晴れやかな陽気の昼下がり。



「あら、あれは・・・猩影くん?」



廊下の先で、腰を下ろして庭先を眺める長躯を見つけると、洗濯籠を置いて歩み寄る。



「あ・・・姐さん」

「さっきはごめんね・・・その、色々迷惑かけて」



つららは少し俯きがちに、申し訳なさそうに言った。



「いえっ!姐さんに何事も無くてよかったです」

「あ、ところで・・・今日はまたどうしたの?あんな朝早くに珍しい・・」



最近本家へ顔を出す頻度が増えてきているが、今朝みたいに朝一で来ることは今まで無かった。



「そ、それは・・・その・・」



妙に歯切れの悪い猩影に首を傾げるつらら。



「近状報告・・・って昨日も来てたわよね?」

「・・・っ」



いきなり真剣な顔になる猩影。



「え、どうしたの猩影く―」

「姐さん!俺はあなたのことが―、好きなんです!」



猩影は覚悟を決めたように吐き出した。



「・・・えっ?」



一瞬、言葉の意味が理解できないつらら。

しかしようやくその意味を理解して狼狽し始めた。



「え・・・ちょ、猩影くん?それって、―」

「それが俺の・・・気持ちです。受け取ってはもらえませんか?」



つららの螺旋の瞳をじっとまっすぐ見る。

懇願するような、挑戦するような、そんな目で。



しかし―

次第に変わり行くつららの瞳に動揺する。



それは―

怯える目。



「姐さん・・・?」

「ごめんなさい・・・っ」

「な、なんでですか?」

「だめなの。私は貴方の気持ちには・・・応えられない」



その目には怯えと―

誠実さを帯びた強い意志が浮かんでいた。



そうか。

やっぱり― あの人には敵わない。



「分かりました・・」



猩影はすっとその長躯を持ち上げる。



「猩影くん・・」

「そんな目で見ないでください、抑え切れなくなる」



目頭に押し寄せる熱いもの。

猩影は溢れ出しそうになるのを必死に抑えて顔を逸らした。



「ごめんなさい・・・本当に・・」

「いいんです。これでやり切れなかった気持ちが・・・すっきりしそうです。有難うございました」



そう言って猩影は踵を返すと、静かにその場を去って行った。



つららは暫くその場に立ち尽くし、思い出したように洗濯籠を持ち上げると、またぱたぱたと走り去っていく。



「・・・」



そのすぐ脇の木の上で、その一部始終をじっと眺めている影があった―







宵口。



「おい馬頭丸・・・お前くせぇぞ。風呂入ってこいよ」

「えー・・・牛頭丸は入らないの?」

「俺は入ったからいい」

「ちぇっ・・・」



馬頭丸はつまらなそうにそう呟くと、木から飛び降りた。

牛頭丸がんな彼の背中をじっと見送っていると、それとは入れ違いにしてこちらへ向かってくる彼女に気がつく。



「―、おう・・・ゆきんこ」

「っ・・またあんた。なんでこう毎回・・」

「んな嫌そうな顔すんなよ」

「嫌に決まってるじゃない!」



牛頭丸は本気で憤怒する彼女に口角を上げる。

そしてずい・・と詰め寄った。



「おい」

「っ・・・近づかないで」



後ずさるつらら。

今朝といい、最近の彼に会うと嫌な予感しかしない。

最近の牛頭丸の絡みは―

つららにとって嫌がらせでしかなかった。

最近ではその嫌がらせにも拍車がかかってきて、恐怖すら感じる。



「や、やめて・・・ぁっ」



背に壁がぶつかる。

― 今度こそ永久に凍らせてしまおうか。

つららの目がギラリと光る。



「おい・・・本気で殺してやろうって思ってるだろ」



そう言って彼はそのいやらしい笑みでさらに詰め寄ってくる。



「・・・それ以上近づいたら、そうなるんじゃない?」



普段抑えている冷気を徐々に開放していく。



「そう怒んなよ。そういやぁ・・・今日、あの猩影とかいう・・猿山のボス振ってたな」

「・・・」

「そんなにいいか・・・あの三代目が」

「あなたには分からないわ・・・あの方の偉大さは」



牛頭丸の眉が寄る。

いつも若、若って・・きにいらねぇ。



「いやっ・・・やめて」



自分でも無意識のうちに彼女の腕を掴んでいた。

目の前の彼女の目は恐怖と怒りに揺れている。

そんな様子に、牛頭丸の怒りはさらに高まっていく。


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