「け、毛倡妓?」
見れば巫女姿に扮した毛倡妓がにこにこと笑顔を作りながら立っていた
手にはもちろん杯の乗った台を持っている
「うふふ、こんな所に本物の巫女なんて呼べないでしょう?」
悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑う女につららが素っ頓狂な声を上げて驚いていた
「て、神主は黒田坊なの?」
更に絶叫が続く
見れば先程、粛々と婚礼の儀式を勝手に進めていたのは神主の姿をした黒田坊だった
「お前ら・・・・」
リクオはそんなしたり顔の共謀者達にぴくぴくと米神を痙攣させながら呟く
「まあ、衣装も着ていることですし早くやっちゃいましょう」
そんなリクオを気にする風でもなく巫女に扮した毛倡妓にそう言われ、リクオとつららははた、とお互いを見合った
紋付袴に白無垢
確かに二人はこれから行う予定だった婚礼衣装に身を包んでいた
そう、これからと言うときにあの大群が押し寄せてきたのである
突然の奇襲にリクオは着替える暇も無く、「まあさっさと終わらせればいいや」と羽織を引っつかんで飛び出したのが数十分前
なかなか終わらないこの争いにリクオは苛立ち始めていた
しかし・・・・
こんな所でやるのかよ?
リクオは渋った
できるならこんな阿鼻叫喚と血生臭い場所ではやりたくない
綺麗に設えた会場で、美しく着飾った花嫁を隣に愛でながら静かに行いたかった
とリクオがふて腐れていると
「やや、お時間が御座いませんぞ?ささ、早くなさらねば夜が明けてしまいます」
にやり、としたり顔でリクオを見ながら神主が言ってきた
その笑顔にリクオはぴくりと片眉を上げる
暫くの間、己をにやにやと見つめる黒田坊と毛倡妓を見ていたが
リクオは渋々といった感じで徐に杯を手に取った
どうやら観念したようだ
なにやら思うところが彼にもあったらしく、その後は大人しく従ってくれた
三々九度を無事終え
誓いの言葉を読み上げ
そして指輪の交換
その他もろもろの行事を奇跡的に何事も無く進めることができた
それもこれも全て仲間達の心遣いのお陰である
儀式を進める二人の元に敵妖怪達を一匹も近づけないようにしてくれたのだ
粛々と厳かに行われた婚礼の儀式の傍ら
その周りでは相変わらず敵味方入り乱れる抗争が繰り広げられていた
倒し倒され
仲間の雄叫びと
敵の絶叫
そんな中
その光景にわなわなと肩を震わす一匹の妖怪がいた
「なにやってんだあいつら、ふざけてんのか?」
大乱闘の中、結婚式を進める敵大将を睨み据える
男は「ちっ」と舌打ちすると、得物を手に仲良く微笑み合う輪の中へ向かって行った
ようやく一連の儀式を終えたリクオは、こんな状況の中でも感動していた
ようやく手に入れた愛しい女に向き直る
女の手には先程はめてやった指輪が光っていた
夫婦の証である指輪を見つめながらふっと笑みを作ると
「つらら」
愛おしそうに妻になったばかりの女の名を呼び口付けようと顔を近づけていった
女も頬を染めゆっくりと瞼を閉じる
その距離あと数センチ
そして――
ガギィィィィィ
硬質な音と共にリクオはつららを抱きかかえて飛退いた
「てめぇ!」
突然襲ってきた相手を睨む
男は「ちっ」と舌打ちするとまた襲い掛かってきた
ギャリ
刃と刃が交差する
つばぜり合いに持っていかれリクオは舌打ちした
「てめえ、邪魔するなんていい度胸じゃねぇか?」
「はっ、そっちこそこんな時に何やってんだ」
もう少しだったのに
ふざけてんのかてめぇ
とお互い視線だけで罵声し合い火花を散らす
「お前の首取って俺がこいつらの大将になってやるぜ」
男はそう言うとにやりと笑いながらつららを見遣った
その視線にぴくりとリクオが反応する
「てめぇがそっちの大将かい」
その途端、一気にリクオの畏が膨れ上がった
「なっ・・・」
突然強烈な畏を溢れ出してきたリクオに男は一瞬で呑まれる
その瞬間
ドシュッ
リクオはいつもよりも十倍早い速度で相手を瞬殺してしまった
「おおお〜〜総大将が敵の首を取ったぞ〜!」
途端、響き渡る大歓声
あっという間に敵の大将を討ち取ったリクオに仲間の妖怪達が湧き上がる
やんややんやと囃し立てる下僕たちに
「てめえら、とっとと戻って続きやるぞ!!」
リクオは振り返るやそう叫んだのだった
その後、桜の舞い散る本家の庭で
大大大宴会が開かれたのであった
予定されていた結婚披露宴はもちろん
勝利の祝杯が同時に執り行われたのは言うまでもなかった
大安吉日
この良き日に
若き夫婦が結ばれしや
めでたきかな
めでたきかな
妖怪任侠
奴良組一家
未来永劫
ここに在り
了
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