そっと、顔を寄せてくるリクオと、何とか距離を作ろうと、リクオの胸板に自分の両手を置き、顔を背けた。しかし、耳まで真っ赤に染まり、これほど間近にあっては、あまり意味はないかもしれなかった。

「し、知りたいって・・・な、何を、ですか」

出した声は情けなくなるくらい震えていた。それでも、これがつららに出来た精一杯の反応だ。

頬を染め、恥じらい俯くつららを、リクオは愛おしそうに見つめると、その耳元で囁いた。

「昨晩、あったこと・・・俺が、お前にしたこと、だよ」

「リ、リクオ様が、私に・・・?」

途端に、つららの脳裏に昨晩の幸せな夢が閃いた。あの、生々しい感触と、温かい腕と、そして―――

(い、いえいえまさかまさか!あれは夢に決まってるわ、だってだって・・・!)

焦り必死で否定する思考と、そうであったらと願うわずかな心情で、つららはそっとリクオを上目遣いに見た。

すると、思ったよりも間近にあったリクオの顔が、くつりと笑って。

つららに、囁く。



「要は、な・・・」



そう言うと、リクオはおもむろに、自らの小指の先端の腹を舐めて。

その小指を、そっとつららの唇の上に、走らせた。

まるで、紅を引くかのように、淡い桃色の唇をなぞり、その上に、わずかな湿り気を残して。



「リ、クオ・・・様?」



にやり、とリクオが、底意地の悪い笑みを浮かべた。



「こういうことだ」



次の瞬間、つららはようやく、自分が何をされたかを把握した。途端に、ふしゅうううう〜、とものすごい蒸気が頭から出て、あわあわとつららは手足をばたつかせ、何とかリクオの腕から逃れようともがく。

しかし、それを容易く許すリクオではない。つららの腰をがっちり捕らえているので、結局つららができたのは体をリクオの腕の中で逆転させることだけだった。必然的に、つららは背中をリクオに向けることになる。リクオの綺麗な顔が離れたことに、少しだけつららは安堵しつつも、リクオの腕から逃れる努力を続ける。

しかし、リクオも甘くはない。後ろ向きになったことで、つららの白く細い首筋が見えた。もがいているので、マフラーがずれたのだ。しかも着物も乱れて、少々おぼつかない雰囲気を漂わせ始めている。

喉の奥でくっくと笑うと、リクオはその耳元に、息を吹きつけるようにして尋ねた。

「なんなら・・・今夜も、一緒に寝るかい?」

何もしねぇ保障はねぇが、という言葉を付けて。

そして、一瞬固まった彼女の隙を突き、その覗いた細い首筋に、吸いついた。

ちゅぅ、と音がなるほど強く吸う。すると、途端に彼女の体が反り返った。

「ひぁっ・・・!」

瞬時、リクオの体が固まった。

突然漏らされた、情欲を煽るような、その声に。

彼女がそんな声を出すなんて、全くの予想外で。

不覚にも腕の力が緩み、その隙に、彼女に逃げられた。



つららは慌てて距離を取り、涙目でこちらを見つめてくる。

そして、叫ぶようにして、言った。



「こ、今夜は、遠慮しますぅ〜〜〜!!」



そう言うなり、ぱっと身を翻し、つららはリクオの部屋から出ていった。

「冗談だよ」

笑いをわずかに含んだリクオの声が、ぱたぱたと遠ざかるつららの足音を追い掛ける。

(とはいえ、な・・・)

最初から、そう言うことは決めていた。どれだけつららに迫っても、最後は『冗談だ』と言って、悪戯として締めくくると。

しかし、先ほどの耳に焼きついた声を思い出すと、どうも冗談では済まなくなりそうなのだった。

(ったく・・・腐っても雪女ってわけか)

このままでは、彼女を知る前に、いつか抑えが利かなくなりそうだ。



そう思うと、自然と溜息が出てくる。

悩める少年の夜は、そうして更けていった。



(終)


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