
青褪め下を向くつららをリクオが心配そうな顔で覗き込む
「あ、いいえなんでも。そ、それでいつお会いになるんですか?」
つららは慌てて顔を上げると、努めて平静を装いそう聞き返した
「ええ〜と、今度の日曜日って聞いてるけど」
その質問にリクオは眉を寄せながら照れ臭そうに答える
「そうですか……」
リクオの返答に、つららは若干俯きながらぽつりと相槌を打った
リクオ様がお見合い……
考えるだけで胸が締め付けられるその単語に、つららは知らずマフラーに顔を埋めた
そのあまりのショックの為、隣で鼻の頭をぽりぽりと指で掻きながら「僕は乗り気じゃないんだけどね」と付け加えたリクオの言葉は
哀しいかな
今のつららの耳に届く事は無かったのであった
仏滅大凶日のこの日――妖怪の世界にとっては大安吉日であり、もっとも闇が濃くなると言われている日
闇夜に浮かぶ月明かりの下
奴良家の一室でその見合いは開かれた
しめやかに進む両家同士の挨拶
庭に咲く枝垂桜が月に照らされて妖艶に輝き
屋敷に棲む妖怪達が息を潜めてその様子を伺っていた
そしてここに一人
この縁談を複雑な気持ちで見守る者がいた
会ってみろとは言われたが……
目の前で頬を染めながら自己紹介をする女を見ながら、リクオは胸中で呟いていた
リクオの向かいに座る相手の女性は、鴉天狗や達磨達が絶賛するほどに美しかった
白く透き通るような肌
整った眉
澄んだ瞳
長い睫毛
鼻筋はすっと通り
口元はまるで花びらのように愛らしい
時折こちらを窺うその顔は恥ずかしいのか、今は桜色に染まっている
十分美人の類に入るその女性に、しかしリクオは何の感動も浮かばなかった
美人……なのか?
生まれてからこの方、父を初め側近や幼馴染が眉目秀麗、容姿端麗な者たちばかりであったせいか
リクオのひとの顔に対する感覚はズレていた
中にはそうでない者も多々いたが、それはそれ
その容姿全てが個々の個性であると認識している
その為、美人と言われてもピンと来ないのだ
う〜ん、美人なんだろうな……
うちのつららや毛倡妓達とは若干顔の作りが違うなぁと、思うだけ
特に顔の造型に何の興味も湧かないリクオは、なら性格は?と徐にその女性に話しかけてみたのだった
見合いが始まってから半時
あれやこれやと相手の女性に質問するリクオに
今回見合い話を持ち込んだ世話人は、リクオが女性に興味を持ったと勘違いしてしまった
そして、「この後は若い二人でどうぞ」と笑顔のままそう言うと、さっさと部屋を退室してしまったのだった
止める暇を与えず部屋を出て行ってしまった世話人に、リクオは口をぽかんと開けたまま暫し固まっていた
そしてちらりと目の前の女を見ると、こちらも恥ずかしそうに下を向き口元を袖で隠していた
困ったな……
リクオは今は白銀色になっている後頭部を掻いた
軽く会話するつもりだったのに、好奇心からついつい質問し過ぎてしまったようだ
とりあえず今回のこの見合いは会うだけ会って断るつもりだったために気まずい
事情を言って帰ってもらうか?と、ちらりと思ったが
しかし、女性に優しいを地で行くリクオはそれは不味いと胸中で頭を振った
コホン、と一つ咳払いすると相手の女性を庭へと誘う為に声をかけるのであった
「リクオ様は三代目になられたのですよね?」
連れ立って庭の池を眺めていると、突然その女性がリクオに聞いてきた
「ああ」
リクオは懐からきゅうりを取り出し河童へと与えてやりながら頷く
「そうですか」
その女性はリクオの返事を聞くと嬉しそうに笑顔を見せた
なんだ?
リクオはその反応に首を傾げる
しかし、女性はにっこりと笑顔を見せた後「河童さん可愛いですね」と話を変えてしまった
何か引っかかるものを感じながら、リクオはしゃがんで庭を眺める女を見下ろしていた
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