「大丈夫つらら?」

数十分後

つららのご希望通りの乗り物を乗り終えた後、備え付けのベンチで二人は休憩していた

ひとりは涼しい顔で

もうひとりはぐったりと青褪めながらベンチに項垂れていた



案の定『初ジェットコースター』(しかも最凶モード)を経験したつららは、始終絶叫しっ放しだった

しかも乗り終わった後は足腰が立たなくなってしまい、公衆の面前でリクオにお姫様抱っこをされた挙句、ベンチに下ろされるや「きゅ〜」と奇怪な声を発して気絶してしまった

その後、リクオの介抱のお陰で意識を取り戻したつららだったが、未だに目は回ったまま

足が地に着いているのか頭が天上を向いているのかさえよくわからない感覚につららはぐったりとしていた

そんなつららを、リクオは先程買ってきたジュースをつららに差し出しながら心配そうにつららの顔を覗きこんでいた

「大丈夫つらら?これ飲める?」

「はい〜〜?」

ぐるぐる回る目と呂律の回らない口調で何とかジュースを受け取ると、ぐびりと一口飲む

するとようやく頭がすっきりしてきたのかリクオに向き直り頭を下げてきた

「ありがとうございますぅぅ〜〜」

まだ完全には復活していないらしい・・・・

こりゃだめだ、とリクオが苦笑しながらつららの横に腰を下ろした



のどかな日だった



日は暖かで風も優しく

小鳥が囀りながら頭上を飛んで行く

アトラクションの機械音と

遠くから聞こえる楽しげな喧騒



久方振りのゆっくりとした時間にリクオは瞳を閉じてこの空気を肌で感じていた

ふと、横から視線を感じて顔を向けると

すまなさそうな表情をした彼女と視線がぶつかった

「どうしたの?」

「すみません」

何事かとリクオが聞くと、つららは申し訳なさそうに謝ってきた

その言葉にリクオが首を傾げていると、つららが言葉を続けてきた

「その・・・ご迷惑をかけてしまいました」

「そんな事思ってないよ」

現在も『リクオ様の側近』を誇りに思っている彼女は、こういった場面でも自分に迷惑をかけるのを嫌がる傾向がある

「別に迷惑かけてもいいって言ってるのに・・・今日は僕達は『恋人同士』なんだよ?それともそういうのは嫌かな?」

優しく諭すように言った言葉に、つららははっと目を見開くとまたすまなさそうにシュンと項垂れてしまった

「もうしわけ・・・」

「ほら、しょうがないなぁ」

またしても謝ろうとするつららにリクオは困ったような顔を向け眉根を下げた

「ううう・・・・」

「よし、バツとして今日は一日僕の言う事聞くこと」

「ええ!?」

「だって『約束』破っただろう?」

楽しそうに言うリクオにつららは「うっ」と冷や汗を流しながら呻くと、また「すみません」と言って項垂れてしまった

「ほらまた」

そう言ってリクオは苦笑した



恋人同士になった二人は、お互いの立場を考えて様々な約束事を決めた

その内の一つが『恋人のときは主従の壁は無くそう』であった

せめて二人きりの時くらいは恋人らしくありたいというリクオの希望だった

その約束を破ってしまった事につららは「またやってしまった」と落ち込み肩を落とす

そんなつららをリクオは仕方ないな、といつも許してくれるのだけど

だが今日は違った

何故か今日のリクオは許してくれなかった

いつもと違う恋人の態度に、つららは「嫌われてしまったのかしら?」と不安になった

しかし

「じゃ、行こうか」

リクオはそんなつららの不安を他所に、実に楽しそうにそう言うとつららの手を取り歩き始めた



取り越し苦労だったのかしら?



と、リクオのいつもの様子につららが胸中で安堵していたのだが

その後、この時の考えを彼女は深く後悔するのであった





カチャリ

ドアの開く音と共にぱっと明るくなる室内

完全オートロックのスイートルームにリクオ達は居た

「わあ」

眼前に広がる景色につららは感嘆の声を上げる



目の前には一面ガラス張りの窓

その向こうには真っ暗な闇の中に煌く星

暗黒の這う地上には色とりどりのイルミネーション



それらがつららの視界に飛び込んできた

「気に入った?」

窓にべったりと張り付き、夜景に見入る彼女に苦笑を浮かべながらリクオが感想を聞いてくる

「はい、とっても!」

すると、リクオの言葉に頬を窓ガラスにつけたまま、ぱああっと明るい笑顔を向けて頷いてきた

子供のようにはしゃぐつららにリクオも満足そうに目を細め、そして彼女の隣に立つと同じように夜景を見下ろした

「綺麗だね」

「はい」

リクオの呟きにつららが即答する

食入るように窓の向こうを見る彼女の肩をそっと抱き寄せた

途端、ぴくりと強張る小さな体

未だこういう行為に慣れない初心な彼女は、少しだけリクオに寄りかかりながら恥ずかしそうに俯いていた



きっと夜景なんて見てる場合じゃないだろうな



リクオは恋人の心の動きを正確に察知しながら静かに口を開いた

「つらら」

名を呼べばピクリと緊張する

そんな反応に小さく溜息を付きながらリクオは肩に置いた手に力を込めた

「今日は久しぶりのデートだったから奮発しちゃった」

ちょろっと舌を出しておどけて見せるリクオにつららの肩の力が抜けていく

「た、高かったですよね?」

恐る恐る聞いてくる恋人に、「うん」とリクオは爽やかに頷いた

「うう、すみません」

リクオの言葉につららは青褪め慌てて謝罪する

「あ、また」

「あ・・・」

リクオの指摘につららは更に青褪めた

「『約束』また破ったね」

小指を立ててどこか嬉しそうに言ってくるリクオに、つららは背筋に薄ら寒いものを感じて冷や汗を流した

「え、えと・・・」

後退ろうとするつららを、がしりとリクオの大きな手が遮る

「一日、言う事聞くんだよね」

にっこりと微笑んだその顔が、何故か悪魔のそれに見えてしまった


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