「お前は・・・あいつじゃなきゃ、ダメなのか?」
「・・・っ、何言ってるの?」
彼女を掴んだ手をぐっと手前へ引く。
すると、彼女の軽い体はいとも簡単に自分の方へ飛んできた。
「っ・・・やだ、触らないでっ!」
「おい、大人しく・・・しやがれ」
飛んできた彼女の身体を押さえつける。
そして、そのまま顔を近づけていく。
「や・・・っ、離して!」
迫る牛頭丸から必死に逃れようとばたつくつらら。
しかし、勿論華奢な彼女が彼に力で敵うはずも無い。
ひたすら涙をポロポロ流して嫌がる彼女。
「こないで・・・やだ、リクオ様ぁっ!」
それが彼の心に火をつけた。
「奴は助けになんかきやしねぇよ・・・!」
顔を一気に近づける―
「っ―」
―刹那
腕を痛いほど強くつかまれ、動きを止める。
その手の力は強く―
そして
冷たくない―
つららの手ではないと気づくと、瞬時にその手の主を確かめる。
「・・・っ、てめぇ」
「何してんだおめぇは・・・」
紅い光が静かに揺れ、怒りの炎を連想させる。
「その汚ねぇ手を、どかせ」
一言、ドスの効いた低音で唸られれば身体が言うことを聞かない。
牛頭丸は本能的にこのままではまずいと、身を引いた。
「てめぇリクオ・・・なんでここに」
「あ?俺がここにいちゃあ・・・なんかおかしいかい」
クツクツと微笑を漏らすリクオ。
その目はぞっとするほど冷たい。
「あぁ、なるほどな。夕食の飯に眠薬盛ったの、てめぇか」
見抜かれてた、全て。
いつだってそうだ。
こいつには何一つ敵ったことなんて無い。
切り合いでも、才能でも、地位でも、― 恋事でも
「うまかったぜ・・・ありがとな」
彼はもう一度ニヤリと薄く笑うと、つららを優しく、それは労わるように抱き上げた。
そうされた彼女の安心した表情と―、ほんのり桜色に染まった頬を見て歯をかみ締める。
彼はそのまま踵を返して暗い闇へ歩き出した。
そしてもう一度足を止め、低く唸った。
「ああそうだ・・・牛頭丸。おめぇと馬頭丸、明日から牛鬼組へ強制送還になったぜ・・」
ちらりと見せた横顔は、暗くて表情が見えなかった。
「リクオ様・・・すいません」
「なんでおめぇが謝るんだ、つらら」
自室の障子を開けると、抱いたつららを優しく地面へ下ろす。
まだほんのり頬を染めたつららは俯いて言った。
「あのっ・・・リクオ様」
「だから、礼なら・・・―っ!?」
刹那―
素早くリクオの胸に飛び込んだつららは、空いたリクオの唇を塞いだ。
突然の出来事に目を丸くしたリクオだったが、状況を飲み込むと彼女の体をそっと腕で包む。
「っ・・はぁ・・リクオ様っ・・・・」
「なんだ、びっくりするじゃあねぇか」
「だって・・・、聞いてくださいリクオ様・・私、あなたのことが―・・・っ!?」
んう・・・、と言おうとした言葉が閉じ込められる。
暖かな唇の温度がじんわりと伝わってきた。
「ん、で・・なんだって?」
ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを向けてくるリクオにつららは頬を膨らした。
「もうっ・・リクオ様の意地悪」
そう唇と尖らせる彼女にくつくつと含み笑いを漏らした。
「わりぃわりぃ・・分かってる」
「・・・本当ですか?」
未だ頬を膨らしたまま、上目遣いでそう呟くつらら。
「あぁ・・・俺も、お前が・・・」
リクオは抱きしめたつららの耳元に顔を寄せると、ボソッと呟いた。
”誰よりも愛しい”
見る見るうちに白い彼女の頬が朱に染まっていった。
そして照れくさそうに微笑むと、もう一度 ―
今度は深く、貪るような口付けを施した。
「やはり私には・・貴方しか見えません、リクオ様・・」
「・・・猩影のやつが少し・・・かわいそうなくらいだ」
「・・・っ!み、見てたんですか!?」
「俺がしらねぇとでも思ったのかい?」
「ぅ・・」
「お前の忠誠は、俺の誇りだ」
「・・・はい」
「ずっと傍に、いてくれ」
「・・・はい」
ぼんやり射し照らす月明かり。
薄暗い部屋。
リクオがつららをゆっくり布団へと倒す影を映し出す―
完
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