その後、迷子の晴明くんを羽衣狐の元に届けると、先方からは大変感謝された
「欲しいものでもあればなんなりと言うてみるがいい」と言う羽衣狐に「では…」とリクオが彼女に願ったのは二つのことだった
一つ目は妖気を抑え、この世界の秩序を乱さないこと
そして、二つ目はもちろん…
それに羽衣狐は二つ返事で頷いた
彼女にとっては晴明さえ無事ならば、後はどうでもいいことらしかった
本家に戻った一行は、とりあえずまずは宴会だと休むまもなく強制参加を強いられた
しかし未成年であり、酒など飲んでもおもしろくないゆらは食事だけ済ますと、給仕の為に台所へと向かったつららの後を追った
「なあ、あんたらには随分迷惑かけたな
でもおかげでやっと私も自分の世界に帰れそうや
…ありがとう」
そう、こちらと目を合わさずにお礼を言ってくる辺りが、実に彼女らしい
つららは彼女に気付かれぬよう、口元を隠しそっと笑った
この不器用さがゆらの魅力なのだ
真っ直ぐで、つまずいてもころんでも最後には立ち上がって前を向く
そんなゆらだから、つららは
「きっと、あなたなら立派な陰陽師の当主になれますよ
あなたを見ていると元気になれますもの
私も負けていられないって思いますもの」
そう言って、くしゃりとゆらの頭を撫でた
そうやって子ども扱いされたことに悔しいような、どこかむず痒いような気分になってゆらは
「ふんっ」
とそっぽを向いた
その手を振り払うことはせずに
しかし真剣な表情で彼女に向き直ると、最後にどうしても聞いておかなければと思ったことを聞いてみた
「なあ、なんであんた、あいつの…嫁になれんのや?
あんた、あいつのこと好きなんやろ?
余計な世話かもしれんけど、どう見てもあんたとあいつは想い合っとるようにしか見えんのに…
このおちゃらけた家やったら、主がどうの側近がどうのとか言いそうにもないしな
なんで…?」
その言葉につららは
「私は、確かにリクオ様のこと…お慕いしています」
そういって伏せ目がちにぽぽぽとその頬を染め、袖で顔を隠した
そんなつららにこんなんが常に側におったら、そらたまらんやろ、こら他には目はいかんなぁとゆら思った
「ですが、リクオ様が誰を選ぶかはリクオ様の自由です
リクオ様はお優しいので、周りの皆はよくそんな風な勘違いをしますけど…」
だが、続けられたその言葉にゆらは言葉を失った
恋愛にそれほど興味のない自分でさえ彼らが両思いであるということは分かるのに、彼女のこの鈍さはなんだ
ちょっと、あいつ可哀想なんかも…と思った
「それに…リクオ様は妖とでは子がなせないお体なんです
母から、先代の雪女から聞きました
だから決してリクオ様を好きになってはいけないと言い含められていたのに、私…」
そう言って寂しげに笑うつららに、ゆらは何故だか自分まで切なくなってきた
あんなに似合いの二人なのに、それなのに…
だがその時、台所の扉がスパーンと開き、リクオがドカドカと入ってきた
「あ〜、もう、ごちゃごちゃうるせぇ!
跡取りだとか子がなせないとか、そんなことはどうだっていいんだ!
おまえは四の五の言わずに黙って俺について来くればいいんだよ!!」
そう言って、有無を言わさずつららのその手を掴んだ
そして、彼女を横抱きで抱え上げると、未だ宴会の続く大広間へと歩を進め始めた
そんな突然の彼の行動に目を白黒させながらも、はっと自分を取り戻したゆらも慌てて彼らの後を追った
「というわけで、つらら」
「はい!!」
廊下をリクオに抱えられて移動しながら、突然の状況にわけが分からず、その瞳をぐるぐるさせながら、しかし条件反射で即答するつららにリクオは優しく笑うと
「やっぱり、ごちゃごちゃと回りくどいのは性に合わねえ
俺はおまえが好きだ
で、お前も俺が好きなんだろ?
それにはっきり言うが、お前の心配は杞憂だ
その呪いなら、狐にもう解いてもらった
だから、安心しておまえは俺の嫁にくればいい」
そう告げた
その唐突なプロポーズの言葉につららは絶句した
だが、次の瞬間、溶け出さんばかりに頬を染めたつららは恥ずかしさのあまりジタバタと逃げ出そうとした
しかし、そんなことをやすやすと許すリクオではない
がっちりと先程よりも強い力で彼女を抱き直すと
「返事は?」
とニヤリと聞いた
それにさらに顔を赤く染めながらも、返事をするまで開放してくれそうにない主につららは小さな声で
「…はい」
とだけ答えた
その一言に全ての想いを込めて
そんなつららの返事にリクオは満足げに笑うと、大広間の襖を行儀悪く足で開いた
そして
「ジジイ、みんな
俺は三代目を継ぐぞ
そしてこいつがその嫁だ!」
と高らかに宣言した
その言葉に、その日、奴良家では宴会がさらに大宴会へと発展し、酒池肉林の大騒ぎが始まった
次の日
「いつかきっと、また会おうな
まあ、今度会うときは二人は本物の夫婦になっとるやろうけど」
そう言ったゆらの言葉に、頬を染めるつららとにっこりと笑うリクオに笑顔を見せて、彼女は人間界へ帰っていった
遠ざかるゆらの背中に手を振り見送りながら、つららは少し寂しげに眉を寄せた
だから、リクオは
「花開院さんが帰って寂しいの?」
そう訊ねた
「ええ、せっかく仲良くなれたのに…」
すると彼女は素直に頷いた
だから、そんな彼女を元気付けようとリクオは口を開いた
「まあ、またすぐ会えると思うけどね」
「えっ…」
「だから、前言っただろう
一緒に人間界に遊びに行こうって
ちょうどいいし、新婚旅行にでもしちゃおうか」
そう言ってリクオは悪戯っ子のように笑ったので、そんな彼の提案につららは頬を染めながらも「はい!」と元気に頷いた
「よし、じゃあ、帰ろう」
そしてそう言って差し出されたその手には、今度こそ本当に彼女の白い手が重ねられた
溢れ出た想いと共に
…あなたとならば、どこまでも
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