その後、少女は何度も母の後を追った
それは母を知るため
少女が心に決めたことを実行するために必要不可欠な事だった
母は一体何が好きなのだろうかと
母は一体何に興味があるのだろうかと
それはもう暇さえあれば何時間でも母を観察していた
「ん?おやあれはアンタの娘じゃないかい?」
茶飲み友達の一人の女妖怪が、離れた場所でこちらを熱心に覗いている童女に気づき、その子の母である雪麗に問いかけてきた
「ああ、あの子何か企んでるみたいなのよ」
雪麗はそう言ってくすりと肩を竦めて見せた
その仕草に、女妖怪も同じように笑みを零す
「あらそうなの?楽しみね〜」
まあ、アンタの子なら安心だけどね
そう言いながら茶菓子をつまむ仲間に雪麗は
「ふふ、さ〜て何考えてるのかしらねぇ」
同じように茶菓子を口に運びながらこっそりと笑うのであった
「う〜ん、やっぱりわからないわ・・・・」
童女は頭を抱えていた
数日の間ずっと母を観察していたのだがこれといって有力な情報は掴めなかった
母の喜ぶもの・・・一体何がいいかしら?
童女はくりくりと大きな瞳を動かしながら考え込む
熱心に考え込んでいたお陰で気づくのが一瞬遅れてしまった
「何してるんだい?」
遥か頭上から低い声が聞こえてきた
驚いて少女が振り返ると、太陽を背にした大きな影がこちらを見ていた
「あ・・・」
声の主の姿は逆光で良く見えず、童女はびくりと肩を震わせて後退る
「君は・・・雪麗姐さんの」
低い声の持ち主はそう言うと、すっと身をかがめて童女の顔をまじまじと見下ろしてきた
かがんでも背の高いその影の持ち主は男だった
童女が良く知るヒト
この屋敷の若様
奴良 鯉伴
いや既に成人しこの奴良組を背負って立つ若き総大将が目の前にいた
突然現れた屋敷の主に童女は驚き大きな瞳を更に見開いてまじまじと男を見上げた
漆黒の長い髪に
優しそうな琥珀の瞳
初代とよく似た容姿だったが、どこか可愛さを含むその顔に童女は知らず頬を染める
「あ、あの・・・」
童女は叱られると思い、体を強張らると不安そうに瞳を揺らしながら男を見つめた
「こんな所で何してるんだい?」
しかし男は少女の心配を他所に屈託無い笑顔を見せながら問いかけてきた
「え?」
「こんな所で、姐さん達を見ていたようだけど」
驚いて目を見開く少女を見下ろしながら男は楽しそうにそう言ってくる
そして
「ねえ、俺にも教えてよ」
男は更に屈み込んで少女の耳元にそう囁いてきたのだった
「ふ〜ん、贈り物をねぇ」
「はい・・・・」
童女と男は物置小屋の裏でこそこそと話し合っていた
小屋の壁に凭れ掛かりながら鯉伴は童女を見下ろす
おどおどと口元を裾で隠しながらこちらを見上げてくる少女はとてもか弱く可愛らしかった
どう見てもあの女の子供には見えないなぁ
鯉伴は縋るような視線を向けてくる少女を見下ろしながらふと、そんなどうでもいいことを考え苦笑していた
本当に似ていない
少女とあの鬼ババ・・・もとい雪女とは
自分の守役でもあったあの女からどうやったらこんな清楚で可憐な娘が生まれるのかと、鯉伴は興味深げに少女の顔を覗きこんでいた
「あ、あの・・・」
身を屈めて己の顔をまじまじと見下ろしてくる男に、少女は恐々と声をかける
「ん、ああごめんよ、つららちゃんがあんまり可愛くってつい見惚れちゃってたんだ」
血は争えないらしい
どう逆立ちして聞いてみても女を誑かす殺し文句のそれに、つららと呼ばれた少女は頬を引き攣らせて一歩後退った
あちゃ〜警戒されちゃったかな?
鯉伴は父譲りのこの癖に内心で苦笑しながら頭を掻いた
どうもこればっかりは治りそうに無い
警戒心丸出しの少女に、鯉伴はまいったなぁと嘆息した
「あ、お母さんに贈り物する話だったよね?」
鯉伴は何とか少女の警戒心を解くべく、先程少女から聞いた話を振ってみた
途端少女は瞳を輝かせて鯉伴を見上げてくる
「はい、どのような物がいいのか分からなくて・・・・」
人差し指を口に当て、首を傾げる姿はなかなかに可愛らしい
俺ってロリコンだったのかな?
少女が聞いたら一瞬で走って逃げてしまいそうなそんな感想を胸中で零しながら、鯉伴は少女と同じように考えるような素振りをした
「そうだね〜、あの鬼ババ・・・いや雪麗姐さんはあんまり好きなものとかないみたいだしなぁ〜」
鯉伴の記憶の中の雪麗は常に不機嫌だった
しかも周りを寄せ付けないオーラを放っていた
特に言い寄ってくる男達には最凶に冷たかった
始終男達に付き纏われるその女は、防衛作か何かで自分の好きな物を他人には教えない傾向があったな、と鯉伴は思い出した
う〜ん、聞き出すのも一苦労だなぁ
こういうものは本人に直接聞けば手っ取り早いのだが・・・・
だが相手はあの鬼ババ雪女だ
自分が聞きに言ったところでそう簡単に教えてくれるわけが無い
しかも聞いた途端、風声鶴麗をお見舞いされそうで怖い
「アンタあたしに気があるのかい?だったら顔洗って百万年後に出直しておいで」
とか言われるのがオチだ
鯉伴はあの女の恐面を思い出しぶるりと身震いした
触らぬ鬼ババに祟りなし
ここは慎重に行こう慎重に
と、一人で勝手にうんうんと頷き納得する鯉伴であった
が、しかし
それでは何も解決しやしない
鯉伴はどうしたもんかと頭を掻いた
すると
ふと、昔の記憶が脳裏に蘇ってきた
「あっ!」
鯉伴は思わず声を上げる
その声に少女は驚き鯉伴を見上げた
「そういえば・・・・」
ぽつりと呟いた男の言葉は、夕闇迫る春の空に小さく響くのだった
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