「こ、これでいいのでしょうか?」

「うん、大丈夫だと思うよ」

不安そうに己の顔を見上げてくる少女に鯉伴はにっこりと極上の笑顔を向けていた



5月の第二日曜日



人間達が決めたというこの暦の日に、つららと鯉伴二人はこっそりと庭の垣根に隠れながらある人物を待っていた

待っている相手は



雪女



つららの母、雪麗である

少女はこの日母へ何か贈り物をしたいと思っていた

先日、街を歩いていた時すれ違った人間達から偶然聞こえてきた会話

なんでも母の日に人間達は自分の母親へ感謝の気持ちを込めて贈り物をするのだとか

つららは以前から尊敬していた母に何か素敵なものを贈りたいと思った

そして、数日の間母を見ていたのだ

しかし結局、母の好みのものは分らなかった

どうしたものかと悩んでいた所に鯉伴が現れ良いアドバイスをくれた

そのアドバイスから手に入れた物が今自分の手の中にあった

つららは手に持ったそれをしっかりと握り締める

すると、庭の向こうから待ち人――母が歩いて来た



母は珍しく庭を散歩していた

ゆっくり、ゆっくりと

まるでその景色をのんびりと堪能するように

この時期の庭は色とりどりの花々で賑わい見る人の心を和ませる

母もまたこの庭に魅了された一人なのか、その表情は酷く柔らかなものだった



こんなお母様初めて見た・・・・



つららは初めて見る母の綻んだ表情に思わず見惚れてしまった

いつもは冷たい無表情なその女の顔は

今は菩薩の如き穏やかな表情をしていた

時折足を止めては地面に咲く小さな花を眺めたりしている

その女らしい穏やか雰囲気に、少女は男の言葉が嘘ではなかったのだと確信した



「雪麗姐さんは春の花・・・特に桜の花が好きみたいだよ」



男の声が脳裏で木霊する

少女は手にしていた物を再度握り締めると、意を決して駆け出していった



すてててて、と彼女特有の軽やかな駆け音を響かせながら己の母の元へと走っていく

「お母様」

母の元へ辿り着く寸前、少女はありったけの声で母を呼んだ

「つらら?」

少女の声にしゃがみ込んで花を愛でていた女は立ち上がり振り返る

そして



スッ



少女は固く目を瞑り、両腕をこれ以上無い位に真っ直ぐ伸ばして手にしていた物を母へと差し出した

「こ、これ・・・お母様に」

母と同じ黄金螺旋の瞳を大きく見開いて必死に言葉を紡ぐ

「これは?」

母は娘が差し出してきた物にそっと手をかざすような仕草をしながら聞いてきた

「きょ、今日は母の日なんですって・・・人間が決めた事でその・・・お母様に貰って欲しくて」

少女はできるだけ判り易い言葉を選んだのだが緊張で震える唇は上手く言葉を紡いでくれず

結局母には少女の心意が上手く伝わらなかったらしい

女は「?」と首をかしげて少女の手の中を覗き込んでいた

少女はどう言えば良いのかと困ったように眉根を下げていると



「今日は母の日だろ、だからプレゼントだってさ」



低い穏やかな声が横から聞こえて来た

驚いて振り返ると、鯉伴がいつの間にか側へと来ており、少女の伝えられなかった言葉を代わりに言ってくれていた

「感謝の気持ちを込めて・・・だろ?」

自分の顔を覗きこんで聞いてくる男に、つららは力強く頷き母へと真剣な瞳を向けた

ようやく娘の行動の意味を理解した雪麗は「そうだったの」と一言いうと、娘の手の平からそれを受け取り己の帯へと挿した



「どう、似合うかしら?」



そう言って微笑む母の顔は本当に綺麗で

美しすぎて

少女は思わず頬を染めて恥ずかしそうに俯いてしまった

そして



「うん、とっても」



と、嬉しそうにそう頷いたのだった



母の帯に挿されたそれは



桜の花を模った帯止め



枝垂桜をイメージしたそれは二本の枝葉がゆらゆら揺れるとても可愛らしいものだった

女はそれをそっと手で触れ

ふっと笑みを零す

そして



「ありがとう、つらら」



凍てつく氷の女は、幼い愛娘に極上の笑顔と一緒に感謝の言葉を呟いたのだった



大好きな母へこの世に産み落としてくれた感謝を込めて



Thank you for mother





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