草木も眠る丑三つ時
蝋燭の炎がゆらめくその部屋から、声を潜めた話し声が聞こえてきた
「では、その者が?」
「ああ、間違いないらしい」
「ほぉ、だとしたらこれは……」
「うむ、願っても無い話だ」
「では皆の者、異論は無いな?」
一人の男が呟いた同意を求める言葉に他の者は深く頷く
密談
一本の蝋燭の明かりだけが灯る暗いその部屋で密かに進められる話
全てはあの方の為に
全ては組の為に
「見合い?」
日も落ちかけた黄昏時
とある屋敷の一室から驚きを含んだ声が聞こえてきた
学校から帰って早々、着替え途中のリクオの部屋に飛び込んできたのは、お目付け役の鴉天狗であった
鴉天狗はリクオの部屋に入るなり、嬉々として見合い話を持ちかけてきた
「これはもう、他には無い良い縁談でございますぞ!」
そして更に、リクオの顔の前で小豆のような瞳をキラキラさせながらそう訴えてきたのである
「う〜ん、でも僕にはまだ早いんじゃないかな?」
そんな鴉に、齢13歳のリクオは頬をひくつかせながら否と答えた
その返答に鴉は――
「何をおっしゃいます!妖怪では立派な成人、しかもこのような縁談がほいほい回ってくるわけではございませんぞ!!」
遠回しに断ろうとするリクオに、そうはさせんと鴉天狗が捲くし立ててきたのであった
そんな訴えにもリクオは
「いや〜でもそのひと、人間なんでしょ?」
なら尚更無理なんじゃない?と、至近距離でわめき散らす鴉天狗を片手で遮りながら尤もな意見で反した
「それならば大丈夫です」
しかし敵もさる者ながら、リクオの言葉に更に瞳をキラキラさせながら猛反撃を仕掛けてきたのである
「それってどういう事?」
その反撃に、リクオは驚いた顔をしながら聞き返すのであった
鴉天狗の話では、なんでもその相手は純粋な人間ではなく十分の一ほど妖怪の血が混ざっているらしい
しかも先祖の妖怪の力なのか、その女性には相手の妖力を強くする能力があった
たまたまそれを知った組の幹部達がリクオの嫁にどうかと勧めてきたというのだ
どうもこうも……
「僕まだ結婚する気ないし」
リクオは鴉天狗の話をそこまで聞くと口を尖らせた
結婚なんてまだまだ自分には早い
ましてそんな政略的な結婚なんて尚更ごめんだ
自分の伴侶は自分で見つけたい
顔も見たことも無い女性をどうやって好きになれというんだ
そう言って頬を膨らませて抗議するリクオに鴉天狗は
「それでは、一度お会いになってみては如何ですか?」
と申し立ててきた
しかも、「会えば気に入るかも知れませんぞ?それに女性に恥をかかせる気ですか?」
などと言われてしまえばさすがのリクオも言葉に詰まる
「でも」とか「だけど」とかブツブツ呟いて渋っていると
「会うだけ会ってみりゃ良いじゃねえか?それで気に入らなきゃ断ったっていいんだぜ」
開いた襖の向こうに、いつの間に現れたのか祖父のぬらりひょんが立っていた
「総大将!」
「おじいちゃん!」
にやりと笑みを作りながらこちらを見るぬらりひょんに、鴉天狗とリクオはいつの間に?と驚きの声を上げた
相変わらず神出鬼没な悪の総大将は二人の反応に気を良くすると、懐から煙管を取り出しぷかりと煙を吐き出しながら笑った
「鴉天狗、あまりリクオに無理強いするな。リクオ、そんなかしこまらなくても合コン気分で会いに行けばいいのさ」
ひょひょひょ、と軽い感じでそう言うとぬらりひょんは孫の顔を見た
「まぁ、先方がどうしてもって言うんだ、会うだけ会ってやってくんな」
後はお前の好きにしな、とぷかりと煙管の煙を吐き出すとさっさと何処かへ行ってしまった
そんなぬらりひょんをぽかんと見ていたリクオは……
「まあ、会うだけなら」
とつい口が滑ってしまうのであった
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